四章 疑似デスゲームとすもも色デート
期末試験を来週に控えた、この日の放課後のこと。
「犬飼。明日、私とデートをしてください」
「え、嫌ですけど」
俺は突然すもも先生に呼び出しを受けたかと思ったら、デートの誘いを申し込まれたのだった。意味が分からん。来週、期末試験だっつってんだろ。
「淑女の誘いを無下にするなんて、失礼だと思わないのですか?」
「教師がテスト前の生徒をデートに誘うとか、失礼だと思わなかったんですか?」
「む、相変わらずですね、犬飼は」
「そりゃどーも。アイデンティティは大事にしようと思ってるんで」
さてと、これで話はお終いだな。
人の居ない放課後の廊下とはいえ、教師と生徒がデート云々言っているところなど見られたくないからな。さっさと撤退するに限る。
そう思って、俺はすもも先生の横を通り過ぎようとしたのだが、すもも先生もまた俺の行く手を阻むように身体をスライドさせた。
「あの、すもも先生……?」
「ではこうしましょう。私が犬飼にゲームで勝ったらデートをしてもらいます。もし私が負ければ、その時は期末テストの解答を一部だけ教えてあげますから」
「いや急になに言い出すんですか……」
出たな、デスゲ脳の片鱗が。何でもかんでもゲームで解決しようとしやがって。
まあでも、まだ命を賭けようとか言い出さない分マシだけどな。
「時に犬飼。“NGワード試験”の方はどうでしょうか? “NGワード”を見破る策の一つでも用意できましたか?」
探るようにして、すもも先生が問うてきた。が、
「こっちはまず、赤点回避でそれどころじゃないですよ……」
「そうですか。まあ、伸るか反るか、このゲームを受けてみてもいいのではないですか? もし私に勝てれば、テストの解答が手に入ります。仮に負けたとしても、私とデートをするだけなのですから、実質ノーリスクかと」
「ん、まあ確かに。そう言われると、魅力的な提案には聞こえますけどね」
「では、決まりということで。卯野原さん、用意したゲームの説明をお願いします」
俺はまだ了承なんてしてねぇだろ。勝手に話を進めるんじゃねぇ……
というか、卯野原もここに居たのか?
そう疑問に思っていると、廊下の曲がり角、すもも先生の背後側から不満顔の卯野原が姿を現すのだった。
「あのー! 私、そんなことの為だけに呼び出されたんですかー? 個人的なゲームなら、勝手にやってくださいよーっ!」
むすぅっと頬を膨らませ、ジト目ですもも先生を見やる卯野原だった。
「あなたはEランク、そして私はSランク運営です。上の命令には従うべきなのですよ」
「ええー、パワハラですよーっ! 私、訴えますからねっ!」
「いったい、どこに訴えようというのですか……、デスゲーム運営の闇は深いのです。諦めて、私に従いなさい」
「うわーん! 『ラビリンス』なんてブラック企業ですっ!」
そりゃデスゲーム運営組織なんて真っ黒だろうな。アンダーグラウンドな業界だし、無法地帯だし、治外法権だし……最後のはニュアンスが違う気がするな。
「卯野原、お前も大変だな」
「他人事みたいに言ってますけど、犬飼先輩のせいですからねっ!」
「俺だって被害者みたいなもんだろうが……」
何を企んでいるのかは知らないが、すもも先生のデート云々の為に巻き込まれたのは俺だって同じだ。
しかも、何故か俺がゲームを受ける前提で話が進んでるし……、まあいいや。こうなったら俺も腹を括ろうじゃないか。どうせ、ほぼノーリスクだしな。
「さて、卯野原さん。ゲームの進行をお願いします」
「うぅ……、仕方ないですね。では、ルールを説明します。と、その前に、今回やるゲームは“ドローンハンティング”です。『ラビリンス』でも行われる正規品ゲームですが、犬飼先輩は知っていますか?」
そんなことを聞かれる俺。しかし、心当たりは無かった。
「いや知らないけど……、そんなもん学校でやって大丈夫なのか? 『ラビリンス』のデスゲームなんだろ?」
「もちろん、今回は安全仕様で設定と調整をしてあります。テストプレイモードだと思ってくださいっ」
「ふーん。なるほどな。で、ゲーム内容は?」
俺が問うと、卯野原は曲がり角の影から準備していたらしいアタッシュケースを引っ張り出してくる。それを開け、中の機械を弄ると、一機のドローンが空中に浮遊した。
本体から伸びる四つの羽が回転して機体を浮かせる、一般的なイメージ通りのドローンだった。ただし、一カ所だけ見慣れない筒状の装備が付いていたけど。
「ルールは至ってシンプルです。スタンドアローンで逃げ回るドローンを用意しましたので、これを捕まえるか破壊したプレイヤーが勝利となりますっ!」
「……ん、それだけか?」
「はいっ、それだけですっ!」
拍子抜けするくらい、ホントにシンプルなゲームだな。まあ、分かりやすくていいか。
「んじゃ、とっとと始めちまおう。勉強する時間も確保しないといけないからな」
「っと、待ちなさい。追加ルールを提案します」
俺が制服のブレザーを脱ぎ捨て、足首を伸ばして準備運動をしていると、不意にすもも先生から待ったが掛かった。
「そんなに難しい内容ではないですよ。卯野原さん、あなたも犬飼に加勢しなさい」
「ふぇ? 私も、ですか……?」
目を丸くして答える卯野原。
こいつはジャッジを担当することは多かったが、実際にゲームをするのは初めてなんじゃないだろうか。というか、すもも先生はどうして自ら不利になるような提案を……?
