出勤日3
3−1 尼崎串カツ『よる』は安くて美味い
兵庫県尼崎市、兵庫県に属しながら、市外局番が06から始まる為、大阪だと押しつけ、大阪からしても、尼崎はいらないと押し返される表向きも中々厄介な地域、そして裏稼業の者達からすると、全ての悪事が集まり処理される場所と言われている。
殺しの依頼も格安、その後処理も全て揃っている裏稼業の商店街のような尼崎では裏稼業の請負を総じて『始末屋』と一括りに呼ばれている。その他地域の裏稼業も下請けのように依頼する事からその手際の良さと仕事を選ばないプロ意識に一定の評価がある。
そんな尼崎で普段は格安串カツ店『よる』を経営している店舗の従業員達は集められ、昼飯時が終わり、夜からの経営の為準備中の看板を出して残り物でまかないを食べながら、数人の若者の写真を眺めていた。近所に住んでいる常連客が毎晩自分の家の近所でダンスの練習を大音量の音楽をかけて行っている若者達が迷惑なので彼ら注意をしたら殴られ全治一週間。おちおち寝てられないので、始末して欲しいと依頼があった。
「いただきまーす」と看板娘の崎田ゆかりは串カツを丼飯にのせて食べる。
調理白衣に身を包んだ比較的若い三十二歳のこの店の店主赤松は心底面倒くさそうな顔をして、賄には手を付けずに麦茶を飲みながら写真を一枚ずつ見ていく、それをもう一人の従業員。二十二歳の宋割(ソン・ハル)は
15才から長年この店で働いている在日のフリーターで、ゆかりの先輩バイトでもある。
基本荒事になると宋が出る。まだ危なっかしいゆかり一人に任せてはいられないので、始末する対象の写真を一枚自分の前に置き、店長赤松がランチ用に揚げた残り物の串カツを串から外して即席天丼的な物を作って食べる。宋は小さな串カツ屋だが、本場大阪の新世界の串カツとは似て非ざる尼崎串カツの方が、それも店長赤松の作るそれは相当美味しいという自負と自分の働く店へのそこそこの自信があった。味一本で勝負をしていけるだけ昨今の飲食店業界は甘くなく、向かい風として世界中で蔓延した流行り病も『よる』の経営状況を悪化させていた。常連客も大勢いるが、日雇い労働者や定年しラウンジ等にいけない年寄りがゆかりと話す事目当てにやってくるので、客単価もひどい物。どうしても『始末屋』を続けないと店は存続できないし、皆食べてもいけない。
「店長、さくっとおわらせてきます」
自ら名乗り出る。すると、串カツを同じようにたべているゆかりが「宋先輩自分もいきます」と手を上げる。始末対象は四人、宋からすれば余裕で対処できる数だが、手伝ってくれるのであれば楽になる。無言で頷く。
そう言う二人に赤松は非常に申し訳なさそうに帽子を取ると、依頼料の入った封筒を持ってくる。依頼料は地元割引の一律100万円。店の取り分は50万、実行犯はその残り、宋が三十万、ゆかりが二十万というのがいつもの流れである。それに苦言をゆかりは言わないのは、殺し以外の準備や始末は全て宋が行っているからである。
たった100万、宋は思う。それはこの殺しの依頼料の事ではない。殺される若者の一人当たりの命の値段は二十五万しかないのだ。「注意をされたときに素直に従っていれば良かったのに、こんな調子で若者始末しとるから少子化しとんちゃうか?」
「でもそいつらが注意に従ってたらウチ等時給900円のままですよー」とゆかりが丼を流しにもっていき洗う。そして食後のデザートとして、スーパー玉出で格安で売られていた仕入れ先不明のハーゲンダッツのストロベリー味を持ってくる。
「店の冷蔵庫に私物をいれるな言うたやろが! ゆかりのアホ!」
「まぁまぁ、店長に宋先輩の分もあるからー」
「そういう問題やないからな?」
「ゆかりちゃん、衛生面とか最近厳しいから店長の言うとおりにして」
「はいはーい。次回は気をつけまー。宋先輩、はやくバラしにいきましょうよー」
