三章 デート回、プール回、勉強会

「ど、どうして、すもも先生と卯野原まで、こんなところに……?」


 俺が問うと、すもも先生が腕を組み呆れた表情で答えた。


「卯野原さんにこの企みを聞いて、犬飼が若い衝動に流されるのを阻止しに来たのですよ」

「あ、ちなみに私は未来さんから聞き出しましたっ! 面白そうだったので、私が皆さんに話を広めておきましたっ!」

「卯野原、お前が元凶だったか……」


 軽いノリでケラケラと笑う卯野原だった。俺の隣では未来が悔しそうな表情をしている。

 察するに、きっと個人的なサプライズだったんだろうな。もともとは。

 だが、何らかの理由から計画が卯野原に漏れ、そして皆に広まってしまったと……


「桃辻先生、勝手に参加表明をされても困るのですが?」


 不服そうに未来が口を尖らせて言った。

 が、しかし……


「そもそも勝手にプールを使っているのは、あなたたちの方でしょう。私が使用許可をしたことにすれば丸く収まりますが、どうしますか?」

「くっ、仕方ないわね……、参戦を認めるわ」


 思わぬ反撃を喰らって、未来はすもも先生の参加を認めるのだった。俺の意思が介入しないところで。……俺の意見とかは聞いてくれないんですね。


「あ、私は巻き込まれたくないので、プールサイドで見ていますねっ!」

「なっ、卯野原! お前だけ狡いぞ!?」

「あはは、頑張ってくださいねーっ! 犬飼先輩っ!」


 ぱたぱたプールの端へと歩き去って行く卯野原。

 一方で、すもも先生は軽く準備運動をしてからプールの中へと入って来るのだった。

 そして、臨戦態勢の葵たちが言葉を続ける。


「フフ、血で血を……いえ、塩素で血を洗う戦いを始めましょうか」

「そういえば、これってどういうルールなのー?」

「それもそうね。未来さん、どうなのかしら?」

「ルール無用。いつだって死んだら敗者よ」

「その辺は決まってねぇのかよ……、まあいいけど」


 突発的なイベント故に、まったくルール整備がされていない様子だった。

 まあ、それなら普通に遊ぶ感覚で良いだろ。デスマッチなど知らん。

 ということで、適当に水泳部の部室にあったビニールのボールを拝借して、ルール無用のバレーボールを始めることになった。話の成り行きで。


「行くぞー! おらっ!」


 適当にボールをトスする俺。その先には葵が居た。


「死ねっ!」

「んぎゅっ!?」


 いや葵の掛け声ッ!? 鋭いスパイクが翠の顔面に突き刺さったのだった。

 え、そういうルールなの? 倒れた翠がプールに沈んでいったけど……!?


「なるほど、そういうことですか」

「え、え? ええー!?」


 すもも先生が納得し、緋色が困惑と驚愕の声を上げた。

 そうして、この瞬間からこの場所は、激しいデスゲームの戦場と化したのだった。

 ……どうして、こうなった?


