4−3 後学の為のデート
始末屋『よる』と別れた冬雪とクロは次なる目的地へ、来た道と同じく高速道路に乗るのかと思ったが、今回は山手幹線をそのまま走っている。下道で帰るらしい。どういう風の吹き回しなんだろうと冬雪は思っていたが、これも効率性を取っての行動だった。
どうやら山手幹線沿いにある西宮ガーデンズにクロは用事があるらしい。高速の降り場からかなり距離がある為、下道を使った方が結果的に早いという事なんだろう。クロはコストコで購入したオーガニックバナナを器用に片手で剥くとパクりと食べながら運転している。そんな様子を見つめている冬雪にクロは自分だけ食べているのが悪いと思ったのか、バナナを一房さしだしてくるのでそれを受け取った。
しかし先ほど割と脂っこい物ばかり胃にいれたばかりで、正直お腹はすいていない。あとでオヤツに頂こうと冬雪は鞄にバナナを入れる。下道で走っている方が冬雪も少し楽しかった。こんなお店があるのかと、西宮は比較的街だが、尼崎間はやや開けていないところも多く、個人店等も転々としている。道なりにただ真っすぐ車を走らせていると武庫川までたどりつく、ここまでは自転車で来たことがあったので、目的地はすぐそこだなと冬雪は思う。
ガーデンズのバカみたいに大きな駐車場に車を停めると、クロに言われて車を降りる。一度駐車した場所を忘れてしまうと、冬雪は車の駐車場所を思い出す事はできないなと、駐車場の番号をスマホで撮影しておいた。同じ建物でも自転車で来るのと自動車で来るのでは違った場所に感じるのは何故なんだろう。
クロに手を引かれて店内に入る。昔、という程昔ではないが、冬雪には彼女と呼べる存在がいた。一年半程前だろうか? あの時も同じくこうして手を引かれてここと同じような複合商業施設、博多キャナルシティに遊びに来ていた事を思い出される。その時は楽しかったし、彼女をずっと守っていこうとそう月並みな事を思っていた。クロの細い腕、どこからあの力があるのか、だなんてド素人じみた事は思わない。クロは武器の使い方、人体の壊し方を、気が遠くなる程殺人を繰り返し極めている。もし、この力があの彼女にあったならと冬雪は過去を振り返った。
ある日、冬雪の恋人は無惨な姿で河原で見つかった。『シャブ漬にされて捨てられたんだろうね』そんな話を聞いた。誰でもよかったのだ。ただそこにいたのが冬雪の彼女だっただけ、運が悪かった。瞬間沸騰したように憎悪と、良くない者が産声を上げた気がした。冬雪は産まれた時から学ばされた立花の殺しの技があった。僥倖だ。犯人が捕まれば、手厚い刑務所で過ごす事になる。最悪手厚い死刑だ。そんなのは許せないよね? 冬雪、大丈夫。兄さんに任せてよ。
「冬雪、ここで映画を見る事になる」思考中にクロに話しかけられ見た光景は映画館。
「映画を見るんですか?」
思い出したくもない思い出を考えていた冬雪は気が動転していたが、クロの榊に渡されたメモには確かに冬雪と映画を見るようにと書かれていた。それも海外のラブストーリーだ。
「勉強の為」クロがそう言った。「勉強の為に映画をみるんですね。チケット取れるのかな? ちょっと見てきます」
「大丈夫。ボスにチケットをもらっている。ポップコーンと飲み物。あと食べ物も買っていい」
まだ食べるのかと思ったが、ふと食べ物の写真を指差しているクロ、彼女は宮水ASSに来る前、獣のような生活を送っていたと冬雪は聞いていた。経歴は一切不明、一般人も犯罪者もヤクザも警察も、もしかしたら海外では軍人も、数えきれない程の命を奪ってきた殺人鬼。冬雪も聞いた事くらいはあった。ヨーロッパで警官隊十数人を殺害した子供の話。一部にカルト的な人気を誇り、死を呼ぶ女妖精"バンシー”そう呼ばれ、日本でも特番を組まれていた事があった。成長の止まった元特殊部隊だの、本当に怪物だの言われていたが、その伝説は今目の前で「ホットドックとチュリトス」とフードを頼み、綺麗なクロを見て男子学生らしいアルバイトの少年は頬を緩めている。
「冬雪、いこう。8号室。そこで映画を見て勉強。その後、殺しの仕方をクロが冬雪に教える。それで今日の仕事は終わり」
冬雪は現実に戻される。まわりから見ればこれはデートだろう。だが、デートの最後は夜景を見に行くわけでもなく、殺しのレクチャー、淡々と劇場に向かうクロにスマホを見てよそ見していた男がぶつかった。フードにドリンクがこぼれ、男の服が汚れた。
「おい! お前なにしてんだよ! ふざけんなよ? 汚ねぇな! 汚れちまっただろ? どうしてくれるんだよ! 聞いてるのか? あぁ?」
クロの購入したホットドックが踏みつぶされる。
「落ちた物を食べてはいけない。前を見ていないでぶつかるこいつが悪い。これは正当防衛。冬雪、殺しの仕方。今教える。でもここは西宮市。殺す事はできない。だから殺すふり。人間の体は真ん中に弱点がある」絡んできた男が何かを言う前にクロは顎に一撃、そして髪の毛を掴むとそのまま地面に男を叩き落とす。がそこは地面に落ちたポップコーンの器。それでも十分に分かる。「これが地面なら簡単に殺せる。覚えておくといい」
冬雪はもしかしてこれを自分が受ける手筈だったのかと戦慄する。
