2−2 阪神エビスタフードコート
西宮市の市内で冬雪はまずラーメン屋の多さに正直かなり驚いていた。福岡の博多程とは当然口が裂けても言えないが、冬雪が住んでいる国道171号線沿いに見渡す限りでラーメン屋が五軒、もしかしたらもっとあるのかもしれない。散歩がてら近所を歩き、先日もらった初給料でお昼ご飯でも食べようかと発見した事だった。チェーン店の牛丼屋か、個人経営らしい焼売専門店しかし、どの店にもいざ選ぼうとすると足が進まない。
阪急沿線に住んでいる冬雪だが、地域がらJRも阪神の駅も徒歩十数分圏内にあるので阪神西宮駅へと歩いてみる。中華の無人販売所を通り過ぎ、国道2号線と171号線が交差する広い道路に出た。福岡では国道3号線だから、ここを真っ直ぐ行けば自分が生まれ育った所に行き着くのかと少しばかり感動する。
地方銀行に大手銀行が視界に入るとそろそろ駅が近いんだなと日本の街の作りは大体同じで、これが大都市になると証券会社が次々に並んでいたりする。最近は姿を減らしつつあるパチンコ屋にもはや天然記念物に近い個人経営のゲームセンターを前に阪神西宮駅にたどり着いた。
外にも中にも、なんならお高そうなフードコートまで大きく設営されている。パン屋に、たこ焼き屋に韓国焼肉、お寿司、そして冬雪がガラス越しに台湾料理の店『春水堂』の前を通った時、クロがそこで食事をとっていた。
タピオカミルクティー発祥の店、『春水堂』。そこで飲茶とタピオカミルクティーを前にして真顔で一心不乱に食べている彼女。今、冬雪が一番気になる人物であり、会いたくなかったような、会いたかったようななんとも言えない気持ちでクロをみる。クロは宮水ASSの先輩従業員で、先日自分は何一つ抵抗できずにボコボコにされた。
「あの、クロさん。こんにちわ!」
意を決してフードコートに入ると、「先日はご迷惑をおかけしました。これからどうぞよろしくお願いします」
「新人は大切にしなければいけない。……胡麻団子を一つ……あげる」
そう言って飲茶の中にある胡麻団子を冬雪の手の上に乗せてくれるので、冬雪はどうしたらいいのだろうかと思いながら、じっと彼女が胡麻団子を見ているので、いただいた物は食べなければいけないんだろうと理科して冬雪は頭をさげ「いただきます」とそれを食べる。味は普通だ。
台湾系中華といえば、長崎でも結構食べられるが、西宮市では珍しいのだろうかと胡麻団子を咀嚼して飲み込む。クロは冬雪が胡麻団子を食べ終えると、再び自分の食事を始める。
数日食事をとっていなかったかのような本気度の違う食事風景。ガツガツと食べてはタピオカミルクティーで喉を潤す。「私に何か用? 今日は仕事がない。食べ物を食べにきているんだけど」と見れば分かることを説明される。きっとクロと同い年くらいの女の子はもう少しタピオカミルクティーに対して写真を撮影したりと可愛いアイテムとして使うのだろうが、彼女からすれば甘い水程度の役割しかないらしい。
流石に何か頼まないとお店に悪いと冬雪は台湾名物の牛肉麺を注文し、断りは入れていないが、クロも別段嫌がっているわけでもないらしいので同じ席で料理がくるのを待っていた。しかし、とても気まずい。雇用主の榊や、この前一緒に仕事をしたブリジットはとても話しやすい空気感を纏っており、実際にとても話しやすい。しかし、このクロという少女、表情が変わらないだけでなく、今楽しいのか機嫌が悪いのか? 一才何も伝わってこないのだ。言うなれば、思考し返してくれる対話型の何かと話しているような気持ちにさせられる。この前会った時の可愛らしい格好とは違い、大きめのパンクなパーカーに短いスカート合わせある部屋着みたいな服装。これがオフの時のクロなんだろう。はぐはぐと誰かに取られるわけでもないのに、少々行儀悪く食事をクロがしている様子を眺めていると冬雪の牛肉麺が到着した。
「それは美味しい」と、食べた事があるらしくわざわざ教えてくれてじっと見てるので「えっと、少し食べますか?」
流石に変な事を言ったかと思ったが、小皿を差し出してきたので、冬雪はそれに麺と具材とスープを入れてクロに渡す。コクンと頭を下げてそれを受け取ったクロはやはりそれも慌てて食べるように食す。
「あの、俺弱かったですか?」あそこまでコテンパンにやられたのだ。これからやっていけるか少し不安だった。「弱くない。でも簡単に殺せる」
それは弱いという事なんじゃないだろうかと凹む冬雪。言葉足らずなクロは牛肉麺を食べ終え、お冷やをグイっと飲み干した。
「ここは西宮市だから、新人が殺される事はない、でも西に行けば芦屋の殺し屋、東に行けば尼崎の始末屋がいる。この前みたいに相手を壊すつもりがないと新人はすぐに死ぬ。クロより強いのがいっぱいいる」
「えっ……クロさんより?」
「うん。新人もクロより強い。でも壊すつもりが全然ない。クロは教えるのは苦手だから、ボスかBBに教えて貰えばいい。クロはバラすの専門だから」
面接時に聞いていた、殺し専門の従業員がクロなのかと理解した。要するに技術は冬雪の方が上かもしれないが、覚悟の差が違うという事なんだろう。
冬雪は「クロさんに教えてもらえませんか?」とダメ元で聞いてみた。食事を終えたクロは無言で席を立つ。そして小さく頷くので、冬雪は舌を火傷しながら、急いで牛肉麺を流し込んだ。
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