6−2 大人の会話は時に重くつまらない
榊とブリジットは仕事の依頼を事務所にメールで送る。
代わりに防犯カメラをハッキングした情報から粉を巻いている連中の情報が返ってきたので、近場という事もあり、ブリジットが運動がてら見に行こうというので、現場に車を向かわせる事にした。
目的地は神戸元町、関西有数の中華街である。国道43号線をしばらく走らせている中、自衛隊の施設を目印に左折する。高速を使っても良かったのだが、運転が好きなブリジットが下道を使いかつ早く目的地に向かえるルート選択を取る。阪神間から大阪の北区市内程度であればナビを使わずに全ての道が頭に入っている。
「……この道は?」と榊が尋ねてみる。するとブリジットは、
「信号少なくて43より早いねん」
成程、湾岸沿いをまっすぐ海を見ながら走れるのでドライブがてらよく使っているんだろう。
「スーパー、ラ・ムーも神戸南港のIKEAもここから一直線や」そりゃ凄いと榊は思う。「今度クロに教えてあげよう」
お世辞にもクロは運転が上手いとはいえない。ただ、目と反射神経がいいので事故を起こしていないだけ、「そやね。今度ラ・ムーに行く時にでも教えたるわ」と片手で運転してブリジットはハンドガンガバメントを榊に渡す。
それを受け取ると、マガジンを抜く、カチャカチャと手際よく解体するとメンテナンスをはじめる。調査とはいえ一応予防線を張る。「年季入ってるねぇ」
「軍にいたころからの相棒や」とてもいい銃だ。使い勝手も悪くない。榊ですら不思議としっくりくるものがった。
「武器を大事にする奴はこの世界では早死にする」
「せやね。ただそれは武器ちゃうわ! ウチの身体の一部や。身体を労わる奴は長生きすんねん」
事実、ブリジットは今までどんな修羅場も遊園地でも楽しむように生き延びてきた。榊としても彼女程多岐に渡り頼れる従業員もいない。そんな彼女が縁もゆかりもない西宮という街に住み着き、日本語の中でもどちらかといえば大阪よりの言葉を習得し今に至る。彼女が言えばこのコルトガバメントは武器じゃないのだろう。
「おぉ、本当にラ・ムーの横だ!」
「せやろ? 年末の買い出し、コストコ班とラ・ムー班に分かれるやろうから、いい道みつけたわ」そう呑気に話すブリジットに榊はメンテナンスを終えたコルトガバメントを返す。それを受け取り「ありがと。ボスのメンテが一番ええわ」
そりゃどうもと榊は自分の銃もメンテナンスしようかと思って取り出した。それを一瞬横目に見るブリジット。
雇用主と従業員の関係であるが、助手席の榊が銃を取り出した事で警戒するブリジットはもう身体にしみ込んだ癖のような物なんだろう。「チェスカー? 前の銃はもう壊したん?」
「使い勝手が良ければクロにあげようかなって」
そういう榊にブリジットは、「武器は使い捨てや、せやけどもうちょい大事に使いや」と本来銃社会にいた自分がそんな事を言う。「いやぁ、こんなの向けて当たればなんでもいいからさ」と榊は銃という道具の使い方の極致について話す。
「まぁ、つきつめればそやけどさ」
「でしょ? クロなんてその辺の鍵を武器に使うし」
「あれは天性の殺人鬼や」
「その天性の殺人鬼は今、人になろうとしているでしょ? そうなるように教育したいし応援もしている。その為に丁度いい新人の冬雪くんも入ってきた。いいコンビになれるとは思わない? 言われた事をしっかりとこなすクロだけど、誰かを教育するなんて事は彼女の今までにはなかったのに案外うまくやってる」
「……榊。クロはまともにはならんと思うで」決めつけが凄いな……と榊は思う。
「BB、まともになるってのと人になるってのは似ているようで全く違うお話だよ。なんなら、もうクロは人見習いくらいには成長している。手あたり次第に人を殺さなくなった。違うかい? 別にお洒落をして、お菓子作りをして編み物してほしいなんて思っちゃいないよ」
そういう意味ならもうクロは殺人鬼じゃなくて限りなく人だと思うブリジット。
「でも無理だ」
「なぜ?」
「一度人間の味を知った猛獣が射殺されるように、ウチと榊の手から離れたらクロはまた人を襲うやろ」
ブリジットの言葉には諦めと、そして何かそういう人物を知っていたかのような口ぶりで語る。「……クロは賢い子だよ。猛獣じゃない」
そう、クロは賢い子だから、宮水ASSという群れの中では、自分の立場を知っている。ボスの榊がいて、二番手にブリジットがいる。もしかすると玉風の事も自分より位が上だと思っているかもしれない。そして群れにあたらしい新人がやってきた。自分がそうしてもらったように次はクロが宮水ASSでの生きて行き方を教えてあげている。全てはこの宮水ASSというクロにとってはじめての世界でだからだ。いつか、その内こんな仕事をしていれば榊もブリジットも死ぬ。そのあとに野に放たれたクロはどうなる?
そんな事は分かりきっている。
そう考えたが、クロよりも先に自分が死ぬ事もないだろうとブリジットは思っていた。「ウチ等のお姫様は、気高すぎて、普通の世界では生きられてへんねんって」
神戸中央区の海側にある激安で広大なコインパーキングに社用車を停車させると、ブリジットはナイフとハンドガンの位置を確認して言った。「じゃあいこかボス」
榊はここにいる猛獣が人間に戻れないのも同様かと思う。「はいはーい」
「そういえば」ブリジットは思い出したように言った。「歓迎会まだやん」
「歓迎会?」
「……ぶっきーの歓迎会やん」
「あぁ」普通になじんでいたので榊は普通に、「忘れてたよ」
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