第8惑星(3)歓迎の食事会
「さあさあ、くつろいでいって~」
「……」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だって~」
ビアンカが笑う。ここはイオの近くにある宇宙ステーションに停泊していたジェメッレ=アンジェラの正式な船である。ケガから回復したネラたちから俺とギャラクシーフェアリーズの三人は招待された。ネラが口を開く。
「自分たちの船だと思って、ゆっくりしていって」
「では、お言葉に甘えさせてもらうわ……」
「ケ、ケイさん……⁉」
「大丈夫なの?」
「なにをしているの? 二人とも席に座りなさいよ。マネージャーも」
「あ、ああ……」
ケイに促がされ、俺たちは席に座る。アユミが小声で不安そうに呟く。
「だ、大丈夫ですかね?」
「大丈夫よ」
「お得意の爆弾でドカーン!とされない?」
「私たちを確実に始末しようとする規模の爆発ならば、停泊しているこのステーションにも損害が及ぶから、その可能性は極めて低いと思うわ」
ケイは笑みを浮かべながらアユミとコウの問いに答える。俺は苦笑する。
「き、極めて低いか……」
「私が彼女たちなら、余計なお金は使いたくないし……お互いに貸し借りだってあるしね」
「貸し借り?」
俺が首を傾げる。ケイが説明してくれる。
「テロリストの残党を一気に片付けてくれたのが『借り』。動けない状態だった彼女たちを宇宙船に乗せて、医療施設まで運んであげたのが『貸し』。私たちから見てだけどね」
「な、なるほど……?」
俺は首を傾げつつも頷く。ケイが笑う。
「まだ納得いかなそうね?」
「だ、だって、壮絶な殺し合いをしていたじゃないか……」
「そうなる可能性を大いに含んだケンカをしただけよ」
「ケ、ケンカって、一歩間違えていたら……」
「生きるか死ぬかの世界で生きているからね。覚悟の上よ。ねえ?」
「ええ」
「そりゃあまあねえ」
アユミとコウが落ち着きを取り戻したのか、ケイの問いかけに当然だとばかりに頷く。命の覚悟が完了しているアイドルってなんなんだろうか……。
「お待たせだし~♪」
ビアンカが料理のようなものを運んできた。皿の上には少し見慣れないものが並んでいるが、ケイたちは動揺していないようだ。
「これは……金星料理ね」
「そ、アタシらの故郷の料理よ。お近づきのしるしに存分に腕を振るったから」
「腕を振るったのはほとんどウチでしょ……」
ネラが呆れ顔でやってくる。
「配膳も大事な仕事だし」
「はいはい」
「お、美味しそうですね……」
「いっただきまーす♪」
「わ、わたしも……」
「コウ、アユミ……!」
「あ……」
「おおっと、そうだった……」
ケイの注意で、アユミとコウは料理に伸ばした手を慌てて引っ込める。ケイはため息をついた後、ネラたちに視線をやる。ネラが苦笑する。
「……そんなセコイことはしないって」
「念には念をよ……」
「はいはい、ビアンカ、いただきましょう」
「それじゃあ、お先に失礼~」
ネラとビアンカが料理を食べ始める。しばらくそれを見つめていたケイが頷く。
「……いただきましょう」
「は、はい……」
「あらためていっただきまーす♪」
「マネージャーも」
「あ、ああ……」
今のはあれか。毒などの有無の確認か。殺伐としているな。本当にこれが人気アイドル同士の食事会かよ。今更ながらとんでもないところに来てしまったんじゃないかと思う。
「どう? タスマっち?」
「あ、ああ、美味しいよ」
ビアンカの問いに俺は答える。美味しいとは言ったが、金星料理なんて初めてだから、正直なんとも言えない。今口にしているのは肉なのか魚なのか、それとも違う何かなのか。怖いのでとても聞く気にはなれない……。ビアンカが笑みを浮かべる。
「どんどん食べて、タスマっちには特別な味付けをしているからさ」
「え?」
「どういうこと?」
俺が首を捻ると同時に、ケイの眼が光る。ネラがビアンカを睨む。
「ビアンカ……」
「あ、ああ、地球生まれのメンズ向けの味付けにしてみたの~」
「ふ~ん……」
「油断も隙もないわね。ケイ=ハイジャ……」
ネラがケイを見つめて笑う。
「油断と隙だらけだからね、このメンバーは。私がしっかりしなくちゃいけないのよ」
「さすがはギャラクシーフェアリーズのリーダーと言ったところね?」
「“一応の”リーダーね」
ケイが微笑を浮かべる。ん? 一応の?
