二章 テストと鉛筆サイコロは友達みたいなところあるよね
翌日、放課後の図書室にて。
「よーっし! 皆、今日も集中して勉強するぞ! さて、俺は苦手な英語から手を付けるとするかな!」
俺は意気揚々と英語Ⅱの教科書を開いて、その文章を目で追うことに。
問い。下線部の文章を過去形に直しなさい、か。
まあ、これくらいなら俺にも分かるな。えーっと、東京の過去形だから、江戸だよな。
例文のTokyoをEdoに直して文章をノートに書き写す。……英語なのに日本史みたいな問題だな。まあいいか。
「って、違うわよ!? というか、どうして与一がしれっと勉強会に参加してるのよ!?」
と、向かい側に座る
「いや、それがだな。わけあって、俺も通常通りに期末試験を受けないといけなくなったんだよな。だから、俺にも勉強を教えてくれ」
「昨日、勉強会を逃げ出したやつとは思えないセリフよね……」
「まあなんだ、男子三日会わざれば刮目して見よ、とか言うだろ」
「まだ三日も経ってないでしょうが……!」
ジト目で睨まれる俺。ま、まあ、そこは昨日の俺とは一味違うってことで。
それと“NGワード試験”については、皆には知らせず黙っておこうと思う次第。
余計なことを気にして勉強に集中できなくなったり、不安に駆られたりしないようにという俺なりの配慮である。
「私としては、犬飼くんが勉強会に参加してくれるのであれば、何でもいいですけどね。昨日は犬飼くんが居なくて寂しかったんですよ?」
左隣に座った葵が、甘えるようにぴったりと俺の腕に寄り添う。可愛いからやめろ。集中できねぇだろうが。
すると、不意に右サイドへ引っ張られる俺の身体。それで葵がバランスを崩す。
「何はともあれ、与一くんと一緒に勉強会が出来るのなら嬉しいわ。在りし日のデスゲームの時みたいに、一緒に頑張りましょうね」
俺の右側に座った未来が、ぐいぐいと腕を引っ張ってくるのだった。ついでに威嚇するような視線を葵に送っていやがった。おいやめろ。
「二ノ
「先に与一くんと勉強会をする約束をしていたのは私なのだけれど」
「フフ、ここからは武力行使も辞さないですよ?」
「臨むところね。血で血を洗うデスゲームを始めましょうか」
両サイドが同時に殺気立つ。俺を挟んで喧嘩するんじゃねぇ。黙って勉強をしろ。
「や、やめようよー! 二人とも! 私たちは勉強しに来たんだからー!」
テーブルの向かい側、翠の隣に座った緋色から抗議の声が上がった。
よしよし。いいぞ、もっと言ってやれ。博愛主義の正論で殴りつけろ。
「それに、どうせ血を流すなら献血に協力するべきだと思う!」
「いや、その理屈はおかしいからな……?」
軽度だがデスゲ脳的な症状が見られる危険な発想だった。
争いで流れる血を有効活用しようとするんじゃねぇ。そんな合理性は求めてない。
「はいはい。そろそろ勉強会に戻りましょうね」
と、血生臭くなってきた会話の流れをぶった切って、翠が勉強の続きを促した。
「まあ、期末試験が終われば夏休みだ。でも、誰かが赤点を取って補習や留年にでもなれば、気持ちよく遊ぶ気分じゃなくなるからな。だから、全員で期末試験を乗り越えようぜ」
俺がそう告げると、真っ先に緋色が反応する。
「うん、そうだよね! 夏休みは皆で一緒に遊びたいもん!」
などと、緋色は興奮気味に言って、楽しみを表現するように身体を揺らしていた。
しめしめ。良い反応だぞ、緋色。こいつらに夏休みという餌を撒き、積極的に勉強に励んでもらう作戦だったが、どうやら上手くいきそうだな。
「ということは、夏休みに邪魔者を消すには」
「自分以外に赤点を取らせるしかないですね」
「違うからな」
俺の両サイドが同時に同じ結論へと辿り着いた様子だった。こいつらは、どうして協力しようという発想に至らないのだろうか。他人の足を引っ張ろうとするんじゃねぇ。
「夏休みに、皆で遊びに……、それ、とても良い案だわ! その為にも、皆で期末試験を乗り越えましょうね!」
「おお、分かってくれたか、翠。その為にも、全員の苦手科目を把握しておこうと思うんだけど、どうだろうか?」
「そうね、与一の言う通りだわ! 苦手を重点的に克服して、赤点を回避しましょ!」
ということで、ここに居る全員で五教科の小テストを実施してみる流れとなった。
必要になるだろうと思い、俺が事前に用意しておいた問題用紙のコピーを皆に回す。
参考書から期末試験の範囲になるであろう箇所をコピーしたものだ。
ただ、三年生である翠の範囲は分からなかったので、自分の教科書から問題を解いてもらうことにした。
んで、皆が小テストを解き始めて数十分が経過する。
そして、採点の結果は……
「各々の苦手科目は、葵が社会、緋色が数学、俺が英語ときて……」
そこまでは、まあいい。超クソデカ大問題はここから先だった。
「で、翠の理科が〇点、だと……!?」
どうなってんだよ! お前、エリートだっていう話だったじゃねぇか!?
