一章 夏休み前のラスボス、期末試験

 “NGワード試験”ゲーム


・ゲーム内容(※解答者サイドの説明)

 ――期末試験で赤点を回避するゲーム。しかし、問題の中には答えてはいけない“NGワード”が一つ設定される。“NGワード”を回答してしまったらゲームオーバー。(尚、選択問題の記号は“NGワード”に含まれませんっ!)

 ただし、“NGワード”を解答してしまった場合、それがどの教科の解答であるか当てられたら“NGワード”による敗北を無効に出来る。(でも、点数は取らないとダメですっ!)


・ゲーム終了処理

 ――期末試験終了後、“NGワード”が回答されていた場合、解答欄に記入された“NGワード”の総数が教科宣言の前に発表される。その後、“NGワード”の教科宣言を行う。


・勝利条件

 ――犬飼与一、二ノ瀬未来、青坂葵、赤石緋色、緑門翠の五人全員が全教科で三〇点以上の点数を取ること。また、“NGワード”を解答欄に記入していないこと。

 もしくは、該当プレイヤーが全教科で三〇点以上を取り、その“NGワード”がどの教科(国、数、英、理、社)のワードなのかを当てた場合。


・敗北条件

 ――該当プレイヤーの誰かが二九点以下を取った場合。また、“NGワード”を回答し、且つどの教科であるかの宣言を外した場合。

 ※敗北条件を満たした場合、赤点だった該当プレイヤーは強制退学となる。




「では、ここでインストラクションを兼ねて、模擬ゲームを行いたいと思いますっ! 今回は敢えて逆の立場で、犬飼先輩が“NGワード”を設定し、すもも先生がテストを受ける側でプレイしてみてくださいっ!」


 と言って、卯野原はどこからか数枚のコピー用紙を持ってくる。


「今回は簡易的に、国、数、英の小テストを用意しました。私も解答者側で参加しますので、犬飼先輩は小テストを確認後、設定したい“NGワード”をメモ用紙に記入して、テーブルに伏せて置いてください」


 小テストとメモ用紙、それとボールペンを渡される俺。

 その内容を確認すると、俺でも分かるくらいの簡単な内容の小テストだった。

 この中から、回答してはいけない“NGワード”を一つ決めないといけないのか。


 うーん。どれにするべきか……。なるべく解答されやすいであろうワードを選ぶべきなのだろうが。

 そして、俺は一つの“NGワード”を決めて、メモ用紙に記載した。


「よし。“NGワード”の設定、終わったぞ」


 俺はメモ用紙をテーブルに伏せてから言った。


「では、これから私とすもも先生が小テストを受けますっ! 犬飼先輩はテストが終わるまで、少し待っていてくださいねっ!」

「おう。りょーかい」


 ということで、卯野原とすもも先生は適当な椅子に座り、小テストの解答を始める。

 俺はやることが無かったので、何となく二人の様子を遠目から眺めていた。


 すもも先生は殆ど悩む様子も無くスラスラとペンを動かし、卯野原は途中途中でペンを止めて考えながら小テストを解き進める。


 それから数十分が経過した。

 二人は小テストの解答を終え、卯野原が赤ペンを片手に答え合わせをしていく。

 そして……


「採点が終了しましたので、結果発表をしますねっ! 私とすもも先生の得点は、すべて三〇点以上でしたっ!」

「まあ、あの程度の難易度であれば当然です」

「これで、二人は最低限のクリア条件を達成したってことか」

「そうですねっ! ですが、ここからが“NGワード試験”の本番ですっ!」


 と言って、卯野原は俺が伏せて置いたメモ用紙を確認する。

 そして、設定しておいた“NGワード”を確認し、再度小テストに視線を向けた。


「この小テストで“NGワード”が回答されていることが確認できましたっ! 合計での回答数は三回です! ですので、すもも先生は“NGワード”がどの教科に解答されているのかを予想して宣言してくださいっ!」


 と、卯野原が黙って思考を巡らせているすもも先生に問うた。

 とりあえず、この状況は想定内だ。俺は通常のテストであれば“確実に”記入されるであろう“NGワード”を設定しておいたからな。


 あとは、すもも先生が“NGワード”の教科を外せば俺の勝ち、当てれば俺の負けということになる。


「はぁ、犬飼は姑息な手を使いますね。該当教科は“全教科”です」

「おみごと! すもも先生、大正解ですっ!」

「な……ッ!?」


 なん、だと……!? まさか、こんなにもあっさり見破られるなんて……!?

