2−3 ブリジット・ブルーは優雅に働く
兵庫県神戸市中央区。兵庫県最大の都市、三宮でブリジットは一人仕事を淡々とこなしていた。今回はストーカーの撃退。大学通学の為、地方から出てきて西宮に住んでいる女学生からの依頼である。男性が怖いという事で、ブリジットが状況の把握から請負まで全てこなしている。このあたりの事務作業はクロにはまだ出来ないのが閉口する。
しかしブリジットは機嫌は悪くない。日本におけるコーヒー発祥の地であり、ティーバックを日本で初めて作った紅茶の街でもある神戸はお菓子にも力を入れており、仕事終わりのティータイムをどこで楽しもうかなんて思っている。
そしてこの近辺は外国人街である。ブリジットの顔がきく店も多々あり、地元西宮とはまた違ったホーム感があった。愛車のスズキ刀1000をバイク専用の駐車場の停車させると、ヘルメットを脱ぐ。ブリジットの顔を見て足を止める男性や少年たちにウィンクサービス。
「ターゲットはこの近くにあるガールズバーやね」
依頼主に話を聞いていた。ストーカーは大学の友人と三宮に遊びに来た時、親切にしてもらった男性「日本人ってほんまアホやな」と独り言。
昼間の風俗街は静かな物で、なんなら居酒屋のランチ定食を目的にサラリーマンが転々としているくらいある。この連中は夜になれば若い燕を目当てに再びやってくるのだろう。
「3丁目のネコ……ここか」とブリジットはクローズ中の店をノック。
「まだ営業前で……外国の女の子? あれ、もしかしてお店の面接とか? そんな連絡きてたかな? でも可愛いね。とりあえず中入って」
「えーっと、貴方が酒井一真さんですか? ちょっと知り合いから話を聞いて御店を訪ねたんですけど」
「酒井は俺だけど、友達って従業員の女の子?」ブリジットはそれに頷き微笑んでみせる。それを聞いて頷いた。「いい雰囲気の店ですね。店内も暗めで、音楽も香りも悪くない。お酒のチョイスは……少し残念」
そんなブリジットの感想に笑う一真。適当なボトルを取って「飲む?」ときく。
それにブリジットは一真が取ったジャックダニエルではなく、サントリーの白州を指差すので、
「それ中身はトリスだよ。これ飲みなよ」
と、ロックグラスを取り出すと冷蔵庫から氷を適当に何個か入れてジャックダニエルをこれまた適当に注ぐ。
「テネシーウィスキー」不味くはない。どちらかといえば好きな味ではあるが、作り方が悪い。「それじゃあ出逢いに乾杯!」
「乾杯」ブリジットは一真から受け取ったグラスに口をつける。普通のウィスキーだ。だがこれもジャックダニエルじゃない。恐らくは安物の4Lウィスキーでも入れられているのだろう。日本は飲酒に関して稀な程に規制が甘く、その為か美味い酒が多い半面クズ酒も多い。
「うん、これは珍しい味がしますね」決して、日本人はウィスキーの飲み方も知らなければ味も知らないのか? と怒鳴りつけたりしてはいけない。とにかく口に合わないウィスキーをこれ以上口の中で転がすのも罰ゲーム以外の何者でもないとコトンとグラスを置く。
「このお店ってみんな招待制なんですか?」と面接とは思えない程フランクな態度で尋ねると。
「そうそう! こういう店だから、信頼感大切じゃん?」
高い金を取っているのに、安物の酒を出す店に信頼度なんてないんじゃないかと笑いそうになったが、なるほどと頷いて見せる。ブリジットのつま先からブリジットの顔まで堪能するように見つめる一真。
ガールズバーにしても店内は異様に狭いように思える。それよりもお手洗いとは別にある扉が気になった。
「仕事はとても簡単だよ。お客さんに注文されたお酒を頼んで、楽しくお喋りする」
そんな楽そうな仕事の給料は破格の表記がなされていた。「へぇ、楽しみですね」
「でしょでしょ! じゃあ君、あー。ごめんね。名前聞き忘れてた。ちょっと待って当てる! ……リサちゃんとか?」
「凄いな……」ブリジットは素が出てしまった。「えっ! もしかして大当たり? もうこれって運命じゃない? リサちゃん仕事じゃなくて俺と付き合っちゃう? お小遣い弾むよ! あっ、引いた? 冗談冗談! ウチは従業員が手を出しちゃいけないというちゃんとしたルールがあるから、安心してね。ほんとマジで」
「はい、リサです。よろしくお願いします」と、偽造した身分証を差し出す。
「リサちゃん、二十二歳。えー、二十二歳なの? 十代に見えるよ。ということでウチで働く際は十九歳という事にしておこうか」
「で、十九歳の女の子には十七歳として客取らせようとしとるんか?」と、ブリジットはもう茶番はいいかと尋ねる。威圧感のある関西弁に一真が固まる。
一真はブリジットを見て「警察?」
