最終章 “NGワード試験”ゲーム

「お疲れ様ですっ! 犬飼先輩っ!」


 期末試験終了後の放課後。

 指定された空き教室に入ると、卯野原が開口一番に労いの言葉を掛けてきた。


「まあ、お疲れ様ではあるんだけど、こっからが本番だからな……」

「あはは、それもそうですねっ!」


 緊張感の無い声で笑う卯野原だった。

 その一方で、不敵な笑みを浮かべて佇むすもも先生が口を開く。


「無駄話をする余裕があるなんて、随分と自信がありそうですね。犬飼」

「んー、そりゃあ俺も負ける気はありませんから」


 たとえ相手がSランクの強敵であろうと、勝負をする前から負けを考える程、愚かなことはしない。

 俺はこの“NGワード試験”で、すもも先生を越えるつもりだった。


 いや、越えなければならない。

 今日という日まで、未来たちはテストで点数を伸ばす努力をしてくれたのだ。

 その頑張りに報いるのが、俺の義務であろう。


「さて、それでは早速ですが、期末試験の結果発表に移りましょうか。私の手元には、解答者サイドのプレイヤーである皆さんの解答用紙があります。こちらを参照して、もし二九点以下を取っていたプレイヤーが存在すれば、犬飼先輩の敗北となりますっ! その認識は、よろしかったですか?」

「ああ、問題無い。発表してくれ」

「了解ですっ! それでは、皆さんのテスト結果を確認いたしますねっ!」


 そう言うと、卯野原は手元のバインダーに視線を落とし、その内容を確認した。

 そして、小さく息を呑んでから、言葉を続ける。


「では、全員分の結果を学年とクラス順に発表していきますっ! 翠先輩――赤点なし。葵さん――赤点なし。緋色さん――赤点なし。犬飼先輩――赤点なし。そして、最後に未来さんは……」

「――――――――ッ!」


 卯野原の息継ぎで嫌な間が空き、背筋に緊張が走った。

 いや、大丈夫だ。未来だって、あれだけの勉強に心血を注いでくれたのだ。赤点のわけがないだろ……!

 大丈夫……、大丈夫だ……ッ!



「未来さん――赤点なし。プレイヤー全員が赤点回避でしたっ!」



「よしっ! これなら、このゲームで俺の負けは無――」

「ですがっ!!!!」


 と、俺が言いかけた瞬間、卯野原が間髪入れずに強い口調で口を挟むのだった。

 落ち着き、一拍あけて卯野原は続ける。


「ですが、“NGワード”の解答数は、合計で五回になりました……」

「んなッ――――!?」


 言葉に詰まる俺だった。

 “NGワード”が解答された……!? 五回、ってことは、全員分の解答だけど……

 クソッ……! やっぱり、そう簡単に勝たせてはくれねぇか……!


「ふふっ、私の罠に嵌りましたね。犬飼」


 口角を吊り上げ、大きな余裕を孕んだ表情を浮かべるすもも先生。

 腕を組み、勝ち誇ったように俺を見やるのだった。


「やっぱ、あの解答一覧の中に、“NGワード”が含まれていたんですね」

「さあ、どうでしょうか? どう捉えるかは、犬飼次第です。何せ、まだ“NGワード試験”は終わっていないのですから」


 そうだ。まだゲームは終わっていない。

 すもも先生に設定された“NGワード”が、どの教科に属しているのか当てることが出来れば、このゲームは俺の勝ちになるというルールがあるからだ。

 でも……


「正直、俺にはどれが“NGワード”なのか見当は付いていません」

「そうですか。意外と弱気なのですね」

「それでも、俺はこのゲームに