「アンタたちのライブは実は結構見させてもらっているんだけど……」
「それはどうも」
「アンタのソロナンバー、なかなか良いわよね」
「そうそう! バイブス上がるって感じ~♪」
ネラの言葉にビアンカが同意する。ケイが腕を組んで頷く。
「……なかなか分かっているじゃない」
「アイドルライブにヒップホップな曲とは結構思い切ったよね~?」
「あえて異質のものを混ぜてみるという発想よ」
ビアンカの問いにケイが得意げに答える。ビアンカが頷く。
「なるほどね~」
「元々好きだったりするの?」
「まあ、ある意味、ヒップでホップな日常を送っていたからね……」
あれ? ケイって、幼いころお姉さんと一緒に金星の孤児院に引き取られたんじゃなかったっけ? そう思ったが、当然黙っておく。尋ねたネラが笑う。
「なにそれ意味分かんないんだけど……」
「育ての親は良い人なんたけど、お金遣いがちょっと荒くてね……借金取りのお兄さんお姉さん方によく遊んでもらったわ」
「なるほど、色々と刺激的な日常だったというわけね」
「そういうこと」
「あ~分かるわ~」
ケイの説明にネラとビアンカがうんうんと頷く。共感出来る内容だったのか? 俺にはさっぱり理解出来んやり取りだな……。
「ふむ……」
「ケイ? どうかしたか?」
「な、なんでもないわ……」
「ケイちゃん、食べすぎじゃないの~?」
コウが笑う。ケイが答える。
「貴女ほどじゃないわよ……」
「いや~どんどん食べちゃうよ~♪」
「コウ=マクルビ、良い食べっぷりね……」
「これなんか特に美味しいからね~」
「あははっ、グラッツェね」
「ビアンカ、アンタほとんど作ってないでしょう」
「失礼な。盛り付けはしたっしょ」
「はあ……」
ビアンカの答えにネラがため息をつく。
「そういやコウのソロナンバー、わりとコテコテなポップスだよね~」
「う~ん、ああいうどこかクラシカルな曲調が好きなんだよ」
「若いのに珍しいね」
「育ってきた環境の影響かな?」
「育ってきた環境?」
「うん、火星の小さな町でね……」
「あ、ああ……」
質問をしていたビアンカがやや面食らう。まさかそこまで話すとは思わなかったのだろう。コウ、やはり個人情報について無頓着過ぎないか?
「……余計なお世話かもしれないけど、こういう仕事をしている以上、プライベートのことは基本話さない方が良くない?」
ほら、ネラが良いことを言った。コウが苦笑する。
「はははっ、それがもう手遅れっていうか……」
「手遅れ?」
「いや、何度か暗殺されかけたことがあるんだよね~」
「そ、そうなの……」
「あ、暗殺……」
コウのあっけらかんとした物言いに流石のネラたちも言葉を失う。っていうか、俺がこの間遭遇した輩は初めてじゃなかったんだな……。
「まあ、アタシも育ての親のおばあちゃんも強いから、大抵苦も無く撃退出来ているけど」
「そ、そうなん……」
「その燃えるような脚力は火星仕込みってわけね」
ビアンカが戸惑う中、ネラが微妙に話題を変える。
「あっ! やっぱ分かっちゃう?」
「分かっちゃう、分かっちゃう」
「そうか~分かっちゃうか~」
コウは照れ臭そうに後頭部を掻く。どこに照れるポイントがあるのかよく分からん。
「ささっ、どんどん食べて」
「う、うん……?」
「コウさん?」
コウの様子にアユミが首を傾げる。ネラが声をかける。
「アユミ=センリ」
「は、はい!」
「アンタのパフォーマンスも何度か見させてもらったわ」
「あ、ありがとうございます……」
「アタシも見たよ~でもさ~正直……」
「は、はい?」
「歌へたっぴだよね~」
「は、はあ……」
ビアンカのストレートな言葉にアユミは俯く。ビアンカが手を左右に振る。
「あ、で、でもさ、歌声は好きだよ~」
