四章 疑似デスゲームとすもも色デート
◇
「勝負ありですね。犬飼」
したり顔で満足そうに俺を見やるすもも先生。
額からは汗が流れていたが、良い笑顔を浮かべていた。着ぐるみ、暑かったんだろうな。
ちなみに、スリーパーくんの着ぐるみは、ゲームが終わってから直ぐに脱いだのだった。
「参りました。惜しかったとは思うんですけどね……」
素直に負けを認める俺。
「ま、ハンデはあったにせよ、よく善戦したと褒めてあげましょう。最後の最後で、詰めが甘かったようですが」
「んぐっ。それに関しては、何も言い返せないです……」
あと一歩、俺が余計なミスをしなければなぁ。協力してくれた卯野原にも悪いことをした気分になる。クソ、もう少しだったのに。
「ぐぬぬ、これで犬飼先輩はすもも先生と一緒にデートですか……。私のせいで、犬飼先輩の貞操が散るのだと思うと、とても心が痛いです。私が先に好きだったのにっ!」
「何の心配をしてるんだ、お前は……」
「あはははー」
冗談めかして悪戯っぽく笑う卯野原。まあ、実際に冗談なのだろうが。
申し訳なく思っていた気持ちが嘘のように晴れるのを感じた。むしろ、嘘であってほしかった。
「さて、せっかくなので、期末テストの解答は犬飼に渡しておいてあげましょう。好きに使ってください」
と、すもも先生に一枚のプリントを渡される俺。
その用紙を見ると、特定の教科や問題の答えではなく、全教科からランダムで二〇個ほどの“解答だけ”が羅列しているようだった。まあ、こんな感じだ。
『羅生門 honest sign テルミット反応 1024 遡及立法の禁止 解体新書 colour 太宰治 close こころ 需要曲線 塩化カリウム believed アデニン 216 101325 おくのほそ道 escape マクロ経済』
……うーむ。
俺がゲームに負けたのに、わざわざ渡してくる辺り、明らかに怪しく感じるな。
「もしかしてこれ、解答一覧というよりは、“NGワード候補”の集まりなんじゃ……」
「さて、どうでしょうか。もしかしたら、この中に“NGワード”が紛れ込んでいるかもしれませんし、ただのブラフの可能性だってあり得ますよ」
まあ、そうだよな。もし、この中に“NGワード”があるのだとすれば、この答えをすべて解答しなければ“NGワード”を踏むことは無い。
だが、それだけ解答できる問題が減るということは、単純に点数が取れず、赤点に近づくリスクがあるということでもある。
「というか、それ以前にカニングなんじゃないですかね、これ」
教師が生徒にカンニングを促していいのかよ……
まあ、俺をデートなんかに誘っている時点で今さらか。
「解答は問題とセットで覚えなければ無意味です。結局のところ、勉強は必要なのですから、ズルではありませんよ。まあ、考え方次第でしょう」
「そういうもんですかね……?」
「はい、そういうものです」
そう平然と答えるのだった。すもも先生がそう言うのなら、まあいいか。
これを使えば点数は伸びるのだろうが、“NGワード”を回答してしまうリスクは高まる。
とりあえず、権利の一つとして受け取っておくことにするか。
実際に使用するかどうかは、その後の成り行きで決めればいい。
「分かりました。いちおう貰っておきます」
「そうしてください。私なりのお礼ですから」
と、小さく微笑むすもも先生だった。
これを素直に受け取り過ぎると、後で痛い目を見そうで怖いな。
「それでは明日のデート、楽しみにしています。詳細は追って連絡しますね」
