6−4 三宮センター街で打ち上げ
ブリジットが戻って来ない。と榊はブリジットを探し、既に誰かと揉めている彼女を目撃する。さすがは猟犬ならぬ狂犬。
「お前もあの女の仲間か?」
ぬっと横から榊の前に現れ、ナイフを向ける。これは紛れもなく、表稼業のプロの人の動き。軍人だ。
「ウチの従業員」
「そうか、なら従業員もろとも」と話をしている間に榊は男の腕を掴むと関節を外した。
「なにっ!」続けざまに肩、そしてコロンと落としたナイフを拾い「もろとも夕食には間に合うかな?」
「……どこの部隊の連中だ?貴様ら」
「向こうはそっち系、俺は善良な一般市民」
「一般市民、冗談はいい。殺せ」そうだな。それもいいかと榊は思って外国の男が持っていたナイフを拾うと、
「お前らの親玉は?」少しばかりこの手の連中と話をする程度の殺気を込めてはなしてみるが、回答は同じ、「殺せ、日本のプロは殺しもできないか?」
「死にたかったらさっさと吐いてよ」
「逆に言えば吐かなければ俺は殺されないという事だな。拷問も無駄だぞ」
「拷問は趣味じゃない。もう一度だけ聞く、お前たちの雇い主は?」男はペッと唾を吐きかけて、現在のアメリカ大統領の名前を名乗る。当然嘘だ。
ザっ。男の持っているナイフを頭に突き立てた。「しかたない、BBが遊んでいる子供から情報を仕入れよう」
「あぁ、ああああ」まだ死んでいない。いや、死んでいるのかもしれないが、まだ声を上げているのでナイフをさらに押し込んで絶命させる。
殺すつもりはなかったのになと、榊は近くの店に事情を説明し死体の処分を依頼。無駄な出費を出してしまった。ナイフは回収させてもらいクロへのお土産にしよう。どんな良いナイフでも数回の仕事でダメにしてしまうクロ。
彼女からすれば100均の包丁も名工の刀も大した差はないのだろう。銃なんて向けて撃って当たればなんでもいい。できれば取り回しが良ければ尚、と榊も人の事を言えないし、もしかしたらそんな榊を見てクロがそうなったのかもしれない。
先ほど殺した外国の男、彼はどうやら元・軍人らしい。最近日本でもよく見かけるPMC、民間軍事会社に所属しているらしい。という事はブリジットが遊んでいる少年もただの麻薬の売人ではなく少年兵という事、しかし何故そんな連中が粉を撒いている?
ブリジットの元へ向かうと、少年兵はブリジットに遊ばれていた。恐らくは今まで軽々と人を殺してきた徒手、ナイフによる格闘。それらをあくびしながらさばき隙あらば少年兵に少しずつダメージを蓄積させる。はじめてクロと出会った時にもブリジットは同じようにクロを追い詰めた。少年兵よりクロの方が賢いなと榊が思った事は、クロは勝てないと思うと逃げようとしたが、少年兵の方はプライドがそうさせない。
毎日日が昇る頃には訓練をはじめるブリジット、たまに付き合わされるがとてもハードでそんな物を毎日飽きもせずに行うブリジットに、少年兵が勝てる見込みはほぼゼロだろうと思う。
「手伝おうかBB?」そして少年兵からすれば絶望的な援軍。
ブリジットは「お願いしよっかなー」と本来必要ないにも関わらずそう言って少年兵の心を折りに来る。そして今さらになって撤退を考える少年兵。
もう遅いって、そう思った時にブリジットに転ばされる。
「おい、ライアンのおっさんはどうした?」誰それって顔をするブリジット。
「でかい外人?」榊がそう聞き、少年兵のライアンと一致したらしい事で「天使が呼びにきてたので、教えてあげた」
少し小洒落た風にお前の相方? あぁ、殺したよと伝え、少年兵の淡い期待を完全にくだいてみせた。
これより拷問して……
さすがにこの騒ぎか、人が集まってきた。ブリジットが銃を取り出して少年兵を射殺しようとしたのを榊が止める。
「絶対お前たちを殺してやる! 俺の名前はブラック、覚えておけ、お前たちを天使すらもこない暗い場所に沈めてやる」そんな事を言う少年兵ブラックにブリジットは馬鹿にしたゆに笑う「こんな……武器さえあればお前たちなんか……絶対だ。考えられる最大の苦痛を与えて殺してやる」
「いまやれや!」ブリジットが挑発する。それが出来ないから人込みに紛れてにげるのだ。
「死ね、死ねくそ!」
「なんでボス殺しちゃうかな?」もはやブラックの事は見てもいない。「襲ってきたからとっさにねー 殺すつもりはなかったんだけど」
「この親あってのクロやね」そう言われて榊は「いやー、クロに色々教えたのはどこのお母さんかな?」おかんちゃうし!