「あ、そ、そうですか……ありがとうございます……」
「ソロナンバー、ベタベタなアイドルソングよね」
「は、はい……」
アユミに対し、ネラが手を左右に振る。
「いや、ベタベタっていうのは別に悪い意味じゃなくて……なんていうのかな……ああ、この娘、アイドルが好きなんだなってのが伝わってくるのよ」
「! そ、そうですか⁉」
「ええ、そりゃあもう……ねえ?」
「うん、ビンビンに伝わってくるわ」
「あ、ありがとうございます!」
二人の言葉に対し、アユミは目をキラキラと輝かせながら頭を下げる。ビアンカが問う。
「アイドル好きなんだ?」
「ええ! 子供の頃からずっと憧れです! わたしを救い出してくれたので……」
「救い出してくれた?」
「あ、いや……お二人のパフォーマンスもすごい素敵です! ダンスはキレがあって、歌も綺麗にハモっているし……全てにおいて魅力的です!」
「あら、ありがとう。嬉しいこと言ってくれるじゃない」
「え、ええ……」
ん? アユミ、どうしたんだ? ってか、ケイとコウまで⁉ って、俺も⁉
「やっと……効いてきた感じ?」
「ビアンカ……分量ミスったでしょう」
「分量は間違っていないよ、ただ……」
「ただ……何よ?」
「入れるもん間違えたわ」
「ちょっと! ウチらの分にも入ってるじゃない! し、しかもこれは……!」
ネラの怒る声が、俺のぼうっとした頭の中にも聞こえてくる。なにかマズい事態に発展しそうだ。なんとかしなくては、ただ俺も体が言うことが聞かない。
「……うん? こ、ここは……?」
先ほどまで食事を取っていた部屋とは別の部屋のようだ。天井も壁も真っ白で、ベッドも真っ白だ……って、ベッド⁉
「先生、患者さんがお目覚めみたいですよ」
ナースのような恰好をしたネラが入ってくる。あくまで“ナースのような”である。宇宙が広いのは理解しているが、あんな胸元を大胆に開け、ミニスカートとニーハイソックスを穿いたナースは恐らく現実には存在しないだろう。するとすればフィクションの世界だ。しかも男が好みそうな……。ネラが寝ている俺にゆっくりと近づいてくる。
「あら~熱があるかどうか……検温しなくちゃ……いけないわね」
眼鏡をかけ、白衣をまとったビアンカがネラの言葉に答える。恐らく……女医なのだろう。しかし、これまた白衣ははだけており、下に着ているシャツも胸元を第三ボタンまで開けてしまっている。黒いミニスカートからガーターストッキングが覗く。うん、これもフィクションの世界でしかお目にかかれない服装だ。これもまた男の夢想する姿だ。一体どうしたんだ? と、とにかく、俺はなんとか手足をわずかにではあるが動かして、ベッドから降りようとする。そして口を開く。
「あ、あの……」
「動かないで、ジッとしていて!」
「は、はい!」
ナースネラからの一喝に俺は再びベッドに真っすぐ寝る。いや寝ちゃダメなんじゃないか? しかし、ここは下手に動かず、様子を見てみるというのも、一つの手ではないだろうか? 決して、邪な気持ちを抱いているわけではない、断じて。
「服、脱ぎ脱ぎしましょうね~。治療の為です~」
「わ、分かりました!」
女医ビアンカの妖艶な言葉に乗せられ、俺は一糸まとわぬ姿になってしまった。べ、別に、下は脱がなくても良かったんじゃないかと思ったが、もう遅い。だが、これも治療の為!
「じゃあ、お注射しちゃいましょうね~」
「ええっ⁉」
ビアンカの手に注射器が! 針がキラリと光る。ちょっと待ってくれ、話が違う。そもそもの話がなんだという気もするが、悪ふざけの範疇を超えていないか⁉
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