最終章 “NGワード試験”ゲーム

「はぁ……、まったく変わりませんね、“桃辻さん”は。一年以上も前から、ずっと……」

「――――っっっ!? い、いいい犬飼っ!? も、もしかして、覚えていたのですか!?」


 その俺の言葉を聞き、目の前であたふたと驚愕するすもも先生。おっ、思ったよりも良い反応が見れたな。

 でもまあ、そうだな。覚えていたというよりは……


「数日前、ふと思い出したんですよ。確信したのは、ついさっきですけどね。ここ最近、すもも先生のことを考えることが多かったんで、忘れていた記憶が戻ったというか」


 そう俺が言うと、すもも先生は顔を一気に紅潮させ、恥ずかしそうにしながら目を見開くのだった。

 そして、赤面した顔の前で、せわしなく両手を振って話しを続ける。


「む、むむむ昔の! は、恥ずかしい私のことを、覚えて……!?」

「別に恥ずかしがることじゃないでしょ。俺の方こそ、まったく気が付かないで申し訳ない気持ちも多少ありそうな気がします」

「ど、どっちなんですか、それぇっ……!?」

「まあ、とにかく思い出せて良かったってことですかね」


 それにしても、あまりにキャラが違うから分からなかったな。

 道理で、初対面だったはずのあの日から、妙な好感というか好意を感じたわけだ。


「そう、ですか……。まあ、多少複雑ではありますけど、少しだけ嬉しいという気持ちが勝っていますね」


 照れ照れといった感じで、俺の様子を窺うのだった。

 むしろ、少し気まずいのは、二度もすもも先生をフッた俺の方かもな……


「ま、まあ、その話はここまでにしましょうか。お互いに、忘れたい過去もあるでしょうし……」

「そ、そうですね。そうしましょうか……」


 互いにそっぽを向いて、顔と意識を逸らす俺とすもも先生。

 そんな、妙に甘酸っぱい雰囲気を醸し出していると、不機嫌顔の卯野原が空気を霧散させるようにして口を挟む。


「はいっ、これにて“NGワード試験”ゲームは終了ですっ! お疲れ様でしたっ! というわけなので、さっさと解散してくださいね!」


 むーっと、不満そうな卯野原。


「お、おう。それもそうだな。用事もあることだし、俺はそろそろ――」


 と言って、俺は卯野原の言葉に便乗して逃げ出そうとしたのだが、


「待ってください、犬飼。最後に、“あの話”をしなくてはいけませんので」


 すもも先生が少し焦ったように呼び止めたのだった。

 まあ確かに、あれはかなり大事な話ではあるんだけど……


「未来を待たせているんで、その件は後にさせてください。それに、ここじゃなんなので」


 と、卯野原を一瞥する俺。

 あのことは、部外者が居る中でするような話じゃないしな……

 すもも先生だって察しの悪い人ではないだろう。俺の意図は伝わったはずだ。


「いいえ、待ちなさい」


 だが、それでも尚、俺を引き止めようとする意志は変わらないらしかった。

 何故なら――


「卯野原さんが居るからこそ、ここで話す必要があるのですよ」


 なんてことを、すもも先生が言い出したからだった。

 それは……いったい、どういう意味なのだろうか?

 あれは俺と厘の話であって、卯野原には何の関係も無いはずだが……?


「? 私、ですか……?」


 当の本人でさえ、話を飲み込めずに首を傾げている。まあ、それもそうだろう。

「すもも先生、さっきから何を言って――」

 次の瞬間、言いかけた俺の言葉は、真っ白になった頭の中で完全に消失した。



「白崎厘さんは、死んでいません。今も生きているのですよ」



 咄嗟にその言葉の意味を理解することは出来なかった。


「……――――」


 それでも、少しずつ言葉を飲み込もうと意味を模索する。頭脳を回転させる。

 生きている?

 誰が?

 死んでいない?

 誰が?

 ……厘が、死んでいない? 生きている?


 そんなはずはない。だって、俺はあいつの死に立ち会っているのだから。

 すもも先生を見たが、とても冗談や嘘を言っているようには感じられなかった。

 上手く言葉が出せない。脳を走る疑問が多過ぎる。


 本当に信じられるのか? こんな都合の良い話を……?

