3−3 新人の仕事はコストコへ買い出し

 研修期間中とは一体なんなんだろうか?

 冬雪は現在軽自動車の助手席に揺られている。運転手は年上なのか、年下なのか、不明だが車の運転をしているので自分より年上らしいクロ。本日の彼女はつなぎを着ている。つなぎファッションというわけでなく、車の整備を榊より命じられていたらしい。仕事で呼び出された冬雪が事務所に到着すると、買い出しをするようにと指示がなされていたのでクロが車の整備が終えるのを待って今に至る。

 どこに向かうのかと聞いたが、車の運転に集中しているクロは無視しているのかしばらく無言で運転を続け、思い出したかのように「コストコに行く。お昼ご飯もそこで食べるようにボスに言われている」とクロは語った。そして左右のミラーに後方確認。恐らく運転する事に慣れていない為、会話も控えめなんだろう。「コストコってテレビとかでやってる大きな海外のスーパーでしたっけ?」と話しかけたが、クロは43号線から高速道路に乗るらしく、やはり無言を決め込んでいる。段々冬雪は不安になってきた。

 クロは運転に慣れていないどころか、本当に車の免許書を持っているのだろうか? いや、多分警察に止められた際の偽造免許書とかは持ってるんだろうが、そういう事じゃない。まともに車の運転を誰かに学んだ事があるのか? というか偽造免許書だったら年齢なんか適当だろうし、年下かもしれない。年下の女の子に車の運転をしてもらうってどうなの? とか思うが、冬雪もまた免許を取得できる年齢ではない。「高速道路から降りる。反動に注意して」と言われ、出口で急速に速度を落としてドリフトばりに出口から出るクロの運転。間違いない。彼女は運転をまともに誰にも教わっていない。事故を起こさないのは異様に周囲を把握できる彼女の目によるところなのだろうが、こんな運転警察の前で起こしたら一発で危険運転として止められてしまう。

 

 高速を降りると、道なりに走るらしく交通量も多い。速度もそれらの流れに合わせて走っているが車間距離の取り方に問題がありそうだった。相当広く車間距離を開けているので、後ろの車がどんどん車線を変えて冬雪たちが乗る車の前に入る。山手幹線を走りそこから国道43号線、そして高速、現在再び山手幹線に戻ってきた。

 山手幹線は神戸市の長田区から西宮市、芦屋市、尼崎を結ぶ30キロ程の都市計画道路であり、高速を使わずともここに至れたのだろうが、クロは時間の短縮を選んだのだろう。

 運転に集中しているこのクロを襲えばクロを倒す事は可能だろうかと最低な事を考えたが、多分この状況でも自分はクロにねじ伏せられるんじゃないかとふと思ってしまった。よく考えるとクロの事は全然知らない。自分より先に宮水ASSに入った先輩であり、恐ろしく強いという事。実に十年以上自分が来る日も来る日も鍛え上げられた武術が何の役にも立たなかった事はちょっとした自信喪失と共に、こんな物を後生大事に秘伝の技として継承していた自分の家の連中を少しあざ笑えた。

 

 伊丹市を越え、尼崎市に入り、視界の先に大きな建物が見えた。それは小洒落た形状ではなく、言うなれば大型倉庫。冬雪もテレビ等で見た事はあるそこに少しばかりテンションが上がる。西宮市からだと車で行ける近場にコストコが5つあり、その中でも一番近い尼崎倉庫に向かっているわけだが、これだけでも西宮市に住んで良かったと思った。これを榊に言っていれば月給が1万円は上がったであろう事を冬雪は知らない。コストコの駐車場に入りクロのスリリングなドライブも終わりが見えてきた。だが……空いている駐車場がない……目の前が大阪だけあり、大阪ナンバーと尼崎ナンバー、神戸ナンバーの群雄割拠だった。


 そこで、冬雪は一つ学ぶ事になる。大阪ナンバーは思ったよりも丁寧で、なにわナンバーと和泉ナンバー、尼崎ナンバーのアグレッシブな運転マナー、今後仕事で免許を取る事もあるだろうし、気を付けようと心から思った。クロは駐車スペースがないと知ると屋上駐車場に向かう。入口から離れたところに一つ空いているところを見つけ、クロがそこに駐車しようとすると、侵入方向を無視した黒いバンがそこに頭から入れようとするので、クロはべた踏みし、スライドさせて無理やり駐車させる。若いカップルがそれを見て降りてくるが、クロは何故かそのドライバーの男に親指を上げる。