「卯野原さんは犬飼の隣に居ることが多いようですが、そこに相応しいのはあなたではありません。ついでに、それを証明してあげましょう」
まさかの、ただの私怨だったか……
あのプールの時、俺が卯野原を勝者に選んだことを逆恨みでもしているのだろうか。
「私は別に構いませんけど……?」
ちらと俺を一瞥する卯野原。
「俺も卯野原との共闘で問題は無い。むしろ、こっちが有利になるのなら、願ったり叶ったりだ」
「では、そういうことで。あと、二対一になるハンデとして、私はスリーパーくんの中に入らせてもらいますが、よろしいでしょうか?」
「あの着ぐるみの中に……? まあ、全然いいですけど……」
スリーパーくんの着ぐるみなんかに入ったら、逆に動きにくいんじゃないだろうか?
そんな俺の疑問を余所に、すもも先生はどこから持ってきたのか、その着ぐるみの背中のチャックを開けるのだった。
◇
その後、全員分の上着を空き教室に置いて来てから、卯野原が校舎内の一角で自律行動ドローンを放つ。これでゲームの準備は整ったか。
『キャハハハ! さあ、僕と楽しいデスゲームを始めようよ!』
「す、すもも先生……、スリーパーくんの中に入ると、マジでキャラ変わりますよね……」
『文句あんのかこら! ぶっ殺すぞ!』
その口汚いファンシーな羊の化け物は、やけに生き生きとして見えるのだった。
未だに中の人が、ホントにすもも先生なのかは半信半疑である。実際、着ぐるみの中に入るところを見ていてもな。
「それでは、ドローンの方も準備はおーけーですっ! 合図が出たら、ゲームスタートになりますっ!」
浮遊したドローンの一部が赤く点滅を始めた。
数秒後、その点滅が緑色に変わり、ドローンが一気に加速して廊下を飛んでいく。
もし通行人にでも当たれば大事故になりそうだったが、既に周辺の人払いは済んでいるとのことだった。準備がいいことで。
「行くぞ、卯野原!」
「はいっ! 行きましょーっ!」
廊下を駆ける俺と卯野原。俺たちは二人で飛び立つドローンを追って行った。
その際、俺はちらりと後方を見やったが、案の定スリーパーくんの動きは鈍く、見る見るうちに距離は遠ざかっていくのだった。やっぱり、あれ動きにくいよな……
とまあ、それはいいとして。
暫くドローンを追っている内に、俺たちは廊下の端までそれを追い込むことに成功する。
なんだ。案外、呆気なくゲームは終わりそうだな。
……と、そう思っていた時だった。
突如ドローンの挙動が変わり、バンッッという鈍い音が廊下に反響したのだった。
「え、ちょっと待て!? あいつ、何か撃ってきたぞ!?」
「そりゃそうですよ。もともとはデスゲーム用のドローンなんですら、殺傷能力くらい持っていますって」
「なっ!? そんなジェノサイドマシーンだったのか、あれ!?」
「といっても、今はテストゲーム用のゴム弾ですけどね。まあ、当たれば痛いですが」
その間も遠慮なくバンバン撃ってくる殺戮ドローン。ちょ、やめ、危ねぇ!?
