六章 ○○しないと出られない部屋

 さて、翌週からついに期末試験が始まるわけだが、俺たちの学力は現状どの程度なのかというと……意外なことに、悪くない仕上がりだった。

 テストで高得点は無理だとしても、最低でも赤点を回避するくらいの学力は、皆の身についていたのだった。


 着実に日々の勉強の成果が出ている。これなら、“NGワード試験”でも赤点による敗北は心配しなくてもよさそうだな。……未来以外は。

 そう。唯一、未来だけはあまり学力が伸びておらず、不安要素が残る状況が続いていたのだった。中卒というハンディキャップも影響として小さくはない。


 しかし、そんな未来のことをサポートしてやるのが俺の仕事であり使命である。

 そこで、俺は考えた。いったい、どうしたら未来の学力を上げることが出来るのか……?


 結論としては……、まあ勉強させるしかないよね。当たり前だけど、勉強をしないで学力が伸びるわけがないのだ。

 しかし、未来の勉強に対するモチベーションを作ってやることは、俺にも出来るはず。

 何か良いアイデアは無いものか……、そうだ! 天才的なアイデアを思い付いたぞ!


 ということで、次の日。

 日曜日の朝のことだ。


「与一くん、いったい何をしているの……?」


 ダサジャージ姿の未来が、怪訝そうな表情で俺を見つめていた。

 俺は手元のガムテープや工具を持ち、その作業を続けながら答える。


「ここから出られないように、玄関のドアを封鎖してるんだよ。DIYとか初めてだったけど、ドア塞ぐくらいなら意外と何とかなるもんだな。ああ、窓の方は既に封鎖済みだから」

「ど、どうして、そんなことを……? これからデスゲームでもするの……?」

「ククク、そんなところだ。実は、未来にぴったりな勉強方法を思いついてな」

「この状況が、どう勉強と関係するのかしら……?」


 首を傾げ、俺の奇行と板で塞がれたドアをジト目で睨む未来だった。

 それと、ちなみにDIYとは“デスゲーム、今から、やるよ”の略である。


「まあ、とりあえずこの看板を見てくれ。んで、察してくれ」

「ええっと……、『二人で一〇〇点を取らないと出られない部屋』……?」


 塞がれたドアの上に取り付けられた看板の文字を読み上げる未来。それこそが、今から俺と未来で挑むデスゲームのタイトルだった。


「んじゃ、ルール説明するからな。よく聞いとけよ」

「流れるようにデスゲームを始めるわね……、無駄に手際が良いし……」

「唐突にデスゲームを始めることなんて、運営委員に取っては朝飯前だ。まあ、実際に朝食前なのだが、それにも理由がある」

「えっと、どういうことかしら……?」


 そう疑問を口にする未来に向けて、俺は用意していた一覧表を掲げて見せる。


「その名の通り、このデスゲームは俺と未来が二人で同一のテストに挑み、一〇〇点を取らないと部屋から出られないというルールだ。いつまでも一〇〇点が取れないと、いずれ部屋の物資が尽きて死ぬことになる」

「結構、悠長なデスゲームなのね……。食料の備蓄だって、まだ残っているわけだし」

「だが、このゲームの恐ろしいところは、物資が自由に供給されないという点にある。そこで、この一覧表を参考にしてもらおう」


 ということで、この表の一部を簡潔にまとめたものがこれだ。



 『物資供給表』

 二〇点 → 水

 三〇点 → 朝食

 五〇点 → 昼食

 七〇点 → おやつ

 八〇点 → 柿ピー

 九〇点 → 夕食

 九九点 → 一日外出券 ……などなど。



「与一くん。この物資供給表は、どういう意味なの?」

「例えば、二人で一緒にテストを解答していき、三〇点を取れるようになったとしよう。その場合は、水と朝食が貰える。と、そういうルールだ。ちなみに、水以外を貰えるのは一回きりだから注意してくれ」

