8−4 経営者によるお金の価値観
白亜と侏羅は優雅なイタリアンを食べ終えると、カリフォルニアからの友人レベッカをもてなそうと自宅で待っていた。しかし、待てども待てども二階堂も友人のレベッカも到着する気配がない。「侏羅、二階堂に連絡を取って頂戴」と、友人の為にと用意していたワインを前にしてイライラしている。侏羅は言われた通りに二階堂に連絡を取るが、二階堂は出ず、コールバックもしない。それをそのまま伝えると、白亜はソファーに座りながらな侏羅にも座るように指示をする。白亜は完璧主義者である。
時間を無駄にする事をなによりも嫌い、ハリマオ案件に関しても無駄と思ったので、部下に任せて現場から離脱してきている。
それだけでも彼女の怒りのボルテージは上がっているのに、よりにもよって二階堂がここまで白亜をいら立たせているなんて特別珍しい事だった。二階堂に何かあったのではないかと白亜が心配する事はない。実際なにかあったんだろう。だが、それと今ここにレベッカがいない事は=にはならないというのが白亜の考えである。二階堂以外にももう一人警備をつけているハズだがそちらかの連絡もない。
現在、大谷記念美術館の方はどうなっているのかを白亜は尋ねる。すぐに侏羅は現在張っているメンバーに連絡をとり、状況を逐一白亜に知らせた。始末屋の『よる』がきている?
状況は敵ではない? 連中の目的は? あともう一組の別勢力は敵らしい。
であるならば、西宮市から芦屋市のホームに誘い出してそこで処理してしまえばいい。邪魔をするなら始末屋『よる』も一緒に殺してしまえ。そう簡単に指示をだしておいた。今向かわせている連中でも赤松を仕留めるにはいたらないだろうが、他二人が再起不能になってくれれば少しは気がまぎれるかと白亜は笑った。向こうとは決定的な差があある。それは人海戦術。今現在始末屋『よる』は自分の六麓HSの精鋭たちと共闘していてその頼もしさに勢いがついている事だろう。当然、それが敵に回った時の恐ろしさも頭の片隅に入れながら、いかに赤松といえばども多勢に無勢で攻め立てれば取れない事はない。ただ、こちらの被害も大きくなる。疲弊した頃に自分が出て赤松を仕留めればいい。その間先遣隊は休憩に回す。完璧だ。早々に仮眠に入り侏羅にも休むように伝えた。
★
二階堂はとにかく早く連絡をしなければならないとスマホを取り出して、それが粉々に破壊されている事を今の今知った。どうりで連絡がかかってこないわけだ。
これは少なく見積もって終わったなと。
となればまず白亜に謝罪と状況の報告と現場の確認。外に出て車に乗っているハズの仲間に携帯を借りようと見に行くがいない“白亜様撤退の為、仲間の協力に行くと置手紙が残されていた。こうなると、冬雪かクロに電話を借りるしかないのだが、さすがに同じ裏稼業同士で電話の貸し借りは、
「電話、俺が壊しちゃったんですか? うわっ、すみません。電話必要なんですよね? 俺のスマホ使ってください」なんと冬雪が普通に貸してくれるではないか、「冬雪様、この御恩はわすれません」
「そんな、大げさですよ。壊したの俺ですし」申し訳なさそうに言う冬雪。
「いえ、仕掛けたのは私ですので自業自得でございます」
「そう言ってもらえると―」
冬雪は安堵している。弁償でもしなければならないと思ったんだろうか? 二階堂はそんな冬雪を見て笑いながら白亜に報告の電話を入れた。「大変申し訳ございません」
『そう、二階堂を一対一でそこまで追い詰めたの、いいわ。クロとルーキーに任せましょう』
「かしこまりました。海を少し見たらレベッカ様をお連れします」
『わかりました。それじゃあ』
特に何か苦言やペナルティーを与えられるわけでもなく。代わりにレベッカが「白亜に電話したの? この時間は不躾じゃない?」誰のせいだ。
「報告が遅れておりまして」
