プロローグ 『ラビリンス』Sランク運営会議
場所はデスゲーム運営組織『ラビリンス』本部の一室。
そこで定期的に行われるSランク運営会議に、私は出席していた。
部屋の大袈裟な広さの割に、出席している運営委員の数は少ない。いつものことだ。
多少の欠席者が居るとはいえ、人数に見合わない大部屋を使うのは、組織のトップ層としての威厳を示す為だろう。
殺風景な白に四方を囲まれた部屋。
中心には長方形になるように並べられた長机。
その周りの椅子に、思い思いに腰掛けるSランクの運営委員たち。私もその内の一人だった。
当然、周囲に居るのはSランク運営という確かな実力者だけ。その独特なオーラというか威圧感が、私は少しだけ苦手だった。何となく憂鬱な気分になる。
「――とまあ、概ねいつも通りの報告ですが、僕からの連絡は以上です。何か質問などあれば受け付けますが?」
「とくになーし!」
「同じく……」
会議の進行役を務める柔和そうな笑みを浮かべた白スーツ姿の男。彼の問いかけに、皆一様にして適当な言葉を返す。そもそも、この会議自体に然したる興味などないのだ。それは私も同じことでしたが。会議なんて面倒なだけなのですよ。
「なあ、ちょっといいか?」
「おや、これは珍しい。質問でもありましたか?」
「まぁーな」
進行役の対面に座る黒いスーツを着崩した男が、だらしない態度で手を上げて発言したのだった。そして、続ける。
「この報告書によれば、低ランク運営でエラーがあったらしいじゃねぇか。それについて聞きたい」
「ああ、その件でしたか。手元の資料にもある通り、Eランク運営の方で一件のエラー報告がありました。処分予定だった運営委員が一人、“友情人狼”という課題ゲームをクリアしてしまったみたいですね。低ランクのことだったので、わざわざ議題には出しませんでしたが、これがどうかしましたか?」
「Eランクごときが“友情人狼”をクリアか……。どうやら、噂は本当だったらしいな」
何が彼の興味を引き付けたのかは分かりませんが、黒スーツの男は心底楽しそうな笑みを浮かべるのだった。
確かに、何らかのペナルティで処分前提のゲームを課せられた運営委員が、課題をクリアすることなど滅多に無いことでしたが。
「そのEランク運営……いや、今はDランクか。そいつ、どうせ処分するんだろ? その処理、俺にやらせてくれよ」
「Sランク運営のあなたが、Dランク運営の処分を……?」
「ああ、そうだ。別に構わねぇだろ?」
「まあ、他の方々の反対がなければ問題はありませんが……」
そう言いながら、白スーツの男は周囲のSランクたちに視線を向ける。当然、反対の意見など上がるはずがありません。
「あははは! わざわざ面倒事を引き受けるなんて、変なやつー。ねぇ、桃辻ちゃん?」
と、突然、名指しで隣の席から話を振られてしまう私。
まったく、こんな余計な話に巻き込まないでほしいのですよ……
「はぁ……、いちいち私に話しかけないでくれませんか?」
「えー、いいじゃん。もしかしたら、桃辻ちゃんもやりたがるかなーって思って、私なりに気を利かせたんだよー?」
「余計なお世話なのですよ。放っておいてください」
「ありゃ。フラれちゃったかー」
けらけらと軽快に笑う彼女。
やれやれ。Sランク運営なんて皆、変人ばかりですね……
「では、反対意見は無いようですので、犬飼与一の処分は彼に任せたいと思いま――」
「はぁぁぁっ!?」
気づくと、私は無意識にそんな声を上げてしまっていた。
「も、桃辻ちゃん? 急にどったの?」
「しょ、処分対象は……、“犬飼与一”なのですか……ッ!?」
「えっとぉ、資料にもそう書いてあるけど? ほら、それに」
し、資料……っ! 急いで私は、彼女の指さす紙束に視線を落とす。
そして、適当に聞き流していた会議内容を思い出しながら、手元にある資料のページを乱雑に捲った。
すると、やはりそこには『処分対象、犬飼与一』という文字が記されていたのだった。
こ、こんなことも、あるのですね……っ!
「気が変わりました。その処理、私が引き受けます!」
そう強く宣言する。誰にも反対させないように。
私が言うが否や、周りのSランク運営たちは目を丸くして私を見やるのだった。
しかし、そんなことはどうでもいい。
憂鬱だった私の心は、急激な変化を示し始めていた。
「そういうことでしたら、この件は桃辻さんにお任せしましょうか」
白スーツの男が舌の根も乾かぬうちに前言を撤回し、私に処理を任せると言い出した。
ふふっ、物分かりの良い人は長生きするのです。
「お、おい! 何を勝手に……!? そいつは、俺が引き受けることで決まっただろうが!」
「だから、気が変わったと言っているのですよ」
「他人の獲物に手を出そうたって、そうはいかねぇぞ……! こうなったら、てめぇから先に処分してやろうか、こらぁッ!」
「ええ、臨むところです」
私は立ち上がり、黒スーツの男の前まで歩みを進める。そして、よく吠える弱者に、軽蔑の意味を込めた笑みを送った。
さあ、デスゲームの時間なのですよ。
「これは大事になりましたね。ま、そういうことなら、僕が責任を持ってゲームを用意しましょう。ここに居るSランク全員が、このゲームに立ち会いますので」
そうして、白スーツの男は懐からソレを取り出すと、長机の上にゆっくり置いた。
ゴトンッと、とても偽物とは思えない重厚な音がしたのだった。
「ロシアンルーレット……など如何でしょうか。これなら時間も掛かりませんからね」
「ええ、構いませんよ」
「いいぜ。それで決着を付けてやるよ」
長机に置かれた拳銃。
その圧倒的な暴力を前にしても、決して怯んだ姿など見せはしない。それが『ラビリンス』のSランク運営という高みの存在なのです。
「では、ルールを説明しましょうか。まずは――――」
――それから、ゲームが終わるまでには数分と掛からなかった。
「決まり、ですね」
私は目の前に転がる彼を見下しながら言った。
威勢がいい割には見せ場の一つもない、とんだ噛ませ犬だったのですよ。
「……く、うっ……ッ! いったい、何なんだよ……、てめぇは……ッ!」
「おや、まだ生きていましたか」
まあいいでしょう。既に決着は付いたのですよ。寛大な心で見逃してあげるとしましょう。
っと、こうしてはいられません。決着したのなら、もうここに用はありませんからね。
さっそく、準備に取り掛からなくては。
「さっすが桃辻ちゃん! Sランク最強なだけあるねー!」
「Sランク、最強だと……!? こ、こいつが……ッ!?」
床に沈んだ黒スーツの男が、消え入りそうな眼で私を見やる。後悔しても遅いのですよ。
彼は喧嘩を売る相手を間違えたのです。
「さてと。これで、文句を言う人は居ないと思いますが?」
「ええ、そうですね。それでは、この件は正式に桃辻さんにお任せするということで」
白スーツの男がそう言ったのを聞いて、私は長机の会議資料だけ手に取ってから、話はお終いだとばかりに会議室の出口へ向かった。
「では、私はこれで」
「桃辻さん。最後に一つだけ。例の、“犬飼与一”とは、どういう関係なんですか?」
白スーツの男の声が、背後から投げかけられた。
彼とは、どういう関係なのか……
そうですね。ひとことで言い表すとすれば、それは――
「私の初恋相手なのですよ」
そう簡潔に答え、私は会議室のドアを閉めた。
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