二章 テストと鉛筆サイコロは友達みたいなところあるよね

「では、さっそくゲームを始めようと思いますが、よろしいでしょうか?」

「ええ、構いません」


 代表して未来が返事をした。それを確認して、すもも先生が続ける。


「それでは、丁か半か、各々で選択してください」


 すもも先生が問うと、未来たちは四人で固まって相談を始める。

 その結果、葵と翠が丁、未来と緋色が半と予想。そして、すもも先生は半に賭けた。


 当然だが、未来たちには四人というアドバンテージがある。

 故にリスク分散をすることで、丁半どちらが出ても次のプレイヤーにゲームが続くような賭け方をしているのだった。


 最後までその方法を貫くのであれば、一人対四人という性質上、すもも先生は少なくとも三回連続で予想を的中させなければ勝てない状況だ。つまり、圧倒的に分があるのは未来たちの方だな。

 丁半の賭けを確認し、すもも先生が二本の鉛筆をテーブルに転がした。


「一投目……、ニイチの半」


 出目の合計は三。よって半を選んだプレイヤーの勝利だ。

 ここで葵と翠は予想を外して脱落か。


「ま、二分の一ですからね」

「そうね、何も問題は無いわ」


 少し残念そうにしながらも、素直に負けを認める二人。まあ、半々で賭けてればそうなるからな。予定調和ですらある。


 続いて残った未来と緋色は、それぞれ丁と半に賭けた。すもも先生は丁に賭けると宣言する。

 そして、また次の鉛筆が転がされるのだった。


「二投目……、シニの丁」


 出目の合計は六。つまり、丁だ。ここで緋色の脱落が決まった。


「あうう……」


 予想を外して項垂れる緋色。肩を落として身を引くのだった。

 まあ、五〇パーセントの確率なのだから、そう落ち込むことも無いだろう。


 しかし、逆に考えれば、すもも先生がここまで勝ち残っているというのが少々不気味でならない。でもまあ、確率上そんなにおかしなことでも無いのだが。


「先生、二連勝なんて悪運が強いわね……」

「所詮は運ゲーですから。こんなこともあるでしょう。されど、運も実力の内と言います。さて、次はどっちに賭けますか?」

「……私は丁にします」

「では、私は半で」


 未来は少し逡巡した後、次の出目を丁と予想した。当然、すもも先生は逆の半。

 勝負は分からなくなってきたな。単純に考えれば、勝率は半々だ。……まあ、“単純に考えれば”の話だけどな。

 そして、すもも先生が最後の三投目をテーブルに放るのだった。


「三投目……、ヨイチの半」


 出目の合計は五。

 ……ということはつまり、すもも先生の勝ち、だな。


「そ、そんな……ッ!?」


 驚愕の表情を浮かべる未来。しかし、それもそうだろう。すもも先生は圧倒的に不利な状況から、何の危なげもなく大逆転したのだから。


「マジで、すもも先生の三連勝かよ!? す、すげぇな……!」

「ま、私ほどの実力者であれば当然のことです。さてと、これで心置きなく犬飼とイチャイチャ出来ますね」

「あのー、勉強教えてくれるって話は、どこ行ったんですかね……?」

「無粋ですよ。今はいいじゃないですか、そんなこと」


 何も良くないんですが!? “NGワード試験”で赤点だったら、俺退学になっちゃうんですけど! やっぱり、これは俺に勉強させない為の妨害工作なのか……!?

 なんてことを俺が思っていると、不意に……


「待ってください! これはイカサマよ!」


 そう、はっきりとした声が上がる。

 突如、未来がそんなことを主張したのだった。


「桃辻先生がイカサマ……? 未来さん、それ本当なの?」

「普通に考えて、綺麗に三連勝なんてあり得ないわよ。トリックに違いないわ」

「二ノ瀬さん。仮にそうだったとして、どういうイカサマなのか、分かって言っているんですか?」

「ええ、見当は付いているわ。あの筆記用具入れの中、その文房具を利用したんじゃないかしら?」


 と言って、未来がテーブル上に置かれたそれを指さした。

 ……なるほどな。目の付け所は悪くない。


「言い掛かりですよ。私がどんなトリックを使ったというのですか?」

「そ、そうだよ未来ちゃん! 桃辻先生がイカサマだなんて……!」

「緋色さんはどっちの味方なのよ。純粋にも程があるわね……。いいわ、解説してあげる」


 そう言いながら、未来はすもも先生の筆記用具入れから、とある文房具を取り出す。

 そして、それを掲げながら、言葉を続けた。


「テープ糊。これを使って鉛筆に細工をしたんじゃないかしら」

「えっと、どういうこと……?」


 意味が分からず、こてんと首を傾げて問う緋色だった。


「例えば、一の面の対面側にテープ糊を貼れば、転がした際にその面がテーブルに接着して、必ず一が出るようになるでしょ。こうして、一と二の面が必ず出る鉛筆を、それぞれ作り出したのよ」

