出勤日9
9−1 クロ先輩と護衛任務開始
あれから六麓HSの屋敷に到着し、もう明け方だけど、休むように客室に案内される。
“二階堂、状況の報告は明日伺います、私と侏羅は先に休んでいます。くれぐれもレベッカに粗相のないようにお願いしますね。あとボディーガードのお二人にもお部屋を用意してあげなさい”
という書置き、スマホでの連絡じゃないんだなと冬雪はその書置きを思い出す。
「それでは、こちらのお部屋を冬雪くん、隣をクロ様にご用意しましたので、何かあれば私に連絡していただければと思います。おやすみなさい」
二階堂が案内してくれたのは屋敷の二階にあるずらりと並んだ客室。ここはホテルか何かなのかと冬雪は錯覚しながら、広い客室を見渡す。お手洗いにシャワー室もついている。ビズネスホテルなんかより遥かにすごい。
なんなら自分の部屋なんかこの半分くらいの広さしかないので、やや閉口すらしてしまう。さて「寝るか」
「クロも一緒に寝る」
「ええっ! クロさん! いつのまに……クロさんはとなりの部屋ですよね?」
クロは、枕をもってやってきていた。年頃の女の子と一緒に一夜を共に、いやもう明け方だけども、さすがにそれはまずいだろうと思っているとクロは冬雪の部屋の地面にゴロンと転がって目をつぶる。動物のような速さで眠りにつく。「新人の冬雪を一人にしてはいけない。ボスの命令だから」
という事らしい。クロは仕事の命令には絶対。それこそ真面目に取り組んでいる。そこには男女の何かという考えはないのだろうが、冬雪からすれば……可憐な女の子が無防備に寝ているのだ。しかも床で。
「クロさん、ベット使ってください」
とにかく、自分はソファーで寝るのでと女の子を地面に寝かせるなんてありえない状況だけは冬雪としてもさすがに容認できなかったのでベットに移ってもらう。のそのそとベットに潜り込み。クロは眠る。
朝方から数時間の睡眠、今はスマホを見ると午前七時前らしい。ベットには、クロの姿はない。彼女の匂いとぬくもりを残して彼女は消えた。新人である冬雪を守ると言っていたクロがいない事に不安になる。
ゆっくりと覚醒する頭、ここは芦屋の殺し屋、六麓HSの総本山だ。警戒して扉を開ける。広い屋敷、そこで女中らしい女がモップ掛けをしている。「おはようございます」
冬雪を見ると軽い会釈、あきらかに堅気の目ではない。彼女もここの殺し屋の一人なんだろう。表向きの仕事はこの屋敷に雇われている家政婦と言ったところか? 彼女ですら冬雪には想像できない程の修羅場をくぐりぬけていそうだ。
冬雪は美味しそうな匂いがする食堂をのぞいてみた。
「クロさん、ここにいた」
安堵、冬雪がほっと胸をなでおろしているとそこには食事中のクロ、レベッカ、給仕をしている二階堂。「貴方が宮水ASSの新人ね」
「は、はじめまして! 立花冬雪です。よろしくお願いします」
「とりあえずモーニングにしましょう」そう言って座るように言ってくれる美女。「私が、この屋敷の主、そして依頼主の木花咲耶白亜よ」
彼女が、芦屋でも指折りの殺し屋なのかと冬雪はそうは見えない事に驚きを隠せない。虫一匹殺せないような優しそうなお姉さんといった佇まい。フルーツサラダを食べるわけでもなくフォークで遊んでいる。「レベッカには申し訳ないですが、急な仕事が入ってしまい。このレンタルボディーガードのお二人を雇わせてもらったの」と微笑む。
レンタルボディーガードか、確かに守り屋はそうだろう。「白亜ったら、せっかくステイツから友人が来たっていうのに、冷たいんだから! まぁいいわ! フユキもクロもとっても気に入ったの。二人とも凄いキュートなのよ!」
可愛いと言われてどう反応すればいいのか迷う。クロは食事に夢中だ。「くれぐれも、私の大事なお客様だから、今日から二日後まで彼女を守って頂戴ね」
「はい!」と冬雪が真面目にうなずくと、白亜は驚いた顔を見せる。
「ふふっ、今まで仕事をちゃんとできるのかどうか分からない軍人や、ろくでなしや、偽中国人という面白集団だと思ったけれど、少しは礼儀のあるまともな従業員を榊さんも入れる事にしたのね。いいわ、気に入った。立花冬雪、改めてレベッカを任せたわ。興味があれば私の事業を手伝いにきなさい」
白亜の事業とは、要するに殺し屋である。それを手伝いにこいと声をかけられた。「えっと、あの……もし機会があれば……」
「ふふっ」白亜は笑う。冬雪に白亜は支払いの話をした。
「今、いくらもらっているか知らないけれど、私のところなら頑張れば今の百倍は稼げると思いますよ。そう言ってクロを引き抜こうとしたんですけど、お金の価値を知らないからか、断られてしまいましたが、冬雪君はちゃんとお金の価値もその使い方も強さも知っているわよね?」
いや、貴女の考える方向性では知りません、俺は一般人の金銭感覚ですと思う。
