第1惑星(3)世を忍ぶ仮の姿

「端末コードまでは教えられないわね……」


「だ、だよね……」


「と、というか、ケイさん、名前を教えちゃって良かったんですか?」


「まあ、問題ないでしょう、なんだか間の抜けた顔をしているし」


 失礼だな、ケイちゃん。


「それは……多少否めませんが」


 いや、そこは否定してよ、アユミちゃん。


「そお? 結構カワイイ顔していると思うけど」


 優しいね、コウちゃん。後頭部に銃を突き付けられたままだけど。しかし、顔と言えば、この娘たちの顔、どっかで見たことあるんだよな……ルックスが良いからか? しかし、ルックスもそうだけど、スタイルも三者三様で良いな。ケイちゃんはスレンダー、アユミちゃんは細身だけど、出るところはちゃんと出ている。コウちゃんはなかなかボリューミーだな……体が密着しているからよく分かるぜ。


「……なんだかニヤケているわね」


 はっ、しまった! そんな場合じゃないのに、俺としたことが……。


「お、女の子三人の宇宙旅は何かと危ない! ボディーガードなんかどうかな⁉」


「必要ないわ。私たち強いから」


「そ、そうだね……」


 ビンタ、腹パン、股間蹴り……嫌というほど味わいました。確かにこの三人、相当強い。俺が弱いだけなんじゃないかという話はこの際置いておく。


「じゃあ、拘束しておいて……」


「ま、待ってくれ! このまま引き渡すのだけは勘弁してくれ!」


「キュイ?」


 その時、うつ伏せになった俺の鼻先にリスのような小さな動物が現れる。


「え? 緑のリス?」


「リスじゃないわ、テュロンよ」


「テュロン? うん⁉」


 テュロンが俺の鼻の頭をペロっと舐める。アユミちゃんが声を上げる。


「テュロンが! ケイさん、この人、悪い人じゃありませんよ」


「アユミ、人質にされそうになったじゃないの……」


「テュロンが初対面の相手にこんな風に接するのは珍しいね~」


「ふむ……」


 ケイちゃんが考え込む。他の二人の発言からヒントを得た俺は口を開く。


「そうだ、俺は悪人じゃない! 君たちの役に立ってみせる! 頼む! なんでもする!」


「……なんでも?」


 ケイちゃんが小首を傾げて悪そうな笑みを浮かべる。あ、俺、間違ったかな?


「さあ~次行ってみよう~♪」


 ここは月軌道上にある大型の宇宙ステーションのショッピングエリア。お土産屋を出る三人の後を、両手一杯に商品を抱えた俺が続く。俺は思わず愚痴る。


「ま、まだ行くのか? もう持てないよ……」


「なんでもするって言ったよね?」


 コウちゃんがそう言って笑う。確かに言ったが、まさか荷物持ちをさせられるとは……。


「時間がないようなことを言ってなかったか?」


「思いのほか早く到着したからね、空いた時間は有効に活用しないと」


 ケイちゃんが俺の方に振り返りながら淡々と呟く。コウちゃんが声を上げる。


「おっ、ここは噂の絶品スイーツを出すお店! ねえ~ちょっと食べようよ~」


「ショッピング以外で使うお金を今は持ち合わせていないわ」


「お金ならここに……」


「あっ! 俺の財布! い、いつの間に! 返せ!」


「なんでもするって言ったでしょ~? ゴチになりま~す♪」


「くっ……」


 俺は店に入る三人を恨めしく見つめる。密航者として突き出されるよりはマシか……。


「ねえ、あの娘たちって……」


「え~こんな所をうろつかないでしょう?」


「ん?」


 俺はすれ違った人たちの話に耳を傾ける。あの娘たちって、ケイちゃんたちのことか?  そういえば、心なしか、さっきからすれ違う人たちが結構彼女たちのことをチラチラと見ていたような……。かわいい子たちだからかな。なんていうか人の目を引くところがあるよな。


「……さてと、次は……」


「ま、まだ行くのか⁉」


 スイーツを堪能され、ショッピングを楽しまれたお嬢様たちは、またどこかに行くという。さすがにこれ以上は無理だ。抱えている荷物でほとんど前が見えない。


「買い物は終わりよ。これからは仕事場の下見」


「え?」


 ケイちゃんたちについていくと、大きなホールに着く。アユミちゃんが声を上げる。


「大きな会場ですね~」


「二人ともイメージは出来た?」


「うん、バッチシだよ~♪」


 会場? ここが仕事場? ああ、警備員でもやるのかな? 三人とも強いから。


「それじゃあ……に行きましょう」


「……あ、あれ? 皆いない……」


 ちょっと目を離してしまったらいなくなっちまった。どうする? バックレるか? いや、財布取られたままだしな……。俺はとりあえず荷物を置いて椅子に座って一息つく。


「ふう……ん?」


「!」


 俺が目をやると、荷物の一つを持っていきそうな奴がいた。ドでかいじゃがいものような頭に短い手足がついた二頭身くらいの不思議な奴だ。ひょっとして……これが異星人か?


