4-2 ある串カツ屋の悩み

「ハリマオ会の仕事は正直ありがたい」

 

 串カツ屋『よる』の店長赤松は閉店後に尋ねてきた裏稼業の知り合いにビールと串カツの盛り合わせを差し出す。

 清潔なサラリーマン風の中年男性。赤松とも長い付き合いで、常連客と店長の関係というよりは知り合いのおじさんくらいの距離感はある。豚肉と玉ねぎのはさみ揚げの串カツを一口食べて、ビールを一飲み。彼はハリマオ会の元締めから派遣されたショオと名乗っている。

 始末屋である赤松に依頼されている内容は、西宮市の大谷記念美術館で今後開かれるゴッホの贋作展、ヒマワリの絵の強奪始末依頼。邪魔をするなら関係者の拉致殺害、また邪魔をする勢力がいても同じく撃滅。派手にやれるのは、隣の芦屋、あるいはホームの尼崎まで持ち込んでという事になるかと赤松は頷く。

 閉店後だというのに、赤松はビールではなくグラスに水を入れて飲む。「美術品ですか」

 住んでいる地域的にどうしても粗暴が悪く思われがちなので、赤松はわりと品位という事には意識して振舞っているが、美術品となると知識はからっきしだ。「ゴッホのひまわりくらい見た事あるだろう。それを7枚。分からなければ全部もってきてほしい」ショオにそう言われるので、見た事あるかもしれないが、気にした事もない。しかし、破格の請負料。危険に身を投じるには相応しい。

「しかし、贋作展って元々偽物なんですよね? ヤクザ絡みですか?」

「だったら警察事案だろうな」

「まぁそうでしょうね」

「赤松、今回の相手は多分戦闘のプロだ。この店三人だろ? やれるか?」

「いや、こちらも始末屋のプロですよ」赤松は別段、頭に来たわけではないが、何をもってプロとするのかという話であれば、今回の相手が戦闘のプロなら真っ向から襲う必要はない。不意打ち暗殺、なんでもできる。「俺たちは金メダルを目指してるわけじゃありませんから、三人でやれる方法を考え、遂行するだけですよ。人が増えるとその分効率が上がる半面危険度も上がりますから。俺はもとより宋くんは筋がいいし、信用における。ゆかりの方がまだ遊び半分というところで実力も測れないけど、恐怖という感情がぶっ飛んでいて訓練でどうにかなるものじゃない才能です。ベストメンバーですよ」

「しかし、赤松。BBにやられた脇腹まだ完治してないだろう? 一人ならBB殺れたかもしれんのにな?」

「そうですね。本調子じゃないですが、問題ありません。あの時はゆかりをつれて逃げなければならなかった」

「捨て置けばいいものを」ショオがそう言うので「あの日、ゆかり目当ての団体予約あったんですよ。ゆかりがいないと客がキャンセルする」

 表稼業の串カツ屋としてもゆかりの利用価値は高いと「……甘くなったな赤松」

「フリーから管理側にまわっただけです。店もそうですよ」

 言うようになったなとショオは思う。赤松は裏稼業に関してすこぶる自分は合っていないと常々口にしている。串カツ屋一本で生きていきたいと。そんな赤松にショオは「そうか」と、

「でもさすがに宋くん任せというわけにはいかないので、ちょっとこの脇さっさと治してさっさと終わらせるようにしますよ。あとで欲しい道具のリスト送ります」

「lineで送っておいてくれ」

 そう言ってスマホを取り出すショオに若干引きながら。


「昔はショオさんガラケーでも持つの嫌がってませんでしたか?」


 電話は公衆電話で十分というのが彼の口癖だった。「時代に合わせて考え方を変えないとこの世界すぐに死ぬからな」

「違いないですね。そういえば来月頭」赤松が言おうとした事をショオは予測してから先に答え、そしてジョッキを持ち上げてお代わりを所望。「酒蔵フェスティバルだろ? もちろんいくさ。赤松達は?」