「ふーん、そういうことね。……って、よく見たら地下の強制労働施設みたいなことが書いてあるわね……」

「とにかく、今日はこんなルールで勉強していこうと思う。二人で頑張ろうな」


 と、俺は一覧表を未来に手渡しながら諭すのだった。

 これこそが俺の考え出した、デスゲ脳を活性化させて勉強を促すモチベーション維持方法だった。

 程良く緊張感を高め、集中して勉強が続けられるのではないかと思っている次第。

 これなら、しっかり確実に学力向上に繋がることだろう。知らんけど。


「うーん、でも……」


 不満そうな表情を浮かべて、未来は手元の一覧表を見つめていた。


「今日一日で終わるくらいに調整してあるけど、少し過酷だったか? もしあれならテストの難易度を下げたりも出来るけど……」

「いいえ、そうじゃなくて。これじゃあまだデスゲームとして甘いと思うの。もっとリスクがあった方が面白いと思うわ」

「いや、そっちのダメ出しかよ!?」


 デスゲ脳は自分からデスゲームをより過酷にしたがるのか……


「そうね、テストに挑むチャレンジを一度失敗するごとに、部屋の温度を一度上げるのはどうかしら」

「同じ字だけにってか。でも、知っていると思うけど、今、夏だからな? エアコン切ったら、その先は地獄だぞ」

「じゃあ、その代わりチャレンジに成功した場合のご褒美を追加するのはどうかしら。この部屋から出られたら、与一くんとデートが出来る権利が貰えるとか。その方がモチベーションも上がるわ」

「まあ、それくらいなら構わないけど……、なんか死亡フラグみたいだな」


 俺、この部屋から出たら彼女とデートに行くんだ……! うーん。やっぱ、デスゲームだったら死にそうなやつのセリフだな。まあいいか。


「それじゃ、決まりね。与一くん、さっそくテストを受けましょう」

「あー、そういえばルールを一つ伝え忘れてたな。テストの前には自由に勉強時間を設けてもいいけど、どうする?」

「初めからテストで良いわよ。朝食もまだだし、お腹が空いたわ」

「それもそうだな。よーし、さっさとやっちまうか」


 ということで、俺たちは玄関から部屋に戻って、テーブルにテスト用紙と筆記用具を広げたのだった。


「このテスト、五教科複合でそれぞれが二〇点の配分なのね」

「ああ。ちょうどいい問題集があったんだよな」

「ふーん。それじゃあ、国語から順に解いて行きましょうか」

「ん、そうだな」


 俺の隣に未来が座り、二人で一緒にテスト用紙を覗き込む。すると、不意に未来との距離が近くなり、ちょっと意識してしまう俺。……っと、いかんいかん、俺が集中しないでどうするんだ。未来はこんなに真面目に勉強しているというのに。


 そう思って未来の顔をチラっと一瞥すると、その横顔も少しばかり頬が赤く染まっている様子だった。

 未来も感じることは同じだったか。そう思うと、俺は少し安心出来たのだった。


「与一くん、その……、少し、恥ずかしいわね……」

「ま、まあ……、なんだ。あんまり気にするなよ」

「この問題、まったく分からないわ。恥ずかしい質問なのだけれど、古文って日本語なの?」

「いや、そっちかい!?」


 顔が近くて照れていたのは俺だけだったらしい。その事実が余計に恥ずかしかった。

 お、俺もテストに集中しよう。んで、真面目に問題を解くとしよう……


 それから、あーでもないこーでもないと二人で言い合いながら問題を解き続け、およそ三〇分の時が経過した。

 テストの問題を一通り解き終え、俺が採点をした結果……


「三五点か。なんつーか、微妙だな」

「まあ、一回目の挑戦にしては悪くないんじゃないかしら。水と朝食の条件はクリアしているし」

「それもそうか。よし、とりあえず朝食にしよう」

「ええ。直ぐに作っちゃうから、ちょっと待っていてね」


 と言って、立ち上がる未来。だが、俺はそんな未来の手を引きながら呼び止めることに。


「まあ待て、未来。デスゲーム中くらいは、手を抜いたっていいじゃないか」

「与一くん、何を言っているの? デスゲームで手を抜いたら死ぬわよ?」

「そうじゃなくて、料理の手間のことだ。コンビニで色々と買ってある。部屋を出るまでは、これでもいいだろ」


 そもそもこのデスゲーム、というか勉強会は未来の学力を伸ばす為にやっていることだ。

 極力、未来には勉強以外で労力を使ってほしくないからな。


「そうね。与一くんが言うのなら、そうしようかしら」

「そーしてくれ。サンドイッチとかでいいか? 片手で食べながら勉強も出来るし」

「ええ、それで構わないわ」


 ということで、俺が買ってきていたコンビニのサンドイッチを食べながら、テストで間違えた箇所や、分からなかったところを復習していく。


 それと、さっきの挑戦でペットボトルの水と朝食は手に入ったが、一〇〇点を取るというチャレンジは失敗しているので、エアコンの温度は一度上昇させてある。

 今はまだいいが、これから失敗が続いていくとなると、体力的にもゲームがきつくなっていくことだろう。何なら、いずれ暖房に切り替わるまである。


 未来の追加ルールに則り、出来るだけ少ない試行回数で一〇〇点満点を取りたいものだ。

 そんなことを考えながら、俺は未来と一緒に勉強を続けたのだった。


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