「い、いいでしょ!? 他は全部一〇〇点だったじゃない!」
「確かに、それだと平均八〇点だな。いやでも、翠もやべぇのかよ……!?」
くっ、こればかりは完全に想定外だった。まさか、理科だけが極端に苦手だったなんて。
道理で昨日、卯野原が翠のことも一緒に赤点候補に挙げていたわけだ。
とんだ数字のマジックだな。こいつ、フェイクニュースみたいな印象操作しやがって。
「んで最後に、未来が国語……じゃなくて全教科赤点か。こういうのって普通、一人一教科が苦手なパターンじゃねぇのかよ」
「与一くん、中卒の学力を舐めないでちょうだい」
「なんで未来は偉そうに出来るんだよ……!」
綺麗に五教科を五等分とはならなかったようだ。捻くれた性格のせいで偏りがあるのかもしれないな。これがヒロイン力の差か。
「まあ、とりあえず、各々で苦手科目を中心に勉強するか。分からないことがあれば、一学年上の翠に教わるのはそのままでいいとして、問題は理科だよな……」
そもそも、上級生の翠に勉強を教えられるような存在がここには居ないのだ。
頼みの翠が無力となると、理科だけはどうしようもないよなぁ。
仕方ない。そこは次の勉強会までに対策を考えるとして、今は出来ることをしよう。
「ま、理科以外なら私を頼ってちょうだい。皆の力になれなくて悪いけど、今はそれで進めるしかないわ」
俺と同じ結論に辿り着いたのか、翠がメガネを弄りながらそう言った。
「というわけだから、なるべく全員で協力しながら勉強をしよう。それでいいか?」
「ええ、構わないわ」
「了解です」
「はーい!」
そんな流れで勉強会の二日目が始まったのだった。
が……!
「んー。与一くん、ここなのだけれど……」
「ああ、それな。分からん」
「あの犬飼くん、年号の覚え方のコツとか知りませんか?」
「俺が聞きたいわ」
「翠先輩! これ数式なのに、どうして英語が混じってるんですか?」
「え、そこからなの……!?」
あれだな。ぜんっぜん、学力が身についている気がしない。何なら無駄な時間を過ごしている気さえする。俺はいつから勉強していると錯覚していたんだろう。
挙句の果てには……
「あ、犬飼くん。勉強していると甘いものが欲しくなりますよね。私、チョコ買ってきてあるんです。はい、あーん」
「与一くん、ヤンデレ女から差し出されたものを口にするなんて危険極まりないわ! デスゲームだったら、自殺行為よ!」
「……ごくん。わー、このチョコ美味しいね!」
「あら、本当ね。今度、私も何か用意してくることにするわ。もぐもぐ……」
と、ついに勉強会なのかお茶会なのか分からない状況にまで陥ってしまった。
お前らさ……、危機感とかまったくねぇのな……
いや、未来だけはデスゲームに対する謎の危機感があるみてぇだけど……!
くぅ……、どうにかして、勉強に集中する雰囲気に戻したいのだが、いったいどうすれば……!
「あら、犬飼。今日も図書室で勉強していたのですね。関心しました」
不意に、そんな凛とした声が掛けられた。
見やると、そこには長い髪を揺らしながら近づいてくるスーツ姿の女性教師、すもも先生が居たのだった。
「すもも先生……」
俺が名前を呼ぶと、周りの未来たちが表情を一変させる。まるで警戒でもするように。
「ふむふむ。どうやら勉強にはあまり集中できていないようですね」
すもも先生は、椅子に座る俺の背後から、身を乗り出してテーブルの状況を確認してから言った。
その際、背中に柔らかい感触が当たった気がしたが、あまり意識しないようにしておくことにする。いやでも、やっぱりけっこう大きいな……じゃなかった。
「どうして、すもも先生がここに?」
“NGワード試験”のこともあるし、まさか妨害工作でもしに来たのだろうか。
ククク、その手には乗らないぜ。なぜなら、手を下すまでも無く、既に勉強会は破綻しているんだからな。
「そう警戒しなくても大丈夫ですよ。私は単純に、犬飼に勉強を教えに来ただけですから」
「え、俺に勉強を……? そんな敵に塩を送るようなことしていいんですか?」
俺は小声で言って、すもも先生に伝えた。
すると、すもも先生も事情を察してか、小声でこっそり返事をしてくれる。
「いちおう立場は敵ですが、犬飼は私にとって大切な人ですから。退学でもされたら私が困るのですよ。なので私が手取り足取り、特別に何でも教えてあげましょう」
なんてことを耳元で囁かれる俺。ええい、顔が近い、こそばゆい……!