「あら二階堂、貴方。見かけによらず少し抜けているのね。冬雪の家に冬雪とクロを迎えに行ってこけて怪我をしているのもそうだけれど、そこで携帯壊しちゃったの? よく白亜の秘書になれたものね。それとも彼女少し変わったのかしら? 完璧主義だったのに」
誰のおかげでそうなったんだと二階堂は笑顔で頷きながら、運転手がいなくなったので代わりに運転を行う。もちろん後部座席にはレベッカを中心に冬雪とクロをはべらせている。よほど気に入ったらしく、珍しいキャンディーなんかを振舞っている。よく白亜の秘書になれたなと言われた。確かによくまぁ自分は六麓HSの殺し屋の中でも白亜付の一人になれたものだと自分でも思う。「誰かを救うより壊したり殺す方が簡単じゃないですか」とか自分は言ったハズだった。料理だって作るのは手間だが食べると一瞬だったり、プラモデルだって組み立てるのは時間がかかる割に壊すのは簡単だ。それと同じで人はすぐに死んでしまう。病院で働く人たちは立派だ。とても難しい治療をして人を救おうとしている。なら自分は世の中にいる存在しない方がいい人間を殺してこの世から間引きする事で人を救えればいい。みたいな青い事を言った。
……思い返すと恥ずかしい。
どれだけ大義名分があろうと殺し屋なんて最低の仕事だ。
そんな事を言った二階堂に白亜は、自分の中で仕事への誇りをもって行う事は大事だと説き、間近で彼女の殺しを学んだ、
今まで殺してきた人間の数を言いなさいと聞かれたらーー。
きっと閻魔大王がドン引きするくらいの数で、それ相応の地獄が相応しい程じゃないだろうかと答える自信がある。
「……そろそろ海に到着しますよ」
「あら、本当! 随分暗いのね?」
「レベッカさん、あまり前にでないでくださいね」
冬雪がそう言うとレベッカは冬雪とクロと手をつなぐ。自販機でココアを買って、
しばらく眺めて「日本の海ってなんだか不思議な匂いがするのね」
「確か日本の太平洋側の海は日本に多い特有のプランクトンや生き物の死臭みたいなのがするんですよ。これ、日本では磯臭いって言われてて、わりと海洋資源が豊富な理由でもあったりするって確か学校で学んだ事があったと思います」
冬雪の学生レベルの知識、
「なるほど! フユキはとても博識な男の子なのね! 凄い為になったわ」だなんて、関心しており、クロも同じく、そして二階堂は、
「さすがですねフユキ様、私は学校という組織に中学の途中から所属してませんでしたからそのあたりはからっきしで」
「二階堂さんがですか?」
「えぇ、中学の途中から家庭の事情でしばらく色んなところを転々としておりました」
「まぁ過去なんて気にしない事ね」
「過去は気にしないですか、ハハッ。確かに今でございますね」
「そうよ。今が充実しているかどうか! 人間臭らなければなんでもできるわ!」この人は悩んだ事なんてあるんだろうかと二階堂と冬雪はレベッカを見て思った。
さすがに何もない暗い海を何十分も見ていても面白くない。「ではそろそろ白亜様のお屋敷に向かうという事で宜しいでしょうか? お二人も本日は白亜様のお屋敷にお泊りください」
まだ正式に宮水ASSに依頼をしたわけではないが、長い事色々付き合わせてしまった。別途料金も上乗せしなければいけないので、二階堂は「本日の報酬は100万程で構いませんか?」と伝え、冬雪が困り、代わりにクロが、
「お金の事はまとめてボスに伝えて、クロには分からない。クロに分からないという事は冬雪にも分からないから」とこういう時はそう答えるように言われているんだろう。それを聞いて二階堂も頭を下げる。今更だが、冬雪は仕事の請け負い方や報酬について全然知らない事に気づいた。
「クロはとてもクールね! お金の話はしないって好きよ!」そうレベッカに褒められるクロ。