「……お前」


「バレた!」


 じゃがいもが荷物を持って走り去る。意外と足は速いな……って、感心している場合じゃねえ! ドロボーだ! しかもよりにもよって一番高価なものを盗っていきやがった!


「待て!」


 俺は追いかけるが、じゃがいもの姿は既に見えない。


「はあ……はあ……」


「馬鹿! なんで余計なことをするんだよ! 見つかちまっただろう!」


「……これ、高級店の品物だぜ、転売したらそこそこ儲かるぜ」


「本当だ。さすがだな、三号」


「二号、お前まで同調すんな。目当てのもんは盗んだんだ、余計なもんに手を出すな」


「大丈夫だって、一号。間抜け面の人類は撒いたからよ……」


「間抜け面で悪かったな……」


「⁉」


 ある路地裏、三個(三人?)のじゃがいもが驚いて俺の方に振り向く。


「お、お前、どうして……? 追いついたのか! 俺の足に⁉」


「いや、なんとなくお前らみたいな奴らが行きそうな場所に来てみただけだ……昔取った杵柄って奴かな……」


「キネ……? ええい、わけの分からんことを!」


「とにかくパクったもん返してもらうぜ……」


 俺は両手の指をポキポキと鳴らしながらじゃがいもに迫る。


「舐めんな!」


「ぐほっ⁉」


 じゃがいもの蹴りが俺のみぞおちに入る。は、速い、見えなかった……。俺は膝をつく。


「こいつ大したことねえぞ! 一号、二号、フライングストリームアタックで決めるぞ!」


「ぐっ……」


「!」


「どわっ!」


「に、二号⁉」


 銃声がしたかと思うと、じゃがいも一個が倒れていた。


「会場物販の商品やキャッシュだけじゃなく、私たちの買ったものにまで手を出すなんて、良い度胸しているわね……」


「ケ、ケイちゃん⁉」


 そこには銃を構えたケイちゃんが立っていた。


「二号、しっかりしろ! 郷里の母ちゃんに豪邸建ててやるんだろう⁉」


「二号はもうダメだ! 一号、ここはずらかるぞ!」


「ずらかせないよ~?」


「うおっ⁉」


「コ、コウちゃん⁉」


 コウちゃんが脇道に逃げようとしたじゃがいもを思い切り殴り飛ばす。壁に打ち付けられて地面に落下したじゃがいもはピクリとも動かなくなる。


「さ、三号⁉ ちっ!」


「逃がしません……」


「ア、アユミちゃん⁉」


 上に飛んで逃げようとしたじゃがいもをアユミちゃんがガシッと抱き込む。


「は、離せ……!」


「離しませんよ、賞金首のコソ泥団、『ポテトシーフス』の皆さん……」


「ぐっ……ま、待ってくれ! 俺にはアンタくらいの娘が……嫁も待っているんだ!」


「……あなたたちの盗難による被害で一家離散に追い込まれた方も大勢います……せめて最後くらいは綺麗なお顔でご家族にご対面下さい……」


「……!」


 アユミちゃんの腕の中で、じゃがいもが事切れる。首の骨を折ったのか? いや、そもそもどこが首だ? って、そんなことより!


「い、いいのか⁉ 賞金首とかなんとか言っていたが……」


「ええ、『Live or Die』……生死を問わずですから」


「これで賞金ゲットだね~♪ 打ち上げはちょっと贅沢に行こうか?」


「それも悪くないわね……」


「き、君たちは……一体?」


「私たちは『ギャラクシーマーダーズ』、銀河の殺し屋、賞金稼ぎよ……」


「ええっ⁉」


「もっともこれは世を忍ぶ仮の姿……」


「え?」


 それから約一時間後、俺はさっきのホールの座席に座っていた。ステージ上にアユミちゃんたちがフリフリのドレスを着て現れる。アユミちゃんが叫ぶ。


「ど~も~! 皆さん、『ギャラクシーフェアリーズ』のライブにようこそ!」


「えええっ⁉」


 俺はさっき以上に驚いた声を上げる。

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