「いやぁ、俺は今の仕事もはじめたばかりだから」なんとかこの場を切り抜ける為の言葉を考える。「だめよ白亜、フユキもクロも私が先に唾をつけたのよ!」
とレベッカがコーヒーを飲みながら助け舟を出して冬雪にウィンクする。
「ワイナリーの仕事、冬雪くんはともかく、クロも?」白亜が呆れた様子でレベッカに尋ねるのでレベッカは頷いて笑う。子供の輝きを失わずに大人になればこんな笑顔ができるんだろう。
「当然よ。二人ともキュートだからきっと売り上げに貢献してくれるに違いないわ」
そもそも宮水ASSの従業員であるという事を完全に忘れられているのだろうか?「仕事、護衛、それ以外はしない。クロは、宮水ASSにいる」
「でしょうね」恐らく前回、勧誘した時もこうだったのだろう。クロはお金にそこまでの執着がない。食べ物と交換できる何かくらいだ。そして、それがありすぎても邪魔になると考えているのだろう。クロはいつも財布を持ち歩いていない。ポケットにクシャクシャになった紙幣を二、三枚入れて支払いをいつもしている。彼女にとってのお金とはその程度の役割であり、別に大事な物ではないのだろう。
冬雪はクロが宮水ASSの居心地が良いとも言っているので、自分もクロがいる宮水ASSにいようと頷く。「白亜さん、レベッカさん僕も宮水ASSが好きなので」
「あーあ、残念ね」
「気が変わったらいつでも私達は構わないわよ。常に人員不足ですから」
「じゃあ話も終わったしみんなモーニングも終わったなら早速遊びにいきましょ!」
「そうね。私達もそろそろ行きますわよ二階堂。昨日からのスタッフを戻して休憩させてあげるように指示して頂戴。状況の把握次第交代」
「かしこまりました。外に車は回してあります。レベッカ様をお連れする為の防弾ガラスの車も用意してますのでクロ様、冬雪くん宜しくお願いします」
「分かった」鍵を受け取るとクロは口元をナプキンでぬぐい外の車へと向かった。見たところ、武器という武器を何も装備してない。「じゃあ、白亜。酒蔵ルネッサンスで会いましょ」
「えぇ、日本を楽しんで」
「もちろんよ! ジャパニーズワインをふらふらになるまで飲み干してあげるんだから! 仕事が終わったら白亜にも付き合ってもらうわよ。貴女に飲み勝った事、私ないんだから! 今回は勝たせてもらうわ!」
「望むところよ」
相当白亜は酒が強いらしい。「それでは、宮水ASS,レベッカ・スミス様の護衛任務を只今より開始します。二日後9月30日、日本酒の日、酒蔵ルネッサンス前日に再び白亜さんの元に無事レベッカさんを送り届けます」
「よろしくねフユキ、クロ。これからの二日間楽しみよ」冬雪の腕を組んでエスコートしてもらうようにレベッカは白亜邸を出た。「はい、どんな事があっても守りますから、まずは何処に行かれますか? 行きたいところはありますか?」
「そうね。少しシンキングするわ」と子供みたいに上を眺める。
「決めたわ! このあたりの銘菓が食べたいわ」いきなり、冬雪には分からないお願いをされてしまった。車に乗り込み「クロさん、このあたりの有名なお菓子って何か知りませんか?」
「沢山ある」とクロはオートマではないミッションのプジョー208の操縦をしばらく眺めてから運転をはじめた。ミッションも運転できる事に冬雪は少し感動する。
「神戸のモロゾフ、芦屋のアンリシャルパンティエ、尼崎エーデルワイス。ケーキ?」
「そうね。日本の和菓子スイーツが食べたいわ」
「じゃあ、西宮のおかき巻き、からのサザエのおはぎ」そう言うと、クロはハンドルを切って西宮方面に戻る。「おかき巻きはとても美味い。中と外で別々のおせんべい。外の瓦せんべいは甘くて、中のおせんべいはしょっぱい。ボスは常時鞄の中に入れている。クロがはじめて宮水ASSに来た時にもらったお菓子。きっと冬雪もレベッカも気に入ると思う」
「そう、クロはそのお菓子がとっても好きなのね」
「うん、とても好き」
クロが饒舌に語る時は食べ物を語る時だけ、言葉足らずだが、実に美味しいという事を冬雪とレベッカに伝えてくれるので、きっとクロが食べて美味しかった感動を話しているんだろうと二人は聞く。「到着した。横の関西スーパーのコインパーキングに車を停めてくる。その間のレベッカの護衛を冬雪」
「はい! レベッカさん、こちらでクロさんが戻ってくるのをまちましょう」と警戒しながら冬雪がレベッカを守っているのでレベッカは噴き出して笑った。そんな大げさなと、自然にレベッカはスマホを取り出す。
クロが駐車して戻ってくるのを見ながら、どこかに電話をかける。そして友達にでも電話をしているのだろうか? 「私よ。昨日到着したの。例の物の準備は? あらそう。まぁいいわ。後で会いましょう」
「お知り合いですか? それとも白亜さん?」
レベッカは人懐っこい表情をみせて「ビジネスパーソンよ」
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