第7惑星(3)イオでの修行

「ふむ、この辺りでちょうどいいかしらね……」


 ケイが腕を組んで、そっと目を閉じる。ここはイオのとある場所だ。俺が尋ねる。


「で、ケイはなにを鍛えるんだ? 別に問題はさしてないと思うが……」


「問題大ありよ」


「なんだ? 歌か?」


「違うわ」


「ダンスか?」


「それも違うわ」


「じゃあ、一体何を?」


 俺は首を傾げる。ケイがバッと目を見開く。


「MCよ!」


「エ、MC?」


「ええ、そうよ」


 ケイが頷く。俺が問う。


「つまり……トークの技術を磨くってことか?」


「そう、私たち、特に私には、オーディエンスを引き付けるような話術に欠けているわ……」


「べ、別に良いんじゃないか? 歌やダンスがしっかりと出来ていれば……」


「甘いわ!」


 ケイが俺のことをキッと睨んでくる。


「あ、甘いのか……」


「ええ、コンサートやライブを構成するのは、なにも楽曲とそれに伴うパフォーマンスだけではないわ。流れを邪魔せず、それでいてお客さんの印象に残るトークも重要!」


「……なにもこんなクレーターだらけの場所でやらなくても良いんじゃないか⁉」


「この衛星でクレーターの無い場所を探す方がむしろ大変よ」


「そ、それはそうかもしれないが……」


「それに修行は厳しい環境と相場が決まっているでしょう」


「しゅ、修行って……」


「そう、いざ参るわよ!」


 ケイが両の拳を力強く握る。変に力が入り過ぎな気もするんだが。


「……MC修行って具体的には何をするんだ?」


「……木星ギャグ行きまーす!」


「えっ⁉」


「『私たちのパフォーマンスに刮! 沈!』」


「ええっ⁉」


「続きまして……」


「ちょ、ちょっと待て!」


「……なによ?」


「MCで変にウケを狙うのは悪手だ! 目も当てられないくらいスベるぞ!」


「だからこそ、こういう足場の悪いクレーターで足腰を鍛えるのよ!」


「物理的に⁉ そ、そうじゃなくて、精神的にダメージを負う危険があるということだ!」


「ふむ……ギャグは危険ね……分かったわ」


「分からなかったのか⁉」


「私、何事もまずは試してみる主義なのよ」


「試す前に気付いて欲しかった……」


 俺はため息をつく。ケイが首を傾げる。


「しかし、笑いを取るのにギャグが駄目だというのならどうすれば……?」


「別に無理に笑いを取りに行かなくても良いんじゃないか?」


「え?」


「シンプルイズベストというだろう。歌い終えた曲についての感想を述べたり、次の曲を紹介するだけでも良いと思うんだが」


「それはあまりにも淡々とし過ぎじゃないかしら?」


「ケイのクールさが際立って、より魅力的に映ると思うよ」


「! そ、そう……」


 首を捻るケイが顔を赤らめる。あれ、俺、なんか怒らせるようなこと言ったか?


「ま、まあ、アユミはやや天然過ぎるし、コウは脱線がちだし、その辺のバランスを取ることに専心すれば良いんじゃないかな?」


「バランスを取ること……」


「そう、二人から信頼されているケイにしか出来ない役目だと思うよ」


「ふっ、信頼されているかしらね?」


「そりゃあもちろんされているよ」


「口やかましい奴だと思われていないかしら?」


「コウはそう思っているかもな」


「融通が利かない奴だと思われていないかしら?」


「アユミはそう思っているかもな」


「いや、ちょっとはフォローしなさいよ!」


「そうだ、それくらいのテンションでツッコミ役としてトークをこなせばいい」


 俺は頷く。ケイが少し驚いてから笑う。


「なるほどね、なかなか良いヒントをもらえたわ……」


「それはなにより……」


「バランス感覚を養うという意味でも、このデコボコなクレーター地帯はピッタリね!」


「そ、それはだいぶ違うと思うんだが……」


 自らの太ももをポンポンと叩くケイに俺は戸惑う。

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