そんな中で、卯野原はちゃっかり俺を盾にして、飛来する弾丸を避けていやがった。
「おい、卯野原!? 先輩を盾にするやつがあるか!?」
「女の子を守るのが男の子の役目で、後輩を守るのも先輩の役目ですよっ!」
「安全地帯から無責任なこと言いやがって――ぐはっ、痛った!?」
「あはは。私を守ってくれる犬飼先輩、とってもカッコ良いですよっ!」
けらけらと笑う卯野原。こいつ、勝手なこと言いやがって……
まあ、卯野原に怪我されるよりは確かにマシだが、なんか納得いかねぇ俺だった。
そんなことをしていると、白いもこもこが俺の視界を過るのだった。
『ぶっ壊してやる! 喰らえぇ!』
風を切るような鋭いパンチが、スリーパーくんの短い腕から放たれた。しかし、旋回したドローンには当たらずに空を切る。
『ちっ』
スリーパーくんの攻撃を避けたドローンは、銃撃で抗戦するが、ゴム弾を喰らったところで着ぐるみにダメージなど通らない。なるほど、その為の着ぐるみだったのか。
「やべぇ、先越されそうだな」
「そうですね。私たちも急ぎましょうっ!」
逃げ回るドローンを追って、スリーパーくんの後姿がどんどん小さくなっていく。
ちっ、とにかく今は我武者羅に追いかけるしかねぇか。
幸いにも機動力だけなら、こっちの方が上だしな。
……と、暫くの間、俺はそう思っていたのだが。
「犬飼せんぱぁーい。ま、待ってくださいよぅ……」
情けない卯野原の声が遠く後方から聞こえてくる。あいつ、足遅せぇのな。
ったく、そんなんじゃ、スリーパーくんにも置いて行かれちまうじゃねぇか。
そう思って、卯野原の方を振り返る俺。
「…………っ!? そ、そういうことか……!?」
俺に追いつこうと、必死に走ってくる卯野原の姿を見て、すべてを理解した。
……あいつの巨乳、走るのに邪魔なのか!? 道理で足が遅いわけだよ!?
一歩踏み出すごとに、豊かな胸がゆっさゆっさとダイナミックに跳ね上がる。
その光景を見た瞬間、俺はすべてを許した。まあ、それなら仕方ないよね。
しかし、長距離だと速力ですらスリーパーくんに劣るのは問題だ。となると、最後はもう頭を使うしかねぇよな……
俺は走るスピードを落として、卯野原の隣を並走することに。
このままだと、すもも先生が先にドローンを捕らえてしまいかねないので、俺と卯野原は適度に走りながら一つの策を講じることにした。
「――と、そんな感じで頼むぞ」
「了解ですっ!」
俺たちは二手に分かれ、廊下を別々の方向へと走っていく。
やがて、鈍足なスリーパーくんを撒いたのか、単機で浮遊するドローンを見つけた。
どういうプログラムだかは知らないが、俺が一定距離近づくと、ドローンが廊下を逃げるように飛び、弾丸を乱射してくる。
「くっ……!」
多少、弾に当たるのはこの際、仕方ない。痛みはあるが、我慢するだけだ。
俺は自らを囮にして、ドローンを徐々に追い詰めていく。
そうして暫く追っていると、とある廊下の角が見えてきた。っし、誘導は成功だな。
廊下が垂直に交わる角。
そこで、先回りしていた卯野原が姿を現した。タイミングはバッチリだ。
「とおっ!」
助走のまま、勢いよくジャンプする卯野原。ついでに、大きなおっぱいも激しく揺れ……っと、違った。躍動する巨乳に目を奪われそうになるが、何とか理性にブレーキを掛けてドローンを見やる俺。
本体が曲がり角に差し掛かるまで、搭載されたセンサーは壁を挟んだ卯野原を捉えることなど不可能だろう。そこが、こいつの死角だ。
突然出てきた卯野原により、ドローンは正常な挙動が出来ず、ふらふらと不安定な飛行を続ける。
しかし、その不規則な旋回によって、狙いを定めていた卯野原の手は空を掴むことに。
だが、まだその先には俺が居る。
「犬飼先輩っ!」
「おう、任せろ!」
咄嗟の声に反応して、俺はドローンへと手を伸ばす。これで、俺たちの勝ちだ。
即席での共闘関係にしては、やけに息の合ったコンビネーションだったな。懐かしい。
……ん、懐かしい? 俺、なんでそんなこと……
と、そんなことに気を取られ、僅かに手元が狂う。
指先に触れる軽い感覚。だが、それを取るには手の位置が遠過ぎた。
「やべ……」
しまった。絶好のチャンスを逃した。そう思った時には、すべてが遅かった。
ふらふらとした挙動で逃げるドローン。
その先には、大きく跳躍したスリーパーくんの姿があった。
『キャハハハ!』
悪魔のような嗤い声を響かせ、勢いよく拳を振り下ろす羊の化け物。
鈍い音が廊下の床に叩きつけられた。ひしゃげたドローンの破片が散乱する。
こうして、“ドローンハンティング”ゲームは幕を閉じたのだった。
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