第2惑星(1)マネージャーはつらいよ

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「そ、掃除、終わったぜ!」


「そう、それじゃあ、洗濯よろしく……」


 リラクゼーションルームで本を読みながら、ケイちゃんが俺に言う。


「……せ、洗濯終わったぜ!」


「ねえ~お腹空いた~」


 リラクゼーションルームのソファーに寝転ぶコウちゃんが俺に言う。


「わ、分かった。ちょっと待ってろ……ほら出来たぞ」


「……う~ん、美味しい♪」


「テュロンにも餌作っておいて」


「の、残りものじゃダメなのか?」


「ダメよ。専用の冷蔵庫があるでしょう? あそこの食材を使って、量はコウの3倍ね」


「さ、3倍⁉」


「そうよ、テュロンは食いしん坊なの。一週間分を一日で食べるから」


「そ、そうは言っても……」


「ごちそうさま……ねえ~レッスンルーム掃除しておいて~?」


「ええっ⁉ さっきもレッスンしてなかったか?」


「食後の運動ってやつ~確認しておきたい振り付けもあるし」


「テュロンの食後の運動もお願い、小さいランニングマシンに乗せればいいから。後は……トイレやバスタブは数時間おきに掃除しておいて、私たちが交代の度にフレッシュな気持ちで使えるように……ファンの方々からの大量のプレゼントの仕分けもお願いね」


「わ、分かった……」


 俺はリラクゼーションルームから出る。あのライブから数日が経ったが、俺はこの『ギャラクシーフェアリーズ』のマネージャーになった……正確に言うと、体のいい家事手伝い兼雑用係だ。密航犯として突き出されて、地球を飛び出して早々にお縄を頂戴するよりははるかにマシかもしれないが……。ただこき使われているような……。アイドルのマネージャーなんてスーツをビシっと着こなして、ライブやらなんやらのスケジュールを色々と決めてくるイメージがあったのだが……俺は小豆色のジャージ姿で廊下にある大きな窓の窓枠にもたれるように腰を下ろし、ため息をつく。


「……ふう」


「……さん」


「……はあ」


「マネージャーさん!」


「うおっ⁉」


 俺は窓枠からずれ落ちそうになる。そこにはアユミちゃんがいた。アユミちゃんが戸惑う。


「ご、ごめんなさい、驚かせちゃいましたか?」


「い、いや、大丈夫……何か用かい? テュロンには食事を提供したよ、もはやペットフードじゃなくて豪華な料理だね、あれは……レッスンルームの床も鏡もピカピカに拭いたよ、どっちが鏡か見分けがつかないくらいね」


「はあ……」


「この大きな窓だって掃除したぜ? あ、もしかして外から⁉ そ、それは少し厳しいな……船外作業はまだ慣れてない。どこかに寄港した時にでも……」


「せ、船外作業までやられていたんですね……」


「ああ、アユミちゃん、いやセンリさんが休んでいるときにな。部屋の窓の埃が気になるって、ケイちゃんとコウちゃん、じゃなくてハイジャさんとマクルビさんに言われてさ」


「あ、相変わらず無茶を言うな、あの二人……」


「ああ、ついこないだ宇宙に出たばっかりのやつに船外活動をさせるなんて全く無茶振りの極みだよ……相変わらず?」


 首を傾げる俺にアユミちゃんが答える。


「ええ、あなたで17人目のマネージャーさんですから」


「じゅ、17人目⁉」


 俺は驚きの声を上げる。アユミちゃんが頷く。


「はい、船に乗られた方だと、それくらいになります」


「乗られた方?」


「大体、荷物持ちとかをやらされた時点で『失礼します』って言っていなくなりますね」


「ああ……」


 俺はつい先日の自分を思い出す。あれももしかして試していたってことなのかな?


「船に乗っても、ケイさんやコウさんの無茶振り連発で皆さん三日で音を上げますね」


「み、三日……」


「だからマネージャーさんは新記録達成ですよ」


 そう言ってアユミちゃんが笑う。確かに三日は過ぎたな。もう毎日が目まぐるし過ぎて今日が何日目なのかも忘れたが……。俺は俯き加減に呟く。


「ははっ、新記録か、そりゃあめでたいことで……」


「でも、ケイさんやコウさんのこと、あまり悪く思わないで下さいね?」


「え?」


 俺はアユミちゃんに視線を向ける。あまりどころか、既に結構悪く思っているけど? かわいいルックスでギリギリ帳消しになってはいるけどね。


「二人はマネージャーさんのことを試しているんだと思います」


「試している?」


「ええ、わたしたちのマネージャーさんになる方って、なんていうか……こう下心を持って近づいてくるような方が多くて……」


「ああ……」


 まあ、それはそうだろうな。人気のアイドル『ギャラクシーフェアリーズ』とお近づきになれるんだ。邪な気持ちを少しでも抱かない方がおかしい。


「下心というのは少し言い過ぎたかもしれません。なんていえば良いのかな、憧れと仕事は別っていうか……」


「いや、言いたいことはなんとなく分かるよ」


「そうですか」


「それでセンリさんも俺のことを試しにきたってわけだ」


「ち、違います! ちょっとお話をしたかったっていうか……」


「お話?」


 俺は首を傾げる。


「え、ええ……マネージャーさんって、地球のお生まれなんですよね?」


「ああ、そうだけど……」


「よ、良かったら地球のお話を聞かせて欲しいなって……」


「え? センリさんは違うのかい?」


「わたし……地球ってまだ降りたことがなくて……」


「ええっ⁉」


 俺は驚きの声を上げる。アユミちゃんは笑う。


「ルーツの一つは地球で間違いないんですが、生まれも育ちも水星なんです」


「水星……」


 俺はマジマジとアユミちゃんの姿を見る。水星人か、初めて見たな……だから髪の毛が青いのか。いや、そういうわけでもないか。アユミちゃんは小首を傾げる。


「だ、駄目ですかね……?」


「いや、全然OKだよ」


「そ、そうですか!」


 アユミちゃんの顔がパアっと明るくなる。その時、俺の端末のアラームが鳴る。


「ちっ、休憩時間終了か……これからこの馬鹿みたいに長い廊下を掃除するんだけど、そのついでで良かったら、色々話は出来るよ?」


「あ、そうですか! わたしも体力作りにランニングしようと思ったんです。お供します!」


 え? ランニング? ゆっくり歩きながらでもと思ったんだけど……。仕方がないか。


「じゃあ行こうか。まず何を聞きたい?」


 アユミちゃんが自身の端末を取り出す。


「えっと、質問ナンバー0001……地球ってどんな感じですか?」


「ば、漠然としているね⁉ ん? 0001?」


「はい、お聞きしたいことをまとめたら千個ほどになったので……」


 せ、千個⁉ 待ってくれ、それではランニングじゃなくてマラソンになってしまうじゃないか……。かわいい女の子と楽しいおしゃべりタイムだと思ったのに……。

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