「連中がダンスの連中をしに来る時間まで待ちます。練習をはじめたら一人を車で轢いて、その隙にゆかりちゃんは一人か二人やってください。残りの一人と轢いた奴は自分が拉致します」
仕込みでもするように、殺しの話をする宋。そこには過剰な自信も殺しに対する嫌悪感のような物もない。こういう仕事に対する真面目な姿勢に関してゆかりは心より宋を尊敬していた。そして宋の殺しにおける戦闘能力も。
「でもパンビー殺すのってつまらなくないですかー?」
「玄人の方が嫌やろ」と赤松が、「安全に100万稼げるパンピー殺しの方がらくですよ。ゆかりちゃん、もし玄人だとゆかりちゃんを呼べません」
「えぇ? 聞き捨てならないなぁ。どういう事?」少し、眉間にしわを寄せるゆかり。「言葉通りの意味や、お前がポカしてもフォローできへんやろ」
少し前、ヤクザから殺し屋の始末を依頼された。その殺し屋自体の戦闘能力は大した事がなかったのだが、ちょうどそこに居合わせた別の仕事を請け負っていた裏稼業の守り屋と車をぶつけた、ぶつけられたで衝突した。相手は一人、金髪の外国の女。ゆかりは瞬殺され、そこに店長の赤松がいなければ今頃土の下で冷たくなっていただろう。店長赤松の脇腹骨折と引き換えにゆかり共々生存できたわけだ。
今にも飛びかかりそうなゆかりだったが、その時の事を思い出して「そっすね」と軽い感じで引き下がった。一応これでも始末屋としてのプライドはあるらしい。
店内のテレビでは地元球団である阪神タイガースが、ホームである甲子園球場で、仇敵である読売ジャイアンツに完勝している様子を見て赤松は悪態をつく。
「巨人なに負けとんねん。阪神なんかいてこませや!」
「そういえば店長ってどして尼なのに阪神嫌いなんですかー? それも巨人応援してるのも不自然だし? 私と宋先輩は普通に阪神ファンですよー、この前も阪神ユニフォーム来て阪神負ける試合見に行ったし」
胸ポケットからロングピースを取り出すとそれに火をつけて一服する赤松。まだ折られ脇腹に腕は本調子じゃない事に少し不自由そうに言った。
「2003年にタイガースが優勝した時、優勝パレードを大阪の御堂筋で行っておいてこっちではなんもせんかったからな。タイガースは西宮の球団、兵庫やろが? なんで兵庫でパレードせーへんねん!敵や敵! 大阪もんは敵や!」
尼崎という土地は特殊である。兵庫県であり兵庫県でなく、大阪よりであり大阪ではない。ロシアはヨーロッパなのか、アジアなのかというくらい特殊な地域で、当然住んでいる人間も赤松同様特殊な人間が多い傾向にある。
「店長、自分は野球が好きなだけで阪神ファンというわけではないので、普通に巨人戦も見ますし、元々高校時代に野球をかじっていた程度なんですけどね。どちらかといえば高校野球が一番すきです」
空気が悪くなってきたので、宋が間をもってこの話を終わらせようとする。阪神ファンと巨人ファンは水と油なのだ。
テレビを変える。武庫川近くがテレビに映っており、大学生と無職の十代から二十代の少年達が行方不明になったというローカルニュース。彼らを知っている知り合いという人物は顔にモザイクと声を変え取材に答えていた。“いつか事件に巻き込まれると思ってました”と地元でも有名な悪太郎だったと語っている。
その少年達の写真を見て、「アホやな」と赤松は一言、連中を蔑むように見てタバコの灰をトンと灰皿に落とした。
「芦屋の殺し屋にでも頼んだんですかね? それとも尼の同業者?」
「宮水ASS。西宮もんや」
「西宮って“守り屋”でしょ?」
昼休憩ももう終わりと赤松は立ち上がって答えた「知っとるやろ? 殺人鬼飼っとんねんあそこ」
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