 ってことは、“NGワード”そのものにも、既に辿り着いているんだろうか。

 そんなことを考えている俺を見て、すもも先生が俺の思考を先回りして返事をする。


「“NGワード”は『桃辻すもも』でしょうね。解答者が二人しか居ないのに、“NGワード”の回答数が三回というのはおかしいです。且つ、確実に記入されるであろうワードを探せば、それは個人の名前くらいのものでしょう。『卯野原月』の可能性もありますが、ジャッジという立場を考えれば、私の名前を設定するのが自然でしょう」

「ご名答。さすがですね……」

「ふっ、これくらい出来て当然でしょう」


 ドヤァと悪戯っぽく口元を吊り上げるすもも先生。

 実際、ぐうの音も出ないくらいの完璧な回答だった。くっ、ここまで簡単に見破られたのは、さすがに想定外だ。


 すもも先生、意外と実力者っぽいぞ……。そういえば、迷宮学園を統括するのが役目だと言っていたし、もしかしたら割と上級ランクの運営なのかもしれない。そう思って、俺は聞いてみることにした。


「ちなみになんですけど、すもも先生ってどのランクの運営なんですか?」

「ああ、そういえば言っていませんでしたね。私はSランク運営なのですよ」


 な、なるほどなぁ。Sランクかー。

 まったく、道理で強いわけだよ。まさか上級どころか、最上級だったなんて――


 いや待て。

 俺の脳がその情報を正確に理解するまで、若干の時間を要するのだった。

 そして、その言葉の意味をしっかりと理解した上で、俺は再び愕然とさせられる。


「ええッ!? す、すもも先生が……、え、Sランク運営だって……ッ!?」

「はい、そうですね。Sランクの中でも最強です」


 と、そう淡々と答えるすもも先生だった。しかも、自称最強である。

 いやいやいや! そんな澄まして言うことじゃねぇからな、それ!?


 Sランク運営といえば、『ラビリンス』組織の最高ランクであり、俺の最終目標でもある。

 『ラビリンス』において莫大な権力を持ち、組織構造や指針すら自分の意のままに作り替えられる程の立場だ。何なら、日本国のフィクサーといっても過言では無いだろう。


 そんな強大な相手が、目の前に居るのだ。

 しかも、俺のゲーム相手だというじゃないか。ど、どうなってんだよ……!?


「あ、もしかして惚れてしまいましたか? ふふ、犬飼は仕方ないですね」

「むしろ恐れてるんですよ……」


 照れ照れと頬を染めるすもも先生が、まったく可愛らしく見えなかった。

 俺はとんでもない化け物と接していたのだと思うと、思わず過去の行いを振り返ってしまうくらいだ。


 以前、すもも先生に何か失礼なこととか……、しまくってる気がするなぁ。あ、もしかして、これが噂の走馬灯というやつだろうか。笑えない冗談だな。


 いやしかし、考えようによっては、これはチャンスでもある。

 俺とてSランク運営を目指し、『ラビリンス』への復讐を遂げようとしている身だ。


 俺自身がSランクを目指す上で、他のSランク運営は避けて通れない道。

 遅かれ早かれ、相対するのは間違いない。それが今になったというだけのこと。

 いきなり組織最強が相手というのもハードルが高かったが。でも、それでも……


「分かりました。今回のゲームでは、すもも先生の胸を借りることにします」

「はい。私の胸で良ければ、お好きにどうぞ」


 と、両腕を組んで豊満な胸を持ち上げるすもも先生。

 でかい。柔らかそうだ。でも、


「違います。そういう意味じゃないです」

「私はそういう意味でも構いませんよ」

「俺、ちょっと真面目な話をしていたんですけどね! いちおう!」


 おかしいな……シリアスな流れかと思ったのだが、そうでもないらしい。

 すもも先生って、ホントにSランクの権力者なんですよね。風格が感じられないだけで。

 そんな視線を卯野原に向けて、アイコンタクトで問うてみることに。


「あ、そうですよねっ! 犬飼先輩は私のサイズを見慣れていますから、他のおっぱいには興味なんてありませんよねっ!」

「だから違う! そういうアイコンタクトじゃなかったんだけど!?」


 ダメだ。この空間に俺の意図を汲んでくれる存在が居ねぇ。

 それに、俺は大きいのは好きだけど小さいのも嫌いじゃない。勘違いするな。


「冗談はさておき、そろそろゲーム進行を続けましょうっ! 本番の“NGワード試験”では、テスト用紙の解答欄のみを参照することにします。なので、同じ手を使うことは出来ません。それを踏まえて、すもも先生には“NGワード”を設定してもらいますっ!」


 そう言って、卯野原はメモ用紙をすもも先生に手渡す。

 すもも先生は少し考える仕草をした後、ボールペンをさらさら走らせてメモ用紙を卯野原に戻した。


「“NGワード”は、これでお願いします」

「はい、確認しましたっ! それでは今この瞬間から、期末試験終了までがゲーム期間となりますっ! “NGワード試験”ゲームスタートですっ!」


 と、卯野原が高らかに宣言した。

 こうして、すもも先生と俺の命運を分けるゲームが始まったのだった。


 それにしても、期末試験を利用したゲームかぁ。

 このゲームでは“NGワード”を探ることはもちろんのこと、赤点を回避するだけの学力を身につける必要がある、と。


 まあ、幸いなことに、タイミング良く未来たちは今日から勉強会を始めている。その点では、一歩リードといってもいいだろう。


 そもそも五人全員が、赤点を回避しないとゲームにすらならないルールだからな。

 ん、五人全員……? “五人”……?

 ということは、あれぇ、もしかして……え、俺も勉強しないといけないのか……?


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