六章 ○○しないと出られない部屋

   ◇


 さて。

 ここまで、なんやかんやと大変な時間を過ごしたが、ついにこの瞬間が訪れたのだった。


「ひゃ……、一〇〇点、達成だぁぁぁああああああ!!!!」

「や、やったわね! 与一くん!」

「おう! やったな、未来!」


 無駄にテンションが爆上がりして、ハイタッチを交わす俺と未来。

 そして、即座にエアコンの設定を冷房に切り替え、リモコンの『温度を下げる』ボタンを連打する俺。もう氷点下とか絶対零度まで下げてやる気分だった。


「はぁー、エアコンの風が涼しいわね……。ほら、与一くんもこっちに来て」

「ん、ああ。そうさせてもらうわ」


 未来の横に立ち、送風の冷気を全身で浴びる。おおう、なんて気持ち良いんだろうか。

 よし。何はともあれ、これで『二人で一〇〇点を取らないと出られない部屋』は無事にクリアだな。


「こんなに勉強したのは、人生で初めての経験だったわ。これなら、期末試験も無事に乗り越えられそうね」

「そうだな。これだけ勉強したことが身についていれば、赤点は絶対に無いだろう」

「ふふ。これも与一くんが、私の勉強に付き合ってくれたお陰よ。ありがとね」


 俺の顔を覗き込み、純粋な笑みを浮かべてお礼を述べる未来だった。

 でもその、未だに下着姿だったので、なんかシュールな感じになっていたのだが。


「まあ、俺よりも未来が頑張った結果だろ。だから、自信を持ってくれ。にしても、よくここまでに頑張れたな」

「当然よ。私が退学になって、与一くんと離れ離れになるなんて絶対に嫌だもの。与一くんとずっと一緒に居られるのなら、私はどんなデスゲームだって頑張れるわ。だから、これは与一くんのお陰なのよ?」


 未来は悪戯っぽく口元を吊り上げると、上目遣いで俺を見つめてきた。熱暴走の結果なのか、その顔は耳まで朱色に染まっているのだった。


「そ、そうか……それなら、俺のお陰ということにしといてやろう。せいぜい感謝することだな」

「はいはい。ホントにありがとね、与一くん!」


 と、冗談めかして笑う未来。そんな未来のことが、やけに可愛く見えるのだった。

 少し恥ずかしくなり、俺は目線と一緒に話を逸らすことにした。


「そろそろ良い時間だし、夕食にするか? 九〇点を超えた時の分、まだ食ってなかったしな」

「んー、その前にお風呂に入ってこようかしら。早く汗も流したいし」

「言われてみれば、それもそうだな。俺も汗でベタベタだ」

「それじゃ、一緒に入る? お風呂」


 首を傾げて、そんなことを問う未来だった。思わず、心臓がドキリと跳ねる。


「じょ、冗談言ってないで、さっさと入ってこいよ。俺はドアと窓の解放作業しながら待ってるから」

「別に冗談で言ったつもりはないのだけれど……、まあいいわ。先に入ってくるわね」

「おう、そうしてくれ」


 俺がそんな返事をすると、未来は脱ぎ散らかしたダサジャージを持って、脱衣所へと向かって行った。

 やれやれ。暑くて汗が止まらないのは、いったい何のせいなのやら……

 俺は火照った顔を、エアコンの冷風でしっかり冷やすことにした。ふへー。


「あ、そうだ。与一くん」

「うおぅ!? び、びっくりしたぁ……、なんで戻って来たんだよ?」


 見ると、ちょこんと佇む未来が居たのだった。

 完全に気を抜いていたところだったので、情けないくらいにガチビビりしてしまったな。


「驚き過ぎよ。それより、あの約束のこと、忘れていないわよね」

「ん、約束って……?」

「この部屋から出られたら、一緒にデートしてくれる約束のことよ」

「ああ、そんな追加ルールもあったな。安心しろ、しっかり約束は守るよ」


 こんなにも未来は勉強を頑張ってくれたのだ。ご褒美にデートするくらい、なんてことはない。むしろ、何なら俺が役得まである。


「それじゃ、期末試験が終わったらお願いするわね、与一くん。楽しみにしているから」

「おう、りょーかい」

「その確認をしたかっただけだから。今度こそお風呂に入ってくるわね」

「へいへい」


 そして、未来はぱっと笑みを浮かべてから、再び脱衣所へと向かって行くのだった。

 しかしまあ、あれだけ楽しみにされると、こっちのハードルも上がるなぁ。

 せめて、少しでも楽しんでもらえるようなデートプランは考えておかねぇとな。

 まあでも……


「その前に、あっちのことを考えるのが先か」


 俺は教科書や問題集などの勉強道具を片付けながら、自分のスクールバッグから一枚のプリントを取り出す。

 これは、以前の“ドローンハンティング”ゲームで、俺がすもも先生から貰った期末試験の解答一覧だった。

 俺は改めて、それに目を通しながら思考を働かせる。



『羅生門 honest sign テルミット反応 1024 遡及立法の禁止 解体新書 colour 太宰治 close こころ 需要曲線 塩化カリウム believed アデニン 216 101325  おくのほそ道 escape マクロ経済』



