一章 夏休み前のラスボス、期末試験
「ところで、どうして俺はこの別室に連れてこられたんですか?」
きっと、このタイミングですもも先生が正体を明かしてきた事とも繋がってくるのだろうということは想像に難くない。その理由は謎だったが。
「それはもちろん、犬飼と二人きりになる為に……、二人になって! 話さないといけないことがあるからです!」
「今の言い直す必要ありました?」
「コホン。微妙なニュアンスを言い間違えました。気にしないでください」
またしても恥ずかしそうに視線を逸らすすもも先生。
そして、誤魔化すように言葉を続けた。
「とにかく、本題に入りましょう。……以前、二ノ瀬未来さんの件で、犬飼は“友情人狼”に挑んでゲームをクリアしたようですね」
「あー、そうですね。そんなこともありました」
実はあの一件以降、俺は権利を放棄したはずのDランク昇格が成されていたのだった。
交換条件として提示した、翠の父親の会社に手を出さないという約束も、今のところ守られているらしいことは聞いている。
どういう気まぐれか知らないが、都合の良い方向に流れているのなら、わざわざ『ラビリンス』にわけを問い質す必要も無いだろうと放置していたのだった。
「そもそも、あのゲームを受けねばならなかった理由を、犬飼は覚えていますか?」
あの“友情人狼”に挑まないといけなかった理由か。
ええっと、確か……
「俺にデスゲームの不正介入疑惑があって、『ラビリンス』組織への貢献が認められればその処罰は無くなるって話だったかと」
「その通りです。そして、その組織への貢献という内容が“友情人狼”そのものでした」
ああ、思い出してきたぞ。
重症なデスゲ脳を患ったデスゲームのリピーター予備軍である未来に表社会で居場所を、つまり友達を作らせることが出来れば組織へ貢献したとみなされる。
ただし、普通に友達を作らせるだけでは生ぬるいと判断され、迷宮学園には友達になってはいけない“人狼”が潜んでいるというルールだったな。
「でも、それがどうかしたんですか?」
俺が問うと、すもも先生は呆れたような表情と口調で続ける。
「確かに犬飼は“友情人狼”をクリアしました。ですが、本来の目的である未来さんのデスゲ脳の改善がまったく見られません。故に、その件について、犬飼は責任問題を問われているのです」
「え、ええ……、そんなこと、俺に言われても……!?」
おいおい、あの一件は既に済んだ話じゃなかったのかよ。もういいじゃん、“友情人狼”はクリアしたんだし……
それに、未来のデスゲ脳は一朝一夕でどうこう出来るものじゃないと思うんですよね。
完治までには、もっと多大な時間が必要になってくるだろうし。
そんなことを思っていると、すもも先生が話を切り出す。
「そこで、犬飼にはまた新たな課題ゲームを受けてもらうことが決まりました」
「いやまたかよ! この組織はホント好きだな、そういうの!」
“友情人狼”に続いて、まーたゲームかよ……!
俺がそう突っ込むと、すもも先生は小さく不敵に笑ってから俺の正面に立ち塞がった。
「次のゲームは明確な対人戦です。何を隠そう、その相手が私なのですよ」
「な……ッ!? すもも先生が俺の相手だって……!?」
だから、このタイミングで正体を明かしてきたのか。
「犬飼には私とのゲームを通じて、二ノ瀬未来や他のデスゲーム生還者たちが表社会に適応できることを証明してもらいます。もし犬飼が私にゲームで勝てば責任問題は不問となり、負ければ重い処罰を受けてもらいます。……もちろん、あの邪魔な女の子たちもペナルティとして退学対象です。むしろ、こっちがメイン――いえ、間違えました」
「なんか微妙に本音らしきものが漏れていたような気が……いや、何でもないです」
「図書室でもそうでしたが、あの女の子たちが犬飼とイチャイチャしているのが悪いというか狡いのです。……どうして、私はダメであの子たちばかり……」
などという小声は、難聴系ラブコメ主人公の俺には聞こえな――
「――って、すもも先生! あの図書室でのこと見てたんですか!?」
聞こえないフリが出来ないことだったので、思わず確認を取ってしまった俺。だって仕方ないじゃん。わたし、気になります!
