第4惑星(1)宇宙船ドン

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「……前から思っていたんですが、まさかソロナンバーがヒップホップとは……」


「意外性があっていいでしょう?」


 レッスンルームでの俺の呟きに、ケイちゃんがふっと笑う。


「他の曲やMCなどでは落ち着いたキャラクターを見せていらっしゃるハイジャさんがあのような曲を歌う……いわゆる『ギャップ萌え』ってやつですね!」


「ギャップ……萌え……?」


 ケイちゃんが首を傾げる。


「まあ、要はハイジャさんが多くのファンの心を掴んだということですよ」


「そう、それはなによりだわ」


 ケイちゃんがリラックスしたような笑顔を見せる。俺はそれを笑顔でじっと見る。


「ふふっ……」


「な、なによ?」


「え?」


「人の顔をじっと見て……」


「ああ、いや、変な意味じゃないですよ。素敵な笑顔だと思って」


「す、素敵⁉」


「ん?」


 俺は首を傾げる。ケイちゃんが何故か妙に顔を赤らめている。なにか怒らせるようなことを言ったのか? ああ、やはりクールキャラのケイちゃんに笑顔が素敵とか言っちゃマズかったか? どこに地雷があるか分からんな。どうする、とりあえず謝っておくか? でも、『それはどういう意味の謝罪?』とか『謝れば済むと思っているでしょう』みたいな詰め方されそうだからな……参ったな、どうすればいいんだ? とかなんとか考えていると、ケイちゃんが口を開く。


「す、素敵って、たまたまでしょう?」


「いや、いつも……というかときたま見せる笑顔が素敵だなって思っていましたよ」


「い、いつも⁉」


「は、はい! も、もちろん業務の合間にですよ」


「そう……ふふっ、いつも見ているの……そう……」


 ケイちゃんは俯き加減に笑みを浮かべる。俺はすかさず指摘する。


「そう、その笑顔です!」


「えっ?」


「そういう笑顔が素敵です!」


「も、もういいわよ! 分かったから!」


「ご自身の強みを知っておくのも重要かなと思いまして……」


「……案外鋭いことを言うわね」


「マネージャーですから」


「ふっ、そうね……」


 あ、あれ、冗談のつもりで言ったんだけど。いつもだったら、『マネージャー見習いでしょう?』とか『あくまで雑用係よ』とか言われそうなもんなんだけど……。


「あ、あの……」


「頼りにしているわ、マネージャー」


「!」


 俺は驚きのあまり身を固くする。ケイちゃんが戸惑う。


「ど、どうしたのよ……?」


「い、いや、俺がマネージャーで良いんですか?」


「まあ、なんやかんやでよくやってくれているしね、表も裏も……」


 この場合の表はアイドルなのか賞金稼ぎなのかがどうも判断に悩むところだ……まあ、それはこの際置いといて……。


「ありがとうございます! 今後も頑張ります!」


 俺は元気よく叫んで頭を下げる。ケイちゃんが苦笑する。


「そんなに肩肘張らなくてもいいわよ……」


「キュイ?」


 テュロンがケイちゃんの持ってきたゲージの中から顔を出す。


「ごめんなさい。餌の時間ね。レッスンに夢中で忘れていたわ……でも、準備がまだ……!」


「こちらに準備は整っております、ハイジャさん」


 俺は得意気な顔でテュロン用のペットフードを差し出す。


「あら、気が利くわね……」


「当然です」


「そういえば昨日届いた新曲のデータなんだけど……」


「既に振り付けの先生、衣装デザイナーの先生など関係各所に送ってあります」


「へえ……やるじゃないの」


「当然です。マネージャーですから」


「ほぼ完璧ね……」


「ありがとうござい……ほぼ? ハイジャさん……まだ完璧ではないということですか?」


「え? え、ええ、で、でも、別に気にしなくてもいいわ……」


「いや、気になりますよ! なんですか⁉ 教えて下さい!」


「わ、私のことはこれからケイと呼びなさい……」


「はい! って、ええっ⁉」


 俺は驚きのあまり、ケイちゃんを二度見する。


「そんな驚くこと? 最初はそう呼んでいたじゃない」


「そ、それは……で、でも、今は正式にアイドルとマネージャーの関係なわけだから、その辺はしっかりとわきまえないといけないかと……」


「その辺というものは人によるでしょう? 私の場合はファーストネームで呼ばれる方がなんだかこう……しっくりとくるのよ」


「そう言われても……信頼関係を築き上げてきたとは言い難いですし……」


「信頼関係を築き上げる一環だと考えればいいのよ!」


「ああ、そうきますか……」


「そうでしょう?」


 ケイちゃんが小首を傾げる。か、かわいい……。クールな女の子がちょっとでもこんな素振りをするだけで反則だな。だが、それがいい。しかし待てよ……異星人をためらいなく撃ったり、ボーガンで射抜いたり……そういうことを躊躇なく行える子なんだよな、この子も……。深入りするのは危険だ。俺は後頭部を掻きながら適当に話をはぐらかそうとする。


「う~ん、それよりですね……」


「マネージャー……!」


 ケイちゃんが俺を壁際に追い詰めて、手を壁にドンと突き、顔を近づける。これってアレじゃないか、いわゆる『壁ドン』ってやつじゃないか? まさか宇宙船で女性からコレをされることになるとは……。


「えっと……よ、よろしくな、ケイ」


「え、ええ……」


「……じゃあ、俺のこともタスマって呼んでくれよ」


「え?」


「信頼関係構築の一環なんだろう?」


「そ、それは、そうだけど……」


「じゃあ、ほら、タスマって、呼んでごらん、ほらほら」


「……タ、タスマニアデビル!」


「動物扱い⁉!」


「や、やっぱり恥ずかしいわ! 私はマネージャーと呼ぶからね! それじゃあ、失礼するわ! 練習付き合ってくれて悪かったわね!」


 ケイちゃんが、レッスンルームから足早に出ていく。う~ん、調子に乗り過ぎたかな?


「随分と楽しそうでしたね……」


「ケイちゃん、顔真っ赤だったね~♪」


「あ、アユミ、マクルビさん……」


 アユミとコウちゃんがレッスンルームに入ってくる。あれ? アユミ、なんか不機嫌そうだな? なにかあったのかな? アユミが淡々と告げてくる。


「もうすぐ火星に着きますので、準備をしておいて下さい……」


「へえ、今度は火星か……」


 俺は次なる目的地に思いを馳せる。ほとんど何の知識もないが。

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