「警察がこんなまどろっこしい事するわけないやん? だってそやろ? 警察はどちらかといえばアンタ等悪人の味方や。どんな目にあった被害者に対しても別に復讐してくれるわけでも、殺してくれるわけでも、ましてや守ってくれるわけでもないやん? せやろ? 『もうこんな所来るんじゃねーよ?』とか言って刑務所送った後にまた犯罪者を野に放つやん? だから、ウチ等みたいな仕事が成り立つんやろね? まぁ、一つだけ安心させたろか? ウチはアンタが抵抗せーへん限りは殺さへん」まずいウィスキーを一真の頭からかけて「安心しーや」と微笑んだ。
「ウチの所に相談してきた大学生の女の子。友達に紹介されてこの店にきたんやってな? 働くの断ったらアンタがしつこく付き纏ってくると。バレんのが怖かったんやろ? この店、奥で客取らせとる。弱みを握った女の子に他の女の子を紹介させる。友達やろうが、姉妹やろうがな。で、今回の依頼者からこの事バレるのを恐れたアンタはどうにかしてこの店に入れてやろうとしたんやろ。やめどき誤らんかったらウチ等みたいなんが呼ばれんで済んだのにな?」
既に銃を一真に剥けているブリジット。
「ちょっと、それ玩具?」と聞く一真にブリジットは足を組みながら愛らしく微笑んでみせた。そして眉間に一撃を与え一言「あんた船乗るの好きか?」
「目覚めた? そんなに強くは当ててへんけどな」暗いどこかで一真は目を覚ました。「ここは何処だ? 俺は……何をして」
状況が把握できない一真に「今から北の海に出稼ぎに行ってもらいまー。寒いのは大丈夫? 選別にユニクロのダウン買うたったから」
「は? は……? リサちゃん、一体何を言ってるんだ? いやいや、なにこれ? オーナーのジョーク?」
「アホか」と呟くブリジット。一枚の領収書を一真に見せた。
そこには、金、五十万也と書かれ、内容はストーカー対処費用としてと書かれ、受け取りはブリジット・ブルー。支払いは曽我部幸江。
その名前を見て一真は誰からの依頼かを知って憤慨する。
領収書を握りしめ、一真は胸ポケットから財布を取り出す。「百万、いや百五十万支払うから勘弁してくれない?」
百五十万という金額を聞いて、ブリジットは少し驚くとニンマリと笑う。それに了承したと思った一真もふっと笑ってタバコを取り出す。ブリジットはライターの火を近づけた「いやー、リサちゃん……じゃなくてブリジットちゃん話分かるね! いいパートナーになれそうじゃん」とタバコをふかす。
しかし、ブリジットは嫌らしく嗤うと「多分、自由に吸える最後のタバコやからな」
「は?」
「酒井一真、二十八歳。そこそこ健康体。いい値段で売れたで、ほんまごちそーさん」
ブリジットはサクマ式ドロップスを取り出すとドロップを一つ取り出す。ハッカ味が出たので引き直し、イチゴ味を口に入れる。
奥からぞろぞろとガタイのいい外国の男達が集まってくる。「ハロー、ハロー。酒井一真。これからお前のボスの方々だ」
「ふざけんな! 何勝手に俺の事を売り付けてんだよ! オイ!」
「いや、お前本気で言ってるん?」
ブリジットは生ゴミでも見るような目で一真を見つめる。「……なんだよ。おかしいだろ、こいつ等にも言ってくれよ」
今まで無理やり女の子達を商品にしてきた一真。
「等価交換やん。お前が今まで踏み躙ってきた女の子達の尊厳の代償を支払えや」悪事を繰り返した者はそれ相応の覚悟が必要であると「大丈夫、命はとりゃせーへんやろ。50年か60年か、漁業をして女がおらへん環境やろうから、ケツ掘られる程度の娯楽はあるって、よかったやん!」
控えめに言って人生終了のお知らせ。「でも、あれやん! 新鮮な海の幸食い放題ちゃうか?」
なんのフォローにもなっていないブリジットの話、それを日本語の通じない外国の明らかに堅気ではない船乗りに何を話したかを説明する。すると、大爆笑の船乗りはラム酒を持ってくる。
「えぇ、ええやん! キャプテンモルガン! しょーもない酒飲まされたから口直しに頂くわ」そう言ってショットグラスに一杯入れてくれるので「一真、アンタも飲むか?」
「助けてください」それにブリジットは「あかんやろ」
「俺の後ろ盾が黙ってない」そんな最後の脅しに対して、ブリジットは笑う。「蒼龍会やったけ?」
「知ってるなら……」
「前にさ、そこの消し屋の亮太って男が死体で見つかったやろ?」
「それがなんだよ……」ショットグラスのラム酒をクイっと飲み干す。「あれ、ウチがやってん。護衛対象を殺しにきたからパーンってさ」
そう言って使い込んだであろうハンドガン・ガバメントを見せてそれで一真の額をツンツンと突いて笑った。
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