最後に笑顔を向け、機嫌が良さそうな軽い足取りで、すもも先生はこの場から立ち去っていった。
なんだか、その後姿からは楽しそうな雰囲気を感じ取れるかのようだった。
「犬飼先輩っ、いつの間にあんな大人の女性を口説き落としていたんですかっ?」
「知らねぇよ。俺が聞きたいくらいだ」
素っ気なく答えると、卯野原はジト目で俺を睨んできた。
いや、知らんもんは知らんし……
残された俺と卯野原はそんなやり取りをした後、床に散らばったドローンの破片を片付けてから、一緒に帰路へ就いたのだった。
すもも先生、どうせなら片付けまで手伝ってから去ってほしかったなぁ……
◇
そして翌日、土曜日。
すもも先生の指定により、『ラビリンス』寮から程近いショッピングモールへと来ていた。
休日ということもあり、どこもかしこも人で賑わっている。
そんな中でも、一際目立つ美人な女性が、俺の元へとやって来るのだった。
「犬飼、お待たせしました」
「俺もついさっき来たところなんで」
と、形式的なやり取りをする俺とすもも先生。
実際、俺がここに着いたのはマジで数秒前だった。遅刻しなかった自分を褒めたい。
まるで、“実はデートが楽しみ過ぎて待ち合わせの一時間前に着いてしまった”かのような雰囲気を醸し出しつつ、俺は次のステップへ。
あとは、女性の服が似合っているということを事務的に褒めるのがデートの作法だ。
普段のスーツ姿とは違い、今日は私服姿のすもも先生。
上品そうな白のブラウスに、深紅のロングスカート。オシャレなサイドショルダーのバッグというシンプルながらも大人っぽいコーディネートだった。
「犬飼? そんなにじっと見つめて、どうかしましたか?」
「ああいえ。服装のことを事務的に褒めるつもりだったんですけど、マジで似合ってたんで言葉に困ってたというか……」
「その言葉は嬉しいのですが、心構えが失礼ですね。まあ、犬飼らしいですけど」
つい余計な本音が出てしまったが、すもも先生は呆れた表情を浮かべただけだったので良しとしよう。
「んで、どこ行きますか? カラオケ、ゲーセン、ボーリング……、ここなら何でもありますけど」
「ふふっ、そんな子供っぽい場所行きませんよ。大人のデートをするのですから」
不敵に笑うすもも先生。
子供っぽいと言われても、実際に子供なのだから仕方ない。しかし、そうなると、ベタだが映画を見に行くくらいしか浮かばないな。
俺が行き先に困っていると、予め行く場所を決めていたのか、すもも先生が提案する。
「実は行きたいところがあるのですよ。付いて来てください」
「あ、ちょっと……」
俺の返事を待たずに、先を行くすもも先生。
まあ、すもも先生がリードしてくれるなら、それに越したことは無いか。大人の遊び場なんて知らねぇしな。俺は黙って付いて行くだけだ。
そして、少しばかり歩いたところで、すもも先生が足を止める。
「着きました。ここです」
「えっと……、家具を見るんですか?」
んで、俺たちが到着したのは大型インテリアショップだった。
見渡す限り一面に、椅子やテーブルなどの家具、果ては巨大なぬいぐるみなどの雑貨が陳列されている。広すぎてフロアの奥が確認できないくらいだった。
なるほどな、何となく大人っぽい気がしないでもない。こういうところで雑貨なんかを眺めているのも、意外と楽しかったりするものだ。
「将来的に一緒に住むとして、どういう部屋にしたいか考えましょう。その為の家具屋です。楽しみですね」
ちょっと思っていたのと違ったんだが……!?
