第10惑星(4)疾風の凶刃

「……それじゃあ、頼むよ。ああ」


 俺は通信を切り、独り言を呟く。


「まさかトリプルブッキングとはな……」


 そう、俺たちはある月面都市に来たのだが、仕事が三つ重なったのである。個々の仕事ではあるから、問題はないといえばないのだが、マネージャーがついていないというのは、先方の心象が良くないのではと思ってしまう。とはいえ、俺がマネージャーになる前はなかなかマネージャーが定着しなかったみたいだし、アユミたちだけでも大丈夫そうではある。俺は3人の現場の内、誰にもついていないのだが、これにはわけがあり、大事な打ち合わせが入った為である。もう、トリプルというか、クアドラプルブッキング状態だ。しかし、立派な建物の中の広い部屋に通されたが、担当者の方、遅いな……。


「……失礼します」


 ゆったりとしたワンピースを着た女の子が入ってきた。髪の色は緑で、長さはミディアムロング、ふんわりとパーマをかけている。飲み物を置いたトレーを持ってきた。


「……お飲み物、どうぞ」


 ミディアムロングの子がテーブルに飲み物を置く。


「い、いただきます……は、はっくしょん!」


「!」


 急に大きなくしゃみが出てしまった。すると、部屋の壁がパタパタと倒れ、どこかの空き地のような場所が広がる。俺は驚く。


「こ、これは……!」


「み、見破られた……?」


 ミディアムロングの子が唖然とした表情を浮かべる。俺も俺で混乱している頭をまとめ、とりあえずの結論に達する。


「……打ち合わせは罠か⁉ あの立派な建物は⁉ 立体ホログラム映像かなにかか!」


「……そこまで気が付くとはやるな」


「え……」


 当たっていたようだ。適当に言ってみたのだが。ミディアムロングの子が低い声色で呟く。


「さすがはギャラクシーフェアリーズの中心メンバー、タスマ=ドラキン……」


「へ?」


「我々の障壁になる! ここで始末する!」


「な、なにを⁉ うおっ!」


 ミディアムロングの子が剣を繰り出してきたので、俺はトレーを拾い、それを防ぐ。


「はっ! ひっ! ふっ!」


「へっ! ほっ! ほっ!」


「……やるな、さすが凄腕の賞金稼ぎにして、人気アイドル……」


「ご、誤解をしている! 俺はただのマネージャーだ!」


「マネージャーがそんな反応出来るものか!」


 出来たもんは出来たんだからしょうがないだろう。何者か知らんが、このミディアムロングの子は結構な殺意的なアレを持って襲いかかってきている。それに対しての防衛本能が極限まで引き出され、俺は超人的反応で剣の乱れ突きを捌ききった。


「……君は何者だ? ひょっとして賞金稼ぎか?」


「! そこまで勘付いたのか……」


 いや、大体の察しはつくだろう。これで私はただの会社員です、と言われても困る。宇宙広いってレベルじゃない。俺は尋ねる。


「……一応、お名前を伺っても?」


「……『クワトロ=ゲレーラ』、または『クワトロ=コローレス』だ」


「クワトロ……四人組の賞金稼ぎ兼アイドルか……」


「! そこまで看破するとは……! 別の星系で超目立っているとはいえ……」


 いや、だからそれくらい分かるって。さりげなく自慢入ってるし。


「別の星系か……なぜ太陽系に?」


「銀河制覇を目指している。その手始めにまずは太陽系からと思ってな……」


「銀河制覇……」


「そう、『疾風のヴェルデ』とは我のこと……」


 ヴェルデと名乗った子が剣を構える。俺は思わず素直な感想を述べてしまう。


「……ダサいな!」


「⁉ な、なんだと⁉」


「い、いや、今のは失言だ、気にしないでくれ……」


「うるさい! ここで始末する!」


「くっ!」


 俺は後方に飛んで、距離を取る。ヴェルデの持つ剣が届かない範囲だ。


「む!」


「一旦落ち着いて話し合おうじゃないか! まず、君は誤解をしている!」


「問答無用!」


「なっ⁉ がはっ……!」


 ヴェルデは剣をしまったかと思うと、片手を大きく振った。すると、俺の肩や膝に切り傷がついたのだ。俺は痛みを感じるよりも驚きながら膝をつく。ヴェルデが笑う。


「ふっ、風の刃だ。距離を取っても無駄なこと……さて、終局といこうか……」


「キュイ!」


「なっ⁉」


「テュロン! お前いつの間に……!」


 鞄が妙にごそごそすると思ったら、中に忍び込んでいたのか、本当の打ち合わせだったらエラいことになっていたな……。


「キュイ! キュイ!」


「テュロン、無理をするな……って⁉」


 テュロンはヴェルデに飛びついて、彼女の鼻の頭をペロっと舐める。案外悪い人物ではないということか? いや、俺は今殺されかけているのだが……。このままだと、テュロンが危ない、そう思った次の瞬間……。


「か、可愛いな、お前……」


 ヴェルデが目をキラキラとさせながらテュロンを両の掌に乗せる。テュロンの可愛さは全宇宙に通じるようだ。いや、そんなことを感心している場合じゃない。俺は首を振って立ち上がり、ヴェルデの方に向かって突進する。


「うおおおっ!」


「し、しまった!」


「ええい!」


「ぐはっ! ううっ……」


 両手が塞がっている、つまり風の刃を発生させることは出来ないはず。俺はその隙をついて、ヴェルデに思いっきりタックルする。男女の体格差があるだけに、素直なタックルが案外効果的だった。ヴェルデは仰向けに倒れ込んで呻く。俺は呟く。


「あまり女の子に手荒な真似はしたくないんだが、命の危険に晒されたんだ、これくらいは勘弁してくれよ……」 


「キューイ!」


「ああ、テュロン、お陰で助かったぜ」


 俺は肩に乗ってきたテュロンにウインクする。


「ぐっ……」


 ヴェルデが目を開けようとする。気絶させるまでには至らなかったか。この子たちについてもっと知りたいところだが、俺には荷が重すぎる。


「ここは撤退するぞ、テュロン!」


「キュイ! キューイ!」


 俺は近くを見渡すと、コウから借りたバギーを見つけ、それに飛び乗る。


「一旦、宇宙船に!」


「……くっ! ま、待て!」


 背後からヴェルデの声が聞こえたが、俺は振り返らず、全速力で走り去る。


「……まさか、俺までギャラクシーフェアリーズだと思われるとはな……はっ⁉」


 俺はアユミ、ケイ、コウに連絡を取る。いずれも通信には出ない。テュロンが首を傾げる。


「キュイ?」


「まさか3人が全員……⁉ 探しに行くか? いや、それよりもまず俺自身の治療を優先すべきか? くそっ! どうすればいい⁉」


 俺はバギーのハンドルを叩く。クラクションが月面に虚しく響く。

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