「ふふっ。やっぱり、デスゲームはこうじゃないといけないわよね」


 何故かテンションを上げる未来。どうやらデスゲ脳が活性化しているようだ。

 その後、知らぬ間にビニールのボールの数は増え、弾丸が飛び交うような争いが激化していくのだった。まあ、主に暴れているのは未来と葵とすもも先生だったのだが。


 やれやれ、こんなのに巻き込まれていたら堪らないな……と、俺は早期に戦線離脱を決意して、プールサイドへと敵前逃亡を図る。


「おや、犬飼先輩……?」


 俺がプールから出ると、遠目から眺めていた卯野原と目が合った。

 そして、卯野原は俺の方へのんびりと歩いてくるのだった。


「お疲れ様です、あはは」

「まったくだな。休みに来てるのか疲れに来てるのか分かったもんじゃねぇよ……」

「えーでも、楽しそうじゃないですかー」

「そうか? ……まあ、そうかもな」


 なんて軽口を交わす俺と卯野原。お陰様で退屈している暇はねぇな。良くも悪くも。


「未来さんに感謝しないといけませんねーっ。あと、私にも!」

「はいはい。ありがとな」

「むー、もっと心を込めて言ってくださいよーっ!」


 プールサイドに立って水面を器用に蹴り飛ばしながら、卯野原がむくれて言った。そして、そのまま続ける。


「もともとは未来さんが一人で計画していたみたいですよ、これ。犬飼先輩が疲れているとのことだったので」

「ああ、そうみたいだな。卯野原はどこで、未来の計画を知ったんだ?」

「本人からですっ。室内プールの使用はどうすればいいのか聞かれまして。面白そうだったので、そのまま根掘り葉掘り聞いちゃいましたっ!」

「んで、皆にも言い触らしたと……?」

「あはは、私ったらお茶目さんですねっ!」


 悪びれる様子も無く、心底楽しそうに笑う卯野原だった。ったく、こいつは……

 まあでも、俺の知らぬ間に未来の相談相手になるくらいの仲にはなっていたんだな。


「ところで、卯野原はプールに入らないのか?」

「私、水属性が弱点なんですよね。なので、ここから犬飼先輩たちを眺めていることにしますっ! 私の心配なんかより、犬飼先輩は自分の心配をした方がいいと思いますよ?」

「ん、それはどういう――うおぉぉぉ!?」


 卯野原にそう問いかけた瞬間、不意に伸びた冷たい手に足首を掴まれ、そのままプールに引き摺り込まれるのだった。ざぶーんと勢いよく着水する俺。


「げほっ、げほっ!?」

「よ、与一くん!? 大丈夫!?」


 水を飲んで咽る俺に、緋色の心配する声が掛けられた。


「任せてください、犬飼くん。直ぐに私が人工呼吸を――ぷはっ!?」


 葵の顔目掛け、どこからかボールが飛んできて直撃した。


「あら、手が滑ったわ」

「あは、ぶっ殺します」


 そして、視界の隅で未来と葵がバレーボール(?)のデスマッチを始めるのだった。

 直後、不意に柔らかな感触が俺の背中に当たり、細い腕に抱かれる格好になる。


「おっと。私は足が滑りました。犬飼、私の身体を支えていてください」

「桃辻先生、今の絶対にわざとですよね!? 与一から離れてくださいよ!」


 ぎゃーぎゃーと喧しい声が、あちらこちらから聞こえてくる。

 何というか、マジで休まる気配がねぇな……いや、もう半ば諦めてたけどさ。

 と、そんな楽しくも騒がしい時間は、まだ暫く続くのだった。はぁ……




 あれから数時間が経過した頃。

 いい加減、遊び疲れたのか、皆してプールサイドに座り込みながら休息を取っていた。


「今日はもう、この辺にしておきましょうか」

「そ、そうだな。俺もマジで疲れたわ……」


 結局のところ、ゆっくり休まることも無く、身体を動かし続けた俺たち。

 これ以上、はしゃぐこともしたくなかったので、切り上げるには丁度いいだろう。

 そう俺は思っていたのだが、すもも先生から思わぬ声が上がった。


「最終的に誰が勝ったのか、デスマッチの決着はついていませんよね。このままでは消化不良なので、犬飼に勝者を決めてもらいたいです。例えば、そうですね……、誰が最も魅力的だったか、とかで」


 などと、そんな提案をするすもも先生だった。ちっ、余計なことを……


「フフ、そうですね。犬飼くんが選ぶのであれば、文句はありません」

「あ、私も賛成!」

「あら、いいですね。そういうことなら与一に決めてもらいましょ」

「どうかしら、与一くん。自己判断で構わないから、誰が勝者か選んでくれるかしら?」


 他の全員も賛同らしく、期待したような瞳が俺を捕らえるのだった。

 ええ……、俺が結論を出すのかよ……

 しかしまあ、返事を有耶無耶に出来るような雰囲気でもねぇしなぁ。

 しゃーない。俺も腹を括るか。


「分かった。俺がこの中から一人の勝者を決める。誰を選んでも、文句を言うなよ?」


 俺が聞くと、全員が静かに頷きを返してくる。

 よし。なら、発表するか。


「俺が選ぶ勝者は……」


 生唾を飲むような音が聞こえた。それだけの静寂。

 皆一様に緊張して、俺の言葉に集中しているのが伝わってくるようだった。

 そして、俺はその結論を口に出した。


「えーっと……、卯野原? 俺が唯一リラックス出来たのは、あいつと話していた時の一瞬だけだったからな」

「え、私ですかっ!? やりましたー! 私が優勝ですーっ!」


 少し離れたところで、事の成り行きを見守っていた卯野原が飛び跳ねる。

 きゃいきゃいと嬉しそうにはしゃいでいた。

 と、その一方で、


「「「「「……」」」」」


 他の連中は何とも言えない表情で絶句していた。

 肩透かしでも喰らったようだが、これが俺の導いた結論である。文句は言わせない。

 やっぱり、水中デスマッチなんてしないで平和なのが一番だよなってことで。


 結局、余計に疲れるくらい色々とあったプール遊びだったが、不思議と今は気分がスッキリしていた。

 うん、良い気分転換になったな! また明日からも頑張れそうだ!


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