「―――最後は口づけをしてみんなが笑う、勉強になった」本当だろうか? というのが冬雪の感想。むしゃむしゃばりばり、ずずっ! と上映中ずっと何かを食べていたクロ、斜め前の女性は何度も不快そうにクロを見ていたが、直接言わない為結果二時間近くクロの租借音をBGMに映画を見ていた。映画の内容は、要するに身分差の恋愛という物だった。靴作りの職人である男と、良いところの令嬢が恋に落ちて~という人によっては二時間劇場で昼寝してしまうような内容である。何度か激しい濡れ場もあり冬雪は少しどう反応したらいいか分からなかったが、そんな映像もクロはフードを食べながらぼーっと眺めていた。榊に言われたとおり、勉強としてしっかり記憶していたという事なんだろう。と冬雪は考える事にした。
クロは上映が終わり、劇場から出たところでフードのゴミをスタッフに渡すと冬雪を探し、その手を握った。冬雪からすると少し困る行動なんだが、クロなりに新人である冬雪の面倒を見ないといけない責任感なんだろう。素直でとても可愛く思えてしまう。宮水ASSの他のメンバーも同じ気持ちなんだろうと冬雪は思ったが、地面に血の跡、先ほど絡んできた男をのした場所だ。男が歩きスマホして盛大にこけたという事になったのだが……やはり彼女は平気で人を殺す事ができる殺人鬼なのだ。冬雪は、少し自分がバカバカしく思えてきた。元カノの復讐という名目ではじめて人の命を殺めた時、ひと時の高揚感とその後の空虚感。自分はいつか誰かに殺されて死ぬのだ。そんな風に悲劇のヒーローを決め込み、偶然見つけた宮水ASSの募集に飛びついて今にいたる。蓋を開ければ息を吸って吐くように人を殺せる先輩と映画を見ている自分。
「クロさん、この後はどうしますか? 食事はさすがに」と言いかけた時、クロが黙っている。映画を見に来たと思われるどう見ても目つきがおかしい外国の男が二人、こちらを見ている。同業者か? 一体何者だ? 「冬雪、普通に帰る。今はあれは襲ってこない。多分、仕事じゃないんだと思う。なにごとも起きない」
「そう、なんですか?」確かに向こうも首をひねって冬雪たちに背を向けた。
「アレは多分、冬雪よりも強い。軍人ってかてごりー、殺すのは割と手間」
なるほど、裏稼業の人間以外で命を奪う仕事をする者の代名詞だ。この感じだとやはり軍人も手にかけた事があるらしい。
「殺しの仕方は教えたから忘れないように練習して、事務所に帰る」
コストコで購入した荷物を事務所に運ぶ必要があると言うクロ、仕事の一環で映画を見るというのがどうにも冬雪には理解できなかったが、これで給料がもらえるのであれば文句を言うべき事でもないかと思う。ただ一つ、冬雪は自意識過剰かもしれないが、もしかすると榊はクロのデートの相手に自分を選んだんじゃないかと少し思った。クロは見れば見る程綺麗な女の子だった。
もちろん、顔もなのだが、なんというか彼女の放つ雰囲気、着せられているように着ている普段の服、食欲に全てを振っている行動。全てが自然体、それでいて不思議と不快感を感じない。感情を失ってしまったように変わらない表情。この少女に笑顔を戻す事ができないものかと思った冬雪だったが、そもそもクロには笑顔なんてものは最初から無かったのかもしれない。生きる為に殺し奪う事しか知らなかった彼女、その背景になにがあるのだろう。
これは、低俗な興味本位だ。
「クロさん、宮水ASSに来る前、何してたんですか?」聞いていい内容なのか分からなかったが、冬雪はクロを見つめてそう聞いた。もしかするとこれは地雷で自分は殺されるかもしれないが、こんな可憐な少女が何故殺人鬼となったのか……
「旅をしていた」
クロは元々どこかの小屋に他の子供達といた事を話してくれた。
「そこにいるのとクロ達と殺しっこをさせる男がいた。その男もクロが殺した」普通に話してくれた。クロは何処の国の人なんだろう。
「殺したらご飯が食べられた。だからクロはみんな、みんな殺した。面倒くさかったからご飯をくれる男も殺した」
クロは不幸話でも自慢話でもない。ただあった事を淡々と話してくれた。クロやその他子供達に殺し合いをさせていた変態が世の中にいたという事に冬雪は吐き気と感じた事のない嫌悪感を孕んだ怒りが込み上げてきた。そんな人間の尊厳を無視した行いがこの地球のどこかではいまだに行われているという事、そしてそんな胸糞悪い事件が表沙汰にならずに、その呪いを引き継いだかのようにクロが、殺人鬼“バンシー”として知れ渡っているという事にも納得がいかなかった。クロが殺した人たちの殆どは何の罪もなくクロに命を奪われたが、クロもまたそれしか生きる方法を知らなかったのだ。
冬雪の中でえもしれぬ黒い物が渦巻いている時、クロに手をつながれた。「はやく帰ろう。今日はタマが寄せ鍋をつくってくれている」
クロの異常な食欲はおそらくPTSDだと冬雪は確信した。
「うん、帰りましょう」
「タマに会うのは冬雪ははじめて?」
「玉風さんでしたっけ?」
「うん、中国地方人のタマ、すまほで電話をすると色々おしえてくれる。これから冬雪もタマに色々教えてもらう事があると思う。宮水ASSの要」
「そうなんですね。ちゃんと挨拶しないとですね」
冬雪がそうクロに言うと、クロは満足したようにうなずいてみせた。車をどこに駐車したかクロが忘れているとまずいと撮影していた写真を用意するが、クロは迷う事もなく車のところまで冬雪の手を引いて案内してくれた。
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