五章 過去の私
しかし、何もかもが上手くいくというわけではなく、私にとって大きな誤算もあったのでした。
これは四月の中旬くらいのこと。ある日の放課後。
ふと犬飼とスキンシップを取りたくなった私は、彼を捜して校内を歩き回っていた。
あのボサボサな黒髪を撫でるのが、密かなマイブームだった。
やがて、図書室に居る犬飼の姿を発見する。
放課後はだいたい、ここか生徒会室に居ることが多いということは知っているのですよ。
私は犬飼に声を掛けるべく、そっと彼に近づくのだったが……
「私はこの小説が好きなんです。あの、犬飼くんは愛読書とかありますか?」
「そうだな、いちおうはあるぞ」
「へー、なんだか意外だね。与一くんって本とか読むんだ!」
「そこの辞書とか、頻繁に借りてるな。枕の高さに丁度いいんだよ」
「ふーん。……って、読んでないじゃない!?」
「言われてみれば。愛読書じゃなくて愛枕だったわ」
と、そこでは犬飼ハーレムが形成されているのでした。おとなしそうな女の子、元気なショートカットの女の子、清楚で上品そうな女の子が犬飼を取り囲んでいる。
は……? どうして……?
また、でした。一度や二度ではない。私が見る限り、犬飼は頻繁にこうして女の子たちとイチャイチャしているのでした。
「むぅー……!!!!」
悔しくて歯噛みする私。少し離れたところから、私は犬飼の様子を観察していた。
これは、どう考えてもおかしいです。どうして犬飼は、私以外の女の子とイチャイチャしているのですか!
まるで納得いきません! 一年前、犬飼は私をフッたくせに、他の女の子とは仲良くしているなんて……!?
いやでも……、と私は思い直す。
そういえば、一年前に犬飼は「他に好きな子がいる」と言っていた気がします。もしかしたら、あの中に犬飼の本命の子が居るのかもしれない。もしそうであれば、強力な恋のライバルになり得ますね……
落ち着くのですよ、私。ここは一度冷静に、犬飼と関係を持つ人物を調べるのです。
――それから一週間ほどで、私は犬飼の交友関係を一通り洗い出した。
そして、ある日の放課後のこと。
おおよそ知りたい情報を得ることが出来た私は、久しぶりに犬飼の姿を捜すことに。
生徒会室の窓から中の様子を窺うと、そこに犬飼の姿があった。……他の女の子たちと一緒でしたが。ぐぬぬ、またしても……! しかも一人増えているじゃないですか!
私は扉付近で聞き耳を立て、彼女たちの会話を探ることにした。
すべての会話は聞き取れなかったが、おおまかな話声は判断することが出来る。
そこで聞こえてきた会話はというと――
「それにしても、未来さんはスマホを持たないの? 葵さんや緋色さんはいいとして、未来さんは与一を経由しないと声を掛けられないのよね……」
「私自身は必要と感じたことは無いですね。持っていないのが当たり前の生活をしていたので。それに、アプリから始まる系のデスゲームにも巻き込まれなくて済みますし」
――という内容や、他にも――
「未来ちゃん、スマホって便利なんだよ! えっと、これが動画アプリで、こっちがツイッターで……」
「へえ」
「ずいぶんと未来も打ち解けてきたなぁ……」
「ふん。私としては敵が増えただけですけど」
――という、何気ない日常の雑談が聞こえてきたのだった。きっと、こういう何でもない風景が、青春の一ページになるのでしょうね。それが、少しだけ大人になってしまった私の目には羨ましく映った。
しかし、それだけに不可解でもある。
こんなにも可愛い女の子たちに囲まれ、しかも好意まで向けられているにも関わらず、犬飼は誰とも男女の関係を作ろうとしないのでした。
私とて日々、犬飼に積極的なアプローチをかけていましたが、それにしても無頓着というか、反応はイマイチだったのです。
私の調べでは、この学園に犬飼の想い人は居ないはずはず。であれば、犬飼の好きな人とは、いったいどこに居るのでしょうか? 迷宮学園ではないとするならば……
「まさか……!?」
思い至る当てがあり、私は無意識に声を発していた。
もしや、犬飼の好きな相手は、迷宮学園ではなく『ラビリンス』の同僚なのでは……!?
であるとするならば、学校での交友関係など調べていても、核心に迫る情報など出るわけがないのです。
こうしてはいられません。『ラビリンス』での、犬飼の情報を集めなくては……!
と、私は直ぐに生徒会室を離れ、職員室で帰り支度をすることにした。
幸いなことに、『ラビリンス』組織であれば、私の権力をフルに使うことが出来る。
きっと、迷宮学園での交友関係を調べるよりも簡単に情報を集められることでしょう。
――そうして、私はSランクの権力を行使して、犬飼に関する『ラビリンス』での過去を調べ始めたのでした。
そんな、ある日のこと。
私は『ラビリンス』本部にある運営資料室で、犬飼の個人資料を読み漁っていました。
犬飼の想い人は誰なのか。その真実を知る為に。
「…………」
しかし、犬飼のことを調べれば調べるほど、私の想像とはかけ離れた黒い情報が出てきたのだった。
犬飼自身が過去に『ラビリンス』のデスゲームをクリアしていること、それが一緒に参加していたプレイヤーの死によって達成されたこと、上層部の一人が犬飼を利用しようと企んでいるらしいこと……
私が思っていた以上に、犬飼には壮絶な過去があったようです。
また、犬飼には数々のデスゲームに不正介入していたという疑惑があった。それも、かなり確信に近い疑惑だった。
何故、そんなことを……? まず、大切な人をデスゲームで失っていながらも、『ラビリンス』に属する理由は? それに、デスゲームへの不正介入など、いったい何のメリットがあってやっていることなのか……
辻褄を合わせるのであれば、これは『ラビリンス』への“復讐”なのでしょう。
白崎厘さん。
彼女こそが犬飼の想い人だと見ていいでしょう。そして、白崎さんを失った犬飼は今も尚、強い復讐心に囚われている。きっと、彼女の亡霊に取り憑かれているのです。
私は、それが不憫でならなかった。
復讐は虚しいという。しかし、それが本当かどうかは、私には分からない。
それでも、私は犬飼に明るい未来を生きてほしかった。
復讐なんて忘れて、彼女のことなど忘れて……、それは酷なことなのかもしれないですが、犬飼にそう生きてほしいというのが私のエゴだった。
デスゲーム運営なんて辞めて、私と一緒になってほしい。それが私の描く理想。
何か……、何か、きっかけがあれば……!
私が犬飼を復讐から解き放つチャンスさえあれば……!
そう願いながら、私は犬飼の資料をより一心不乱に読み続けた。
すると、私はやがて白崎厘さんに関する、とある真実に辿り着くことになった。
「こ、これは……!? そんなことが……!?」
もし、犬飼がこの事実を知れば、きっと今より少しだけ前向きな人生になるでしょう。
ただし、それは私の理想が遠くなることと引き換えなのでした。
私の中で大きな葛藤が生まれる。
しかし、それでも私は犬飼のことを想ってここまで来た。であれば、私は私のワガママなエゴを最後まで貫く。
でも、もしこの情報を扱う時が来るとすれば、それはきっと私が犬飼を復讐から解き放つ勝負の時なのでしょう。
いつか、そんな日が訪れるのであれば、私は絶対に負けられませんね。
それが私なりの愛なのですよ。そして、きっと“二度目の告白”を……
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