 日本酒のお祭り。酒蔵だらけの西宮で開催されるそのイベントは一年に一回の大人の楽しみ。「もちろん顔を出します」

「この店の常連もいるだろうからな。この店はビールもよくサーバーを洗ってあり美味い。串カツも悪くない。うまくても繁盛するわけじゃないんだな」

 

 赤松はこの店を裏稼業共々引継ぎ二代目である。自営業というものは想像以上に難しい。美味しい物を出せばいいと単純な物じゃない。かといって質を落とせば客はこなくなる。


「本当に、常連がよくない」とお店にきてくれるお客さんがよくないと赤松はそう普通にそう言った。その話にはショオは少しばかり興味深そうに突き出しのナスの漬物で箸休め。

「それは困った。しかし何故?」赤松は冷蔵庫からダシ醤油を取り出すと、片付けの準備をしながら、〆の鯛茶漬けを作る準備に入る。もちろんメニューにはない。「美味しいって聞きつけて若い子や観光客だってたまに来てくれるんですよ? でも常連のみんなの素行がねぇ」

「それって尼の人だよね? 私も入ってる?」

 赤松は静かにうなずいて「もちろん」

「えっ?」

「いや、本当に、営業終了後にいちいち来る客とか最悪ですよ」


 ざぁざぁと洗い物を続ける赤松。常連によって店はダメになるというのは有名な話で、常連だからと店側にわりと無理に自分ルールを通す。

 ショオはハリマオ会の仕事としてここにやってきたわけで、常連顔しているつもりはなかったのだが、経営者の赤松の視点からすればなんら変わらない。「な、なんか悪いな」とショオの食べる手が止まり謝罪。

 串カツ屋『よる』の営業時間は0時迄なので既に営業時間を1時間以上過ぎている現在深夜営業の許可が本来必要なのである。いきなり悪い事してる気になるショオ。

 そんなショオの前に〆の鯛茶漬け。

「あと、店のメニューにない物の要求とか」

 いつもショオが手土産にもってくる鯛の刺身。これで〆の鯛茶漬けを所望しているのだ。

「そんなに迷惑だったか? 赤松」


 そこまで言われるとものすごく食べずらいが、食材が勿体ないのでワサビを溶かしてすする。実に美味い。赤松の料理の腕は本物だった。「まぁ、冗談ですよ。常連がこない店はつまらない」と赤松は笑った。その表情の中には常連客が店をダメにするという言葉もやはり含まれているようにショオには思えた。

 食事を終えて、ショオが多めに支払いをするので、代わりに赤松はタクシーを呼んでいた。何処に住んでいる人物なのかは知らないが、阪神尼崎駅に向かう事もあれば、JR尼崎駅方面に向かう時もある。依頼相手は自分達だけじゃないだろうし、当然と言えば当然なのだが、その中でも随分よくしてもらっているという自負と恩は感じていた。本日はJR尼崎方面に向かっている。もしかしたら女性でも待たせているのかもしれないなと手を振って店に戻る。

 今頃、誰も感動させる事のない深夜ダンサー達を始末し終わり宋とゆかりがファミレスで祝勝会でも行っている頃だろうかと、ようやく一人になり、日本酒山田錦大吟醸を取り出すと一人で鯛の刺身を肴に一息つく。始末屋の仕事、いつまでも続けられるものじゃない。

 店を畳めば虎の子の貯金と合わせて余生を送る事くらいはできるだろう。が、それは何も起こらなかった時。これから赤松の身体は衰えていくだろうし、病気にだってなるだろう。それならまだいい方で、始末屋というどうしょうもない仕事をしている自分が恨みを買わないわけがない。平穏な隠居生活に入ったとたん殺されたじゃ笑い話にもならない。そんな事を考えて、やはり酒に逃げるのはよくないなとその悪魔の甘露を飲み干した。とにかく始末屋なんて自分には合ってないし、この業界自体向いてない。

 そう自分では思っているのに、依頼は後を絶たない。始末屋は『よる』の赤松を除いて右に出る者はなしと持てはやされ、再びため息をついた。

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