「お金の話はボスかブリジットかタマの仕事、クロには関係がない」
クロの話を聞いてレベッカだけが怪訝な表情を見せた。レベッカはクロが少し前まで世界を震撼させた殺人鬼である事を知らないのだ。彼女にはお金に価値はあまりない。
「そう、お金に興味がないじゃなくて関係ないは面白い解釈ね」レベッカがそう言ってクロという人物について理解しようとしている。冬雪も二階堂も彼女の想像できる世界の外にクロがいる事を当然言わない。
「この世界が貨幣経済である限り、お金から逃げる事は誰もできないのね? お金ってよく命より大事かどうかという話をすると思うけど、命よりは大事じゃないわ。でもお金という力は人生の選択肢を広げてくれるとは思うの、例えばさっきのラーメンだって1杯分のお金しかなければ1杯だけだけど、お金を沢山あれば二杯どころかなんだって頼めるでしょ? この世界に人間として生まれてしまった以上、お金は何処でもついてまわるわ。だから関係ない事はないわね。ただ、クロはお金に支配されていない面白い女の子だわ」
クロにとってはお金とは殺しをせずに食を得られる手段の一つとしてとらえている。だからといってそのお金に執着もしてはいない。自らの報酬すらボスの榊任せだ。
「だから、クロはお金を支配しているって考えたらどうかしら? 無関係でいられない物であればできるかぎり効率的に手元に残るようにした方が利口よ」
さすがは大きなワイナリーの令嬢だ。経営的な思考をしているのだろう。
「お金を支配するですか?」冬雪が不思議そうに尋ねるので、白亜の屋敷に向かう間、経済のお勉強が始まった。
「例えば、殆どの人って生活の為にお金を稼いでいるでしょう? それって生活していくのにお金が必要じゃない? お金に依存して生活をさせてもらっているようなものよね? でも、働かなくても生活できるだけのお金が入ってきたとしたら? 働いて得るお金は全て自分の為に使えるでしょ? 最悪働かなくて時間を優先したっていいじゃない? だから、お金に使われる。という生き方からお金を支配して生み出す生き方にすればとても人生は明るい物になると思わない?」
「まぁ、確かに」
「その為に何ができるのか、チャンスは一杯あるわ」とレベッカが微笑んでみせる。
「例えば私や白亜はどちらかといえば成功者よね? そんな私達とのフユキやクロの出会い。こういう繋がりは大事にした方がいいわね」
確かにそうだろう。金払いのいい憂慮顧客だろうし、こんな仕事ばかりこなしていたら生活には困らない。「きっと今、フユキは私の護衛みたいな仕事を沢山繰り返していれば生活には不自由しないと思ったわよね? それはまだお金に支配されているわよ。何をすればお金が働いてくれるのか? 考えてみてもいいかもしれないわね。もし興味があれば私のところ一度いらっしゃい」
きっと、学校では教えてくれないような高度な何かを教えてもらえるんだろう。レベッカは冬雪とクロに自分の名刺を差し出した。冬雪は受け取ってからきっとレベッカのワイナリーに行く事はきっとないだろうと思った。レベッカは表の仕事をしている人で、自分は裏稼業、お天道様に顔向けできないような事もこれから行っていくのだ。
「まぁ、二人は本当にまだ若いからなんだって出来ると思うわ。バックパック一つもって世界中を見て回ってもいいと思うし、何かをはじめるのに遅いという事はないわ! 私だって新しい事をはじめようと思って日本にやってきたんだから! 人生は思ったよりはやく終わるようにできているから後悔のない人生を送りたいわね!」
レベッカの話は耳が痛かった。しかし、この車に乗っている冬雪、クロ、二階堂の三人には多分、そういう未来はないだろう。
そして、車は白亜の屋敷に到着した。
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