「な、なるほどね! 未来ちゃん、すごーい!」


 単純なトリックだけに、緋色もすぐに理解できたようだった。


「先生はきっと、普通の鉛筆、一が出るように細工された鉛筆、二が出るように細工された鉛筆の合計三本を持っていたのよ。先に細工無しの一本目を転がして、次に細工された鉛筆を振ることによって丁半をコントロールしていたということね」


 と、未来は解説を終えて、すもも先生の手元にある鉛筆へと視線を向けるのだった。

 確かに、その説明なら理屈は通ってるな。

 問題は、実際にそんな細工が施されていたのかどうかという点だ。


「そう疑うのであれば、確認してみることね」

「ええ、そうさせてもらいます」


 未来が手を伸ばし、すもも先生の持っていた鉛筆を確認する。

 が、しかし……


「イカサマの痕跡が、無いわ……! 他に鉛筆を隠し持っているってことは……」

「私のボディチェックでもしてみますか? まあ、存在しない証拠なんて出てはきませんけどね。犬飼、お願いします」

「な、なんで俺なんですか。未来がすればいいじゃないですか」

「私は犬飼に身体をまさぐられたいのですよ。どうぞ」


 と、両手を広げるすもも先生。その言い方だと意味合いが変わってませんかね……

 いったい、いつの間に俺はこれ程までの好感度を稼いでいたのだろう。不思議だ。


 とりあえず、俺はセクハラで訴えられたりしたら嫌なので、ボディチェックは未来に任せることにした。

 しかし、ポケットを漁れど、服の袖を調べてみても、ついぞイカサマの証拠らしいものは出てこなかった様子。


「ま、まさか、ホントにイカサマ無しで勝負に勝ったっていうの……!?」

「ふふ、気は済みましたか?」

「くぅ……、分かりました。今回は負けを認めます……」


 などと歯噛みをしながら、未来は悔しそうな表情を浮かべるのだった。

 それを見たすもも先生は、とても気分が良さそうに俺の腕を引く。


「では、犬飼は私と二人で勉強をするということで。あと、あなたたちの命は預けておいてあげましょう」


 と言って、すもも先生が隣のテーブルまで俺を引っ張って行って座らせた。

 まあいいか。それならそれで都合が良いこともある。


「ぐぬぬぅ。二ノ瀬さんが偽の証拠をでっち上げなかったばっかりに、犬飼くんが……」

「それを言うのなら、ノーマークだった葵さんが細工をしてほしかったわね」

「まあまあ。今回は運が悪かったんだし、仕方ないよ」

「それでも、与一がすもも先生の大人の色気にやられないか心配だわ……」


 な、なんか、隣のテーブルから凄い恨みがましい視線を感じるな……

 でも気にしたら負けな気がする。

 丁半博打での勝負は終わったのだ。ここからは勉強に集中するべきだな。

 とはいえ、この疑問だけは先に解決しておくとするか。気になるし。


「すもも先生。ちなみに、さっきのってどんなトリックを使ったんですか?」


 向こう側に聞こえないよう、俺はこっそりと問うた。


「トリックなんて何もありませんよ。『ラビリンス』のSランクであれば、テクニックで賽の目くらいコントロール出来て当然でしょう」

「え、マジですか。俺、そんなこと出来ないんですけど……」

「だったら、私が勉強の後にでも教えてあげますよ。さてと、まずは保健体育から始めましょうか」

「それテスト無いです」


 余計なことに時間を使わない為にも、俺は改めて勉強道具をテーブルに広げた。

 さーてと。まずは、すもも先生の担当科目でもある理科から教わるとしようかな。


「すもも先生、まずこの問題の解き方から教えてほしいんですけど」

「はい、私に任せてください。……って、これ三年生の教科書ですよ?」

「ああ、気にしないでください。個人的な興味です」

「感心しました。まさか、犬飼にそんな学習意欲があったなんて……」

「すもも先生のせい……お陰ですよ」

「ふふ、嬉しいことを言ってくれますね。いいでしょう。とことん教えてあげましょう」


 と、上機嫌ですもも先生は俺に勉強を教えてくれるのだった。

 やっぱり教師なだけあって、分かりやすい説明だな。これなら、俺でも理解できそうだ。


「与一くん、やっぱりイチャイチャしてるわね」

「だねー」

「殺意が湧きます。あは」

「こうなると、おいそれと退学なんて出来ないわね……、勉強しましょうか」


 これは俺の与り知らないことだが、未来たちの勉強に対するモチベーションは爆上がりしているのだったとさ。まあ、結果オーライってことで。俺は聞こえてないけどな。


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