「犬飼に不純異性交遊をさせない為にも、私はあなたを負かすことになるでしょう。覚悟はしておいてください」
そう告げて来るすもも先生の目は本気だった。
しかし、よく分からんが私怨が動機っぽいのは間違いなさそうでもある。
デスゲーム運営として、それはどうなんだろうか……?
「それと、言い忘れていましたが、私が負けた際にも重いペナルティが発生しますので」
「ペナルティ……それって、いったいどんな……?」
「もし私が負けたら、犬飼の奴隷になります。どんな卑猥な命令をされても絶対服従です」
「その罰ゲーム、自己申告制じゃないですよね!? ホントに『ラビリンス』組織が決めたんですよね!?」
「ふふ、少しはやる気になりましたか?」
俺の質問には笑って誤魔化し、すもも先生は挑発するようにして不敵に笑ってみせた。
だいたい、すもも先生を奴隷にしたところで得なんて……………………な、無いし!
エッチな命令した想像なんて一切していないのであしからず。うむ。
「さて、そろそろ具体的なゲーム内容について触れて行きましょうか。とはいえ、それは私よりも適任な彼女にお任せしますが」
「? 彼女、とは……?」
俺が疑問に思っていると、不意に控室のドアが開く。
そして、元気いっぱいな明るい声が聞こえてくるのだった。
「あ、犬飼先輩! それと、すもも先生!」
ぴょんぴょん跳ねるようにして駆け寄ってくる白バニー姿の女の子。
一歩踏み出すごとに、破壊力抜群の豊かな巨乳が勢いよく揺れる。
そんな彼女の名前は卯野原月。
俺と同じく『ラビリンス』に所属するデスゲーム運営である。
歳は俺と同じなのだが、『ラビリンス』で働いている身としては俺の方が先なので先輩と呼ばれていたりする。
小動物のような低身長と可愛らしい瞳、肩口まで伸びた焦げ茶色の髪。そして何より、豊かに育った巨乳が目を引く女の子。
デスゲームに似つかわしくない元気で明るい性格の持ち主でもある。
「本ゲームのジャッジは、“友情人狼”と同様に卯野原さんが担当することになっています」
「なるほど、そういうことですか」
「はいっ! 私がお二人のゲームを仕切らせていただきますねっ!」
バニーの耳をぴょこぴょこ揺らしながら、卯野原は笑顔でそう宣言した。
そのまま卯野原は俺に視線を向けて続ける。
「ところで犬飼先輩っ! ある程度は既に聞いていると思いますが、未来さんのデスゲ脳は未だに改善されておりませんっ!」
「ああ、そうだな」
「“友情人狼”をクリアし、友達が出来たところまではいいですが、最終的な目的は未来さんを表社会に適応させることですっ! その認識は理解していますか?」
「当然、分かってるよ」
進展が薄いことに関しては、耳の痛い話だけどな……
「では、そこで犬飼先輩に質問ですっ。私たち学園生にとって、社会不適合と判断されるような状況とは何でしょうか?」
「えーっと、非行に走って退学とかか? あとは単位を落として、成績不振で留年するとか……」
「そうですね。まあ、未来さんは不良生徒では無いので、前者は心配要りませんが、後者はそうでもありません。もう直ぐ期末試験ですし、今まさに直面している問題かとっ!」
まったくもって、その通りだった。
未来は迷宮学園に転入する以前は中卒ということもあり、高校レベルの学力に追いつけていない。それは目下の問題でもある。
「あと、それに加えてですけど……、今まで犬飼先輩がデスゲームで担当してきた葵さん、緋色さん、翠先輩についても、一部の教科で赤点が危ぶまれているようですっ!」
「って、おいおい。未来だけじゃなくて、あいつらもかよ……!?」
というか、それ翠もなのか?