 これは絡まれるんじゃないかと思ったが、クロを見た若い男は頭をかいて、笑って何故か許してくれる。それに彼女か奥さんが苦言をもらしていたようだが、やたらクロにへこへこしている事からクロが可愛いので許したというより、クロに一度ボコられたんだろうなと冬雪は確信する。あそこで虚勢を張らない方が、結果彼女か奥さんに恰好の悪いところを見せずに済んだんだろう。


…………クロが走った。

一体何だ? 冬雪の手を引いてエスカレーターに向かうと巨大なカートを受け取りそれを冬雪に握らせる。これはカート係を押し付けたのではなく、多分迷子にならないようにという意味があるんだなと苦笑してしまう。そして、クロの表情が少し険しくなり前を見ている。なんだろうと冬雪も前を見ると、家族連れ、学生グループ、その前で長身の男性と女子高生くらいの二人組がこちらを見ている。明らかに堅気じゃない。「クロさん、あれって知り合いですか?」「うん、始末屋で串カツ屋の『よる』。宋とゆかり」「やっぱり知り合いなんですね」と冬雪は『始末屋』なんて聞いた事がないと警戒する。

 しばらくクロとその『始末屋』の二人が見つめあっているが、高身長の男性、クロが宋と呼んだ方がゆかりに何か話しかけ、クロや冬雪を見る事はなかった。エスカレーターを降りると、会員カードを見せて中に入る。


 初コストコ、本来ならドキドキの空間なのに、同じ店内に『始末屋』なんて物騒な連中がいると思うと中々楽しめない。巨大な熊のぬいぐるみが出迎えてくれるのを視界に先ほどの二人を探す冬雪。

 そんな冬雪に対してクロがお使いメモを見ながら「仕事以外での衝突はしない。クロ達も『よる』もプロ」

「そうなんですか?」と冬雪が驚く。

 誇らしげにムフーとクロが頷くのでそうなんだろうとカートを押す係を買って出る。

「洗剤」日用品、エスプレッソマシン「これはBBの依頼」

「おい、なんか田舎臭いなと思ったら宮水ASSがいるやん。何しにきたん?」と『よる』のゆかりが絡んできた。

 どうするんだろうと思ったが、クロは無視して次に買う物のところへ向かう。なるほど、大人な対応だ! と思ったが、「西宮市の方が尼崎市より遥かに都会、ボスが言ってた」

 それを聞いて、ゆかりは瞳孔が開いたようにクロをにらみつけて何か武器を取り出そうとした。しかし、大きな手にゆかりの腕は捕まれる。

「ゆかりちゃん、ご法度」と背の高い男性が、クロと冬雪に会釈する。

 ウチの若い衆が申し訳ありませんでした。という感じなんだろう。それにクロは頷くと親指を上げる。ゆかりが絡んでもいない者として扱っていたクロがこの宋という人物には反応をする。すらりと身長のある韓流系俳優のようでカッコいいからではなく、恐らく実力が伴っているからなんだろう。

 冬雪はこの反応だけで、この宋という男のヤバさを理解してしまった。クロが裏稼業でどれほどの実力者なのかは分からない。だが、少なくともこの宋はクロと同等かそれ以上なんだろう。もし、現場で出会えば確実に殺される。ならば、このゆかりという少女はどうなんだろう。クロが相手にしないという時点でクロより実力は下なんだろう。しかし、それは冬雪と同等か格下という証明にもならない。今更ながら冬雪は故郷から逃げ出したい一心でとんでもないところに関わってしまったと思う。この店内には他にも同業者がいるかもしれない。

クロが巨大な冷凍ピザを何枚もカートに入れていく。カートには一体何個入っているんだという袋詰めされた大量の小さな丸いパン。手あたり次第に食べ物を入れているように見えるが、クロは依頼された物しか手にしていないようだった。なんだか、学園祭の買い出しとかはこんな感じなんだろうかと冬雪は思う。クロの見ているお使いメモは全てひらがなで書かれており、カタカナの品名と照らし合わせてカートに入れているらしい。そして青果売り場でクロの足が止まった。バナナを購入するべきか、グレープフルーツかを迷っているらしい。これはお使いメモには書いていないので、クロが自分用のおやつなんだろう。とたんに可愛く見える。

 そこに先ほどの始末屋『よる』の二人もやってきてゆかりがバナナに手を伸ばした時、そのバナナをクロが手に取った。それにゆかりがキレてクロに襲い掛かろうとしたところをやはり宋に止められる。本当にこの人たちは裏稼業の人たちなんだろうか? 何故なら、宋がゆかりの二回目の粗相の謝罪に「そこのフードコートでお昼ご一緒しませんか? ご馳走しますよ」と言われ、クロは頷く。本当にこの業界どうなってるんだと冬雪は疑問ばかりが頭を支配した。

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