10−2 ソルジャーミーツニンジャ

 エリックは今回の仕事に関して既に失敗したと思っていた。この目の前で笑っている少年の前から、最初は粉を撒いて顧客を獲得、そこから麻薬の隠された絵をすり替えて今頃仲間たちと行きつけのパブでビールでも飲んでいるハズだった。最初は神戸で一人、仲間が殺害された。絵画のすり替えしようとした時は死人こそでなかったが、完全に奇襲だった。一時撤退した時、薬品と食べ物の調達に入ったコンビニ。あれがよくなかった。多くの仲間が業務続行できなくなる。

それでも死んだ奴が悪い。だが、死なせた原因は自分にもあるだろう。だから今回は絞殺ではなくこの状態で頭に一発。それで終わりだ。そう、いつだって自分は生き残る。死んだ人員をこれから集めるのが億劫だ。せっかくそこそこの連中が集まってきたのにな。引き金を引く瞬間、違和感を感じた。引き金の感覚が、いや……自分の指の感覚が、ない。

そして痛みが走る。思わず手を放し自分の手を見ると、人差し指が根元からなくなっている。冬雪の手には手裏剣、あごで後ろを見ろと合図するので、エリックはゆっくり後ろを見ると、地面に突き刺さっている手裏剣と、その横に転がる自分のであろう指。忍者の使う夢物語みたいな道具だと思っていた。しかし、その実コミックででてくるような殺傷能力をもった武器だった。まさか拳銃とあんな物でやりあおうというのか? 銃を持ち直すと冬雪めがけてエリックは構えた。雇い主は目の前の戦闘行為には興味がないらしい。それだけ信頼されているのか……

「……まさかニンジャがいるとは思わなかった」エリックの皮肉を込めた言葉は続く、戒めの為に殺す相手の名前を知ろう。「フユキと言ったか?」

 すると冬雪は嫌そうな顔をして。

「雪之丞」エリックはそれをそのまま口にする「ユキノジョウ?」

 別人だと言いたのだろうか?

 いやそんな、だが確実にこの少年は最初であった者とは違う。戦場と血の気配を感じさせるお気楽な国の忍者の少年。

「そう、僕は雪之丞。生まれて来れなかった冬雪の兄、生まれて来れなかっただけで意識はしっかりしてるけどね」

 信じられないが、彼は別人だ。

 その理由は放っている殺気もエリックを殺せるという余裕すらも感じさせてくる。

「もういい。殺せばいいだけだ」エリックは相手が強者であると再認識し、「ユキノジョウ、本気かは知らんが、次で殺してやる」

「本気で殺す? 僕を殺す? 殺す? ふふっ、できない事を言わない方がいいよ。その身体でよく動くよね。やっぱ骨格とか食べ物とかが違うからなのかな? でもさ、人の殺し方を知らなさすぎる。今なら、逃げても追わないし殺さない。どうする?」

 馬鹿にされた。「逃げる? お前ではなく俺が? 面白い事をいうニンジャだ。もちろん答えはノーだ!」

「あはは! そうこなくっちゃ!」冬雪はそう笑うとエリックに真向から立ち向かった。銃を一切怖れていない。

 指の落とされた右手にナイフを握るとエリックは落ちないようにテープでぐるぐると拳を巻く。そして利き手ではない左で銃を構えると冬雪を迎え撃つ。ナイフ戦はエリックも得意とする。さらにこの至近距離、感覚で銃を当てる自信もある。何処かに弾が抜ければあとは簡単に殺せる。


「ふふっ! はははははは! いいね。命の奪い合いはいい」クレイジー、こいつイカれてやがる。が、強い。この距離で頭二つ分以上小さい身体で自分と格闘し、さらに弾も当たらない。

「お前のツレ、あの女今頃ブラックに死姦されてるかもな」

「あの女? あー、クロの事? ないない! 僕が相手じゃないんだから」

「そういう揺さぶりも通じないか、お前元々軍人か?」

「日本には軍はないし、僕も冬雪も自衛隊経験もないね」

「それにしては、俺と徒手でここまでやりあえるのは何故だ?」

 特殊部隊の動きのそれではないか? そう考えるエリックに、「僕が強いんじゃなくてさ、おじさんが弱いんだ」

「なんだと?」

「ざぁこ! ざこぉ!」と冬雪、いや雪之丞はエリックを煽る。そして、雪之丞ははじめて構えた「じゃあ、そろそろそのクロをお迎えにいきたいのでおじさんを黄泉に送るよ」

 手裏剣を一枚、クナイを一本。それを見せるように構えると、エリックに猛攻をしかけた。いままでの徒手格闘の応酬はエリックに稽古でもつけてやっていたかのように、銃を使う暇を与えない。執拗に、執拗に雪之丞の攻撃は同じところをえぐる。エリックは「お前は一体……バケモノなのか」