それは何かの間違いだと思うけどな……
「もっと言うと、成績だけなら犬飼先輩もかなりマズいですけどね」
「お前、そんなことまで知ってんのかよ……」
卯野原のジト目が俺に突き刺さる。
俺も人のことを言えない学力であることは自覚している。が、そこまで筒抜けとは。
「もし皆さんが留年でもするようであれば、社会への適応など到底不可能です。新たなデスゲームのリピーターを生まない為にも、犬飼先輩が自分で担当したプレイヤーなら、最後まで面倒を見るべきかと思います」
「まあ、その通りだな。そこに異存はねぇよ」
「ということで、今回のゲームは期末試験を利用させてもらうことになりますっ! その名も“NGワード試験”ですっ!」
などと、卯野原が大仰に豊かな胸を張って宣言した。
“NGワード試験”ねぇ……
何となくだが、ルールがタイトルから察しが付くようなゲームだった。
だが、この“NGワード”自体は、いったい何を示すのやら。
「ここからは具体的なルール説明になりますっ! まず、犬飼先輩、未来さん、葵さん、緋色さん、翠先輩には、迷宮学園で実施される期末試験を、通常通りに受けていただきます。ただし、そのテストで“赤点を取る”または“NGワードを回答する”のどちらかの条件を満たしてしまった場合、ゲームオーバーとなります」
「期末試験で“赤点を取る”は分かるとして、“NGワードを回答する”ってのはどういう意味だ?」
「“NGワード試験”開始時に、対戦相手であるすもも先生には、犬飼先輩たちが回答してはいけない“NGワード”を一つ設定してもらいます。そのワードを誰か一人でも解答欄に記入してしまったら、犬飼先輩たちの敗北となりますっ!」
なるほど。そういう意味での“NGワード試験”なのか。
つまり、チキンレースのようなゲームと捉えていいだろう。
プレイヤーになるべく多くの点数を取らせれば赤点からは遠ざかるが、得点を重ねればそれだけ“NGワード”を回答してしまうリスクも高まる。
これは、そういう駆け引きをするゲームだといえよう。
それにすもも先生は、テストを作成する側の教師という立場だ。“NGワード”は必ずテストに組み込むことが出来る。
「そういえば、すもも先生の担当科目って何でしたっけ?」
「私は理系科目の担当です。でも、だからといって“NGワード”が理系科目のテストに含まれるかは別問題ですよ」
まあ、それもそうだな。まったく関係の無い文系科目から“NGワード”を設定することだって出来るし、『ラビリンス』の立場を使えば、そのワードも担当教科以外に組み込めることだろう。“NGワード”を特定する為のヒントにはなり得ないか。
そして、卯野原が説明を続ける。
「ちなみに“NGワード”の回答はゲームオーバーだと説明しましたが、これに関しては即座に敗北となるのではなく、敗北を無効に出来る特殊ルールが存在しますっ!」
「特殊ルール……?」
「はいっ! まず、テストで“NGワード”が回答された場合、解答欄に記入された“NGワード”の総数が私から発表されます。その後、犬飼先輩には“NGワード”が、どの教科の解答であるか当てていただきます。見事に正解すれば、“NGワードを回答する”によるゲームオーバーは無効になり、全員が赤点を回避していればゲームクリアとなりますっ!」
ほーん。解答者側のカウンターのようなルールが存在するということか。
もし“NGワード”を特定出来ていれば、あとは赤点を回避することにだけに集中すればいい、と。まあ、そう簡単な話でもないけどな。
「ルール説明は以上になりますっ! いちおう、ルールをまとめたホワイトボードを用意してあるので、参照してくださいねっ!」
と、部屋の隅から、キャスター付きのホワイトボードを引っ張り出してくる卯野原。
そこには今までのルール説明がまとめられていた。やたらと準備がいいな……
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