 見ての通り、プリントには問題文などの記載も無く、教科もバラバラで“解答”だけが羅列されている。

 今、俺が最優先で考えるべきことは、当然“NGワード試験”のことである。

 未来たちはテストの点数を伸ばす努力を十分にしてくれたのだ。となれば、あとは俺がこのゲームを攻略するだけだ。


 “NGワード”は何なのか。どの教科に属しているのか。

 俺はそれを見極めて、すもも先生に……Sランク運営に勝たなければ、未来とデートをする約束すら果たせなくなってしまう。

 “NGワード試験”で、突破口になり得る情報は、このプリントの解答一覧だろう。


 この一覧の中に、“NGワード”が含まれているのか。それとも、ただのブラフで一切そんなものは関係しないのか。


 もし前者であれば、この解答をすべて記入しないことで、“NGワード”による敗北のリスクは回避できる。

 しかし後者であれば、拾えたはずの点数をまんまと捨てることになり、赤点に近づくというリスクを抱えてしまう。


 普通にテストを受ける分には赤点の心配など無いだろうが、それぞれの点数配分すら分からない中で、皆に解答を捨てるだけの余裕があるかどうか……

 そう考えると、このプリントの解答をすべて捨てるのは、非常にリスクが高い行為であると言えるだろう。

 せめて、事前に数問だけでも、“NGワード”ではない安全な解答が絞り込めれば良いのだが……


「いいや。それが分かれば、そもそも何の苦労も無いんだよなぁ」


 と、そんな独り言を呟く俺。

 手に持ったプリントをじっと見つめていても、何が分かるわけでもない。

 もう、期末試験は数日後に控えている。だが、現状“NGワード”の候補はまったく見当が付かない。

 どうにかして、“NGワード”を炙り出す為の策を練らないといけないのだが……


 でも、このゲームで俺に出来ることなど、本当にあるのだろうか。

 あの“NGワード試験”が開始された日、すもも先生は既に特定の“NGワード”を設定している。

 いったい、すもも先生はどこまでの展開を予想して“NGワード”を設定したのか。

 このプリントを俺に渡すことを、その時点から決めていたのだとしたら……?


 んー。でも、だから何だというのだろうか。

 考えても考えても……いや、考えれば考える程に思考が空回りする。


「もういっそのこと、わざと“NGワード”を踏みに行くか……? いや、それは意味が分からねぇな。マジで」


 今日は何時間もの勉強を続けていたせいで、きっと頭がおかしくなっているのだろう。

 やれやれ。相当、疲れてやがるな、俺。

 ったく。自分から敗北条件の一部を満たして、いったい何になると――


「いや待てよ……」


 もしかしたら、それも“NGワード試験”の攻略法なんじゃないか……?

 いや、まさかな。

 一度はそう思い直すものの、どうしても俺はその可能性を模索してしまうのだった。


   ◇


 そして、あれから数日の時間が経過した。

 期末試験を翌日に控えた日の放課後。

 俺は図書室に皆を集めて、テストに関する最後の作戦会議を行った。


「――というわけで、多少の迷惑を掛けることになると思うけど、全員で協力してくれると助かる」


 言って、俺は皆に向かって頭を下げた。

 すると、


「私は構いませんよ。犬飼くんのことは信じていますので」

「私も大丈夫だよ! 与一くんの頼みだもんね!」


 葵と緋色は二つ返事で快く俺のお願いを了承してくれるのだった。


「ありがとな、二人とも」

「いえいえ、良いんですよ。これで犬飼くんに貸しを作れるのなら、安いものです」

「うん、気にしないで! 与一くんの力になれるなら、私も嬉しいから!」


 と、葵と緋色はそんなことを言ってくれるのだった。ありがたい限りだ。

 そして次に、翠は少し呆れたような表情と不憫そうな目で俺を見やって言葉を続ける。


「そう。与一ったら、また何かの面倒事に巻き込まれているのね。ま、理由は深く聞かないわ。私で良ければ、利用されてあげるわよ」

「助かる。ありがとな、翠」


 翠は“友情人狼”の一件があったせいで、何となく俺の置かれている状況を察してくれたのだろう。

 余計な詮索をするようなことも無く、俺に利用されてくれるらしい。

 んで、最後は未来だが。


「なるほどね、分かったわ。やっぱり、どこで身構えていても、デスゲームは突然始まるものよね。もちろん、私は与一くんの力になるわ」

「うーん。まあ、ありがとな……」


 納得までのプロセスに不満というか不安があったが、協力してくれるのであれば文句は言えないな。まあいいか。こういう時こそデスゲ脳は都合良く使わなくては。


「それじゃ、明日の期末試験、皆で頑張ろうな!」

「「「「おー!」」」」



 ――そして翌日、ついに“NGワード試験”の雌雄を決する期末試験が始まったのだった。


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