「それは、いくら何でも大人のデートが過ぎるんじゃないですかね。俺なんて将来どころか一寸先も闇なのに」
「安心しなさい。犬飼の将来は私が照らしてあげますから」
「それは教師としての言葉で合ってるんですよね。進路指導的なことで……」
「さて、それはどうでしょうね」
と言って小さく笑い、意気揚々とフロアの奥に足を踏み入れるすもも先生だった。
まあ、すもも先生が楽しそうだからいいか……
よし、こうなったら俺も適当にウインドウショッピングを楽しむとしよう。
そんな軽い考えで居たのだが、中々どうして意外と楽しくテンションが上がる俺だった。
「このテーブルとかいいな。『ラビリンス』寮にあるやつだと小さいんですよね」
「そうでしょうか? 昔、私も寮生でしたが、あのサイズで十分だと思いますけど」
「アロマキャンドルとかもあるのか。部屋の匂いとか気になってたし、買っておくか」
「そんなこと気にする性格でしたっけ? なんか意外ですね」
「あ、これ見たことあるな。デカいサメのぬいぐるみ。部屋に置きてぇ……」
「ふーん。犬飼にしては、可愛い趣味ですね」
とまあ、正直なところ、すもも先生よりもはしゃいでいた自覚はある。
若干だがインテリアなんて見て何が楽しいんだよ、みたいなスタンスで足を踏み入れたにしてはダサいくらいに楽しんでしまった……
あの『ラビリンス』寮にあるテーブルも未来と二人で使うと狭く感じるし、部屋の匂いとか未来が気にしてたしなぁ……と、そういうことを考えながら見ていると、色々と買い揃えたくなってしまうのだった。
「犬飼。何故か分かりませんが、私とのデート中に他の女の子のことを考えていたりしませんか……?」
「え、やだな。そんなわけないじゃないですか」
ほら、サメのぬいぐるみとか純粋に俺が欲しかっただけだし……
そんな風にインテリアを見て回ること二時間ほどが経過して、俺たちは店の出入り口まで戻って来たのだった。
「いやぁー、インテリアショップもまあまあ楽しめましたね」
「まあまあという評価をしたとは思えないほど買い込んでるじゃないですか……」
俺の両手には大きな買い物袋が……四つか。エンジョイし過ぎだろ、俺。
さすがに持ち歩くのは面倒だったので、宅配サービスを使って『ラビリンス』寮まで届けてもらうことにした。いちおうデート中に、この荷物は邪魔過ぎるし。
「まあいいです。犬飼も楽しんでくれたようなので。では、次に行きましょうか」
「そうですね。行きましょう」
ということで、俺とすもも先生はショッピングモールにある次の店へ向かった。
独特な匂いのする空間。それと、聞こえてくる動物の鳴き声。
そう、俺たちがやって来たのは……
「ペットショップです。ふふ、癒されますね」
「へー。すもも先生、動物好きなんですか」
「家族は多い方が良いでしょう? どんな子を飼いたいか見ておきたかったのですよ」
「あ、さっきの話、まだ続いてたんですね……」
デート中に将来設計とか、効率厨の極みみたいなことしてんな。今のところ皮算用で終わること請け合いだが。
そんな俺の考えなど関係なしに、すもも先生は店内を眺めながら歩いて行く。
俺も後ろから付いて行き、暫くするとすもも先生がとある一点を見つめて足を止めた。
見ると、そこには一匹の黒い毛並みの犬が居た。
「この子、可愛いですね」
「そ、そうですかね……なんか生意気そうな顔してますけど……」
「そこが良いのですよ。将来、もし私が独り身だったら、与一と名付けて飼いたいです」
「絶対にやめてください」
いつまで引き摺るつもりなんだよ。拗らせすぎだろ……
さっきから過剰に将来を見据え過ぎてるんだよな、このデート。
すると、すもも先生は床置きされた狭い柵の中へ片手を入れ、その犬を撫でようと腕を伸ばした。のだが……
「ガウッ!」
「痛った!? か、噛まれました……!?」
咄嗟に手を引っ込めるすもも先生。そして、不満顔のジト目でその犬を見やる。
「『ラビリンス』のSランク運営に噛みつくとは。良い度胸ですね……!」
「グルルルルゥ……」
親近感沸くなぁ、この犬。急に可愛く見えてきたぜ。
そう思って柵の中に手を差し伸べると、俺は普通に撫でさせてくれた。
「おう、可愛いやつめ」
「ど、どうして犬飼だけ……」
「俗世に噛みつく駄犬同士、シンパシーというか、仲間意識を感じたんでしょうね」
その間も、よしよしと撫で続ける俺。犬、可愛いな。
あの『ラビリンス』寮で飼えないのが残念なところだった。
「む……、そろそろ次に行きましょうか。私の将来設計に、ペットは不要そうですので」
「そうですか。んじゃ、またな犬」
俺が言うと、犬は「ワンワンッ」と元気に鳴いて送り出してくれたのだった。
そして、少しへそを曲げたようなすもも先生の後を追う俺。まあ、こういうのは動物との相性だからな。そういうこともあるだろう。
ペットショップを出て、人通りの多いメインストリートを進んでいく俺たち。
こうして見ると、人の数も増えてきたな。きっと夕方前ということもあり、最も客で込み合う時間帯なのだろう。
ん、待てよ。あれは……
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