「あぁ、うん」と答えると雪之丞の動きが止まった。スマホを取り出し電話をする。

「もしもし、始末屋さんだっけ? 依頼していい」

「何を?」いきなり攻撃が止まった。今なら雪之丞を殺せる。「手が……」

「あぁ、うん。もうないよ」

「ちょっと待て! 手だけじゃない。足の感覚も、視界も暗い。一体何をした? 教えろユキノジョウ。声もでない! 何をしたんだ!おい!」

「もしもし、あーうん。とりあえず視界を奪って、両手両足の腱を切って声帯も殺したから静かなもんだよ。連中が乗ってきた黒い車のトランクに放り込んでるから、宜しく。支払いは宮水ASSに請求して」

「僕の方がさ」驚いた顔でこちらを見ているレベッカにウィンクしながら降りるように手招き。そして雪之丞は話しかけるように「この仕事向いてるんじゃないの? 冬雪さぁ」

 冬雪は気が付くと、身体の激痛とエリックを再起不能にした記憶だけがゆっくりと再生された。


 クロが戻ってきた時、エリック達が乗ってきた車はトランクにエリックを乗せたまま既に見知らぬだれかがやってきて冬雪からキーを預かるとそのままどこかに走り去ってしまった。クロ達の社用車の中でレベッカは驚きはしていてもクロと冬雪に対して怯えるどころか、興味津々、むしろより二人を愛おしそうな目で見つめる。

「とても強いのね。驚いたわ。元軍人の二人なのよ」とレベッカは二人に自分がこの国に麻薬売買のマーケットに参入しにきた事を普通に語った。ワイン用のブドウ畑で普通に新種の麻薬を栽培してそれを日本に持ち込む依頼を二人にしたのだと。

 その話を聞いて冬雪は心底ショックだった。こんな明るくて前向き、常に笑顔が絶えない優しい人から麻薬なんて物は全く連想しなかった。そして、冬雪はそういう物に関わる道を選んでしまっていたという事をいまさらながらに気づいた。

「次はどこに行くの? それともここのフードコートにく?」

「それはまた今度ね。車を出して頂戴」

 どこに向かうのか、それをクロは聞きもせずに車のエンジンをかけた。そして最上階駐車場から出口に向かう。

 地上一階に戻ってくると、尼崎方面と伊丹方面と書かれた出口に対してレベッカは尼崎方面を指さす。クロは頷くとそのまま山手幹線や国道2号線方面に向かってアクセルを踏む。車のメーターが60キロを超え、遠くに警察車両が見えるや否やクロは速度を40キロにとどめる。山手幹線が見えてきたので、クロはレベッカを見るとまだ真っすぐと頷く。冬雪はどこに向かっているのか皆目見当もつかないが、レベッカの行きたいところをクロは知っているのだろうか?

「宮水ASS、気が付かなかったけど、クロはあれね?パニッシャーね?」

「何それ? 聞いたことない」冬雪もなんの事か分からない顔をしていると、レベッカは微笑んだ。「昔ドラマがあったのよ。大量殺害者。貴女有名よクロ」

 クロの事を知っている。いや、冬雪ですら少しばかり彼女の噂は聞いた事があった。だが都市伝説だと思っていただけに現実感がない。

「これから甲子園球場に向かってほしいの」あの高校野球の本戦会場である甲子園球場。

「知らない。どこそれ? 冬雪分かる?」

 と、ついこの前まで福岡にいた冬雪でも知っている事をクロは知らないという。それにレベッカが驚くが冬雪がクロにつたえる。

スマホの地図アプリを見せナビに連携「このナビに沿って走ってくれればそれでいいですよ。よろしくお願いします」

「分かった、宜しくお願いされた」

「そうそう、さっき車の中で連絡があったのよ」とこれまた世間話でもするようにレベッカは二人に大事な話をした。

「貴方達のお仲間、宮水ASS数名、エリックの残りの部隊に捕まってるわよ」

「榊さんやブリジットさん達がですか? 二人は僕らより凄い。まさかそんな! 何かの間違いじゃないんですか? レベッカさん」

 そう聞く冬雪にレベッカは自分のスマホを渡した。「白亜からよ」

 電話先の依頼主は、甲子園にレベッカを連れてきてそこに来る連中に引き渡しをするように言って電話を切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る