俺は身じろぎをして咳払いを挟みつつ、すもも先生に言った。
「ま、まあ、まだその手を使うのは早いんで。最後の手段として取っておくことにしますよ」
「このありさまで、よくそんなことを言えますね。ただ私は、教師の責務として生徒に勉強を教えるだけなのですよ?」
「そ、そう言われると……、教えてもらった方が良い気がしてきたな……」
そもそも、すもも先生は理系科目の担当教員だ。
ともなれば、理科を誰も教えられない問題も同時に解決することが出来て合理的なのだが、その行為に裏が無いとも言い切れないだろう。相手はあのSランク運営だしな。
この魅力的な提案、受けるべきか否か……
そんなことを思考していると、思わぬところから横槍が入る。
「犬飼くんとの勉強は私たちだけでやりますので、桃辻先生は必要ないです。それと、犬飼くんと距離が近いので離れてください」
ニコニコと殺気立つ葵がそんなことを言ってのけた。ふむ。葵のこの感じ……、どうやら半ギレ状態だな。
「生徒に勉強を教えるのが教師の仕事でしょう。まあでも、懇願されても、あなたたちには教えませんが」
と、平常心でクールに反論するすもも先生。しかし、口調に棘が感じられた気がしないでもない。こ、怖ぇえええ……
んで、そこに翠が加勢に入る。
「よ、与一に勉強を教えるのは、桃辻先生ではなく私の役目ですから!」
「何を言い出すかと思えば、あなたたちは赤点常習犯の退学候補者でしょう。あなたたちが退学しても、犬飼のことは私が面倒を見るので安心して去ってください」
「あわ……、あわわ……!」
などと、そんな突然の修羅場に、緋色があわあわしだすのだった。
どうしよう。やっぱり勉強どころじゃないぞ。なんだこの状況は。
謎の一触即発な状況に戦慄する俺。
そこに新たな混沌を産み落とすのが未来だった。
「だったら、素直にデスゲームで決着をつけましょう。勝った方が与一くんとイチャイチャ出来て、負けた方が死ぬということで」
「ペナルティが雑に重すぎるだろ! あと、勉強しろ!」
何でもかんでもデスゲームで解決しようとするんじゃねぇ。だいたい常識人がそんなゲームに乗ってくるわけ――
「私は四対一でも構いませんよ。まとめてかかってきなさい」
乗って来ちゃったかぁ……。やっぱりデスゲーム運営は常識人じゃなかったようだ。
この界隈では、誰もが潜在的なデスゲ脳を有しているのかもしれないな……
「決まりね。でもそうなると、ゲーム内容を決める必要があるわね」
「ふむ、そうですね。例えば……、誰かサイコロなど持っていますか?」
すもも先生が問うが、誰も首を縦には振らなかった。当然、サイコロなんて常備しているわけがねぇしな。
と、周囲の反応を確認したすもも先生が続ける。
「まあ、それなら私が鉛筆を持っていますので、それに数字を振って代用しましょうか。ゲームの内容は、“丁半博打”。それでどうでしょう?」
すもも先生の問いに異論は上がらなかった。
ただ、そんな中で緋色だけがこっそり俺に聞いてくる。
「ねえ与一くん、丁半博打ってなーに?」
「んー、そうだな。簡単に説明すると、二つのサイコロを振って、その出た目の合計が偶数か奇数かを当てるだけのギャンブルだ。ルールもホントにそれだけだから、まったく難しいゲームじゃないぞ」
「へー、そうなんだ。うん、それなら私にも出来そう!」
と言って、頷く緋色だった。
丁半博打なら時間も掛からないし、決着後すぐに勉強会へ戻れるだろう。そういう意味では俺も異存はないな。まあ、あとのことは成り行きに任せるとしよう。
「では、決定ということで。これから準備をしますので、少し待っていてください」
と言って、すもも先生はスーツのポケットから筆記用具入れを取り出す。
消しゴムやホチキス、テープ糊なんかの文房具の中から、二本の鉛筆を取り出し、マジックペンで数字を振っていく。こうして、二つの簡易サイコロが完成した。
ちなみに、話し合いで決定したルールは次の通りだ。
“鉛筆丁半博打”ルール
サイコロの代わりに、六面の鉛筆二本にそれぞれ数字を振って使用する。
鉛筆を転がす前に、出目の合計が丁(偶数)か半(奇数)かを予想。
その後、鉛筆を転がし、予想が外れたプレイヤーは脱落する。これを繰り返し、最後まで残っていたプレイヤーの勝利とする。
本来の丁半博打では、予想の前に壺の中でサイコロを振るのが一般的なのだろうが、鉛筆で代用するという都合上、鉛筆サイコロを振るのは賭けの後になっている。
大きな相違点としてはそれくらいであろう。まあ、ゲームの進行上で目立った問題点は無いだろうけどな。どうせ確率は二分の一だし。普通に考えれば。
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