「ウチはまだ結婚もまだやし子供おったらこんなところおらんわ」軽いノリツッコミ。
さてそろそろこの場からおいとましないと警察官が集まってきそうだ。近くに中華街に似つかわしくないコロッケ屋が見えたので、今日の晩御飯はコロッケもいいなとか話しながら元町から離脱。学生達、修学旅行生だろうか? 微笑ましい、食べ歩きをしてお土産を買って、彼らの中に紛れ、榊とブリジットもその場を後にした。
「収穫がなかったわけじゃないし、ごの字だね」榊がそう言うと、「あのガキ拉致する事もできなかったから泳がすという意味でもええかもね。ウチ等をねらってきてくれるんやろ?」生かして戻した事で、次は本気でこちらを殺しに来るだろう。榊は自分にブリジット、クロはまだしも研修生には少し荷が重いかなと思った。
これから三宮方面に戻って車の置いてある駐車場に戻り見回り終了だが、「ボス、ちょっと買い物して飯食ってかえろーや」
帰りの運転は自分だなと思う。
ブリジットはもうオフモード、酒を飲むつもりだ。
「どうせ三宮まで来たんだから洋食でも食べていこうか? そういえば、むかし両親にはじめてハンバーグステーキ喰わせてもらったのは神戸だったなぁ」
日本人ではないブリジットでもそこはファミレスやろ? とツッコミたくなったが、榊は恐らく元々良いところの出かもしれないと薄々感じていた。
「そのハンバーグを食わせてくれるん?」ブリジットは血の滴る神戸牛がいいなと思ったが、「いや、店名どころか場所も分からないよ」そう言って適当に入ったサンプラザの洋食屋、ビーフステーキはなさそうだが、フライとトンテキが有名らしい。「ビールが飲めればなんでもええわ」
「という事は俺は呑めないという事だね。……まぁいいけど、料理は適当に頼んでおいて、クロ達に連絡をとってくる」
完全に過保護な親だなとブリジットはジョッキのビール半分程飲み干して思う。「はいはーい。あのぉ、注文ええ?」
「はい、ただいま」
「ローストビーフとカツ飯とカニクリームコロッケ、あとおつまみセットにビールおかわりね。面倒だからビール二つにかちわりワインも、あとこのハンバーグのランチセットもおねがいなー」
「かしこまりました」
「よろー」
振り向きざまに女の子の店員のお尻でも撫でようかと思ったが榊が帰ってきたので、ジョッキを上げておかえりとジェスチャー。
「なに頼んだの?」
「てきとー」まぁ一応ボスの分はランチセット。
「数分電話をしている間に既にビールが空になってる」
「こんなん普通やろ?」
運ばれてきたおつまみセットのポテトを食べながらブリジットはビールに舌鼓をうつ。同じく榊も横からポテトをフォークにさしてつつく。想像してたより美味しい。「電車でくればよかった」
「ビールはね。先に呑んだ方がかちなんや」
「……そりゃそうだろうね」
とはいえ、目の前でかぱかぱ呑まれるのは少しばかり閉口してしまう。麒麟ビールとアサヒビールを交互に呑むブリジット。
それに関して西宮市民、宮っ子の榊は「アサヒビール一択でしょ普通」と苦言を漏らすが、ブリジットは笑う。
「ビールはさ、どこの国でもだいたい飲める命の水や」
「いいすぎだろうよ」
「そうでもないで」と、ブリジットが話し出す。「大航海時代はビールがほぼ栄養やったんや」
いつの時代の話だ? 「ほぉ」
元軍人であるブリジットだからこそたまに面白い話を聞かせてくれる。米軍はビールの量り売り自販機があるだとか普通に生活してたらまず知らない世界。
大航海時代繋がりか、ブリジットは太平洋戦争時の日本軍の話を榊に語った。戦艦の中に巨大冷蔵庫があり、そこキンキンに冷えたビールが配給としてふるまわれていた。軍人になった良かったと生まれ始めてのビールに感動したという話。
ブリジットは日本の歴史に詳しい、日本人の榊より。
「あの、俺にもビールお願いします」ここまで話されて我慢なんてできようもない。
ブリジットはかちわりワインを飲み干すと「ウチにも同じもんお願い」
同時に運ばれてきたジョッキをかちんと合わせて無言の乾杯。さすがに最初の一杯目である榊の飲みっぷりは良かった。喉を鳴らしながら中ジョッキを空にする。我慢の果ての一杯だ。さぞかしうまいんだろう。冷静に車の運転手がいなくなった事に榊はスマホを操作する。運転代行を呼ぶのである。
再びビールをおかわりし、カニクリームコロッケを堪能。
うまっ! たまんねぇ!
そんな酒盛り中に運転代行として玉風がクロと冬雪を連れてやってきた。玉風はビールを我慢させられるプレイに飽きれ、ウザ絡みするブリジットをクロになすりつけた。
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