 ただ、ありもしない希望に縋っているだけじゃないのか……?

 ……そう、だよな。まさか……


「そ、そんなこと――」

「あり得ない、でしょうか? では聞きますが、犬飼は白崎さんが死ぬところを本当に確認したのですか?」


 真っ直ぐに、すもも先生が問うた。

 俺は答える。


「間違いない。俺は、あいつが死んだところを見たんだから……」

「では、どうやって死んだのか、説明は出来ますか?」

「……頭上から、巨大なブロックが落ちてきて。俺を庇った厘が、俺の代わりに押しつぶされたんだ。鮮血と肉片が飛び散ったのを、俺は見ている。絶対に即死だったはず……」


 今でも鮮明に思い出せる記憶。

 何度だって悪夢に見た、あの時の光景を振り返る。


「では、少し発想を変えましょう。『ラビリンス』では、デスゲームの際にディーラーを立ち会わせています。犬飼は、ゲームの経過が死に直結するようなデスゲームを担当したことはありますか?」

「ない、ですけど……」

「ま、そうでしょうね。ですが、それは何故ですか?」

「死に直結するような、やり直しが利かないデスゲームでは、高ランク運営が担当することになっているから……?」

「そうですね。犬飼はまだ低ランク運営なので、そういったデスゲームを担当することは出来ません。……では、ここからが本題です。そもそも何故、高ランクの運営しか担当出来ないデスゲームがあるのでしょうか?」

「何故って、それは……運営の練度が高ければ、取り返しのつかないミスが起こりにくいからで――」

「いいえ、違います。それこそが誤った情報なのですよ。実際には、高ランク運営にしか知らされていない、厳重な情報規制があるからなのです」

「情報規制……?」


 ここに来て、俺の知らない事実が浮上した。

 情報規制ということは、低ランク運営が知らずに、高ランク運営だけが知っていることがあるわけだが、いったいそれは……?


 考えてみる。

 ……が、分からない。

 いや、そもそも考えただけで分かるようなことを、情報規制したりはしないだろう。

 降参でもするかのように、俺はすもも先生にその答えを求めた。


「では、特別に教えてあげましょうか。そもそも、デスゲーム運営組織『ラビリンス』は――何十年も前から、デスゲームなんて実際に行っていないのですよ」

「は……?」


 すもも先生は何を言っているんだ?

 そ、そんなわけ、あるはずが……


「デスゲームとは、つまり殺戮ショーです。ですが、よく考えてみてください。人を一人殺すのに、どれだけのコストが掛かるのか。昨日まで普通に生活していた人間を殺して、その存在を抹消する。それは、想像以上に大変な作業なのです」

「それは、そうかもしれませんけど……」


 言いたいことは分かる。

 が、『ラビリンス』組織の能力を考えれば、それくらいは出来そうなものだ。それに、それだけのことをする資金だって潤沢にあるはずだ。


「もちろん、以前はそれだけのことを実際にやっていたわけですが……それでも、『ラビリンス』とて利益を追求する企業の一部です。どうせプレイヤーを殺すくらいなら、労働力として使った方がいい。それくらいの冷静な判断は出来ますよ。そんなことをしている内に、やがて『ラビリンス』は少しだけクリーンな組織になったのでした」


 そ、そんな話、信じられるわけが……

 それに――


「で、でも! そんなことしたら、スポンサーの援助を受けられなくなるんじゃ……」

「ええ、そうですね。それが問題でした。さっきも言いましたが、デスゲームの本質は殺戮ショーなのです。だからこそ、時代が進むごとに、人が“死んだように見せかける演出”が重要になってきました」

「なぁッ――――――――!?」


 死んだように見せかける、演出……っ!

 も、もし、ここまでの話が本当のことだとするなら――厘が生きていても、不思議じゃない、のか……!?

 でも、それなら厘は、今どこに……


「あのー、なんか勝手に話が盛り上がっていますが……やっぱり、私は関係無いですよね?」


 と、今まで、ずっと静聴していた卯野原が首を傾げる。

 ……卯野原が、関係……?

 すると、すもも先生はやれやれといった表情で、その核心を突く言葉を続けたのだった。



「察しが悪いですね、卯野原月さん。あなたが、死んだはずの白崎厘さんなのですよ」


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