11−2 甲子園球場で人質交換

 クロの運転する車は山手幹線も国道2号線も越え、43号線を越えたところで、冬雪もよく見る景色が現れた。

 高校球児達が、汗と涙を流し毎年ドラマを作る甲子園球場。今は大阪桐蔭の強さが際立っているが、冬雪の地元の福岡も西日本短大等優勝校がいくつかあり、応援したものだ。

「ステイツの学生もここで野球したがってるのよ」とレベッカが面白い話を「へぇ、そうなんですね」

 

 なんとも緊張感のない会話。「ここは駐車場がない、ららぽーとに停める」

「大丈夫ですか? 使用用途外で利用するとか」冬雪が真面目にそういうと「大丈夫、みんなそうしてる」

 冬雪はららぽーと甲子園の駐車場が、甲子園利用客用に料金を設定している事を見てなるほどと頷いた。停めるところがなければいやでもここを使うだろうし、だったら商売に転換するという関西らしさを垣間見た。「一階のバターのパンケーキはとても美味しい」

「今度みんなでいきましょー! 私パンケーキ大好きよ!」

「次、なんてあるんですか? 僕達の仕事はどんな事からもレベッカさんを守る事ですから、甲子園までは連れて行きますが、その」貴女は悪い事をしている人だ。きっとこれっきりの関係になるんじゃないか。

「フユキは意外と視野が狭いのね! 地球なんて狭いわ。それにこれから私、日本で事業を立ち上げるのよ!」麻薬の売人を事業と言ってしまえる感性。「時間ができたらこちらから食事も引き抜きも誘うわよ」

 まわりの人々からすれば甲子園観光にきた明るい外国人にしか見えないのかもしれない。いや、いまだに冬雪にもそう映る。「凄いわね。歴史を感じるスタジアム」

 本当に建造物に感動しているレベッカ。「えぇ、僕もいつか来ようと思っていたのでちょっと感動してます。それにしてもこのどこにいくんですか?」

「球場の中よ」

 球場の中に入る。野球も行われていないのにどうやって入場するのか、そう思った時、普通にレベッカは係員に手を振り球場内に進んでいく。

「一日甲子園球場を借りているから」

「ここ借りれるんですか?」

「一日百万くらいだったみたいね。有志で野球してる人もいるみたいよ?」

「そ、そうなんですね。球場って借りれたんだ」

「とても都合が良かったわ」

 球場を借りる都合のよさとは一体なんだろうと思いながら、冬雪とクロもレベッカの後ろをついていく。誰もいない観客席、そしてテレビで何度も見た甲子園の光景が広がっている。野球の経験なんて冬雪はないが、ここでみんなで野球の試合でもしたらとても気持ちいいんだろうなと思う。そんな青春の一ページ、プロ野球選手の好プレイに一喜一憂する場所で人質の交換とはなんともむなしい。

「レベッカさんのお仲間は?」冬雪が質問し「上よ」

 上は空が見える。まさか、ここを選んだ理由というのは、クロが「へりこぷたぁ」とつぶやく。こんな映画のワンシーンのような事態を目の当たりにするとは冬雪も思わなかった。あのヘリに榊とブリジットが乗っているのかと、ゆっくりヘリは甲子園球場の上空から休場内に着陸してくる。

 始球式では上空からボールを落とすんだったなと冬雪はぽかんと眺める。

 着陸したヘリから迷彩柄の服を着た人物と、榊にブリジットが降りてきた。榊の腕の中には一枚の絵画が持たれている。とりあえず無事である事に安堵した冬雪。クロは表情こそ変えなかったが、目がやや大きくなったので、何かしら反応があったという事だろうと冬雪は納得、銃を後ろから向けられている榊とブリジットの様子は対極的だった。怒り心頭のブリジットに対して、榊の方はへこへこしている。歩くのが遅いからかなんどかアサルトライフスの先で小突かれる榊と両手を上げながら、迷彩服の人物に嚙みつきそうなブリジットはゆっくり一塁アルプス席側につれてこさせられた。

「じゃああっちに行きましょうか?」とレベッカは球場から一旦外にでると「6号門から入るのよ! こっちこっち!」

 なんの為に球場に入ったのか? 「私ベースボールスタジアムの客席の雰囲気好きなのよね。あぁ、これから凄いゲームがはじまるんだってドキドキしない?」少女のように無邪気に語るレベッカ。「うん、とても楽しかったわ、フユキとクロ、キュートな私のボディーガードさん。仕事の方が落ち着いたらまたあなた達を私の従業員に誘いたいわ。考えておいて、今度は二人の実力も加味してしっかりした報酬を用意するから!」

 純粋にこれから行う麻薬売買の仕事について輝かしい未来をみてるのだろう。「クロは宮水ASSのままでいい」

「僕も考えは変わりません」

 近づいてくる銃を持った迷彩の人物、冬雪もクロも銃を握り距離を取る。

「レベッカさんをこちらに、お前たちのお仲間も同時に歩かせる。変な気は起こすな」と、人質と護衛対象の交換。ゆっくり、ゆっくりとレベッカに榊とブリジットはすれ違い。レベッカは勝ち誇った顔、榊は「ただいまぁ」と冬雪とクロに笑顔を見せた。



 しばらくの沈黙。冬雪はしっかりとグロック19を迷彩の人物に向け、クロは片手でトカレフを向ける。レベッカをヘリの中に入れると、迷彩の人物は銃を向けたまま自分もヘリの中に戻り、最後まで発砲してくる事はなかった。榊にブリジットも怪我らしい怪我はしていない。

「クロ、しっかり冬雪くんの面倒を見れたみたいだね。それに冬雪くんも難しい任務を完了してくれてお疲れ様!」

「あの、本当ならレベッカさんの護衛日数……」冬雪は1日しか彼女を護衛できなかった。それは成功とはいえないんだろう。「すみません」

 そんな風に凹んでいる冬雪に対して、ブリジットが冬雪の頭を金属の手で撫でる。

「いや、仕事は完了やで」

「うん、そうだね。二人の仕事。白亜さんの依頼は白亜さんが先程の海外の彼女を引き取るまで、俺たちの任務はこの絵を守る事。どちらも完遂だ」

 確かに言われて見ればそうなのだが、それは榊とブリジットが人質に取られている状況で白亜がしかたなく、レベッカを引き渡すという判断になっただけで、冬雪もクロも言われた仕事はそつなくこなした。殺しが必要な局面も西宮ではない場所で、もちろんその処理も念入りに始末屋に依頼して、これで仕事は本当に終わりなのだと思うと、肩の力が抜けた冬雪、ブリジットに背中をパンと叩かれ、榊は「じゃあ帰ったら歓迎会だね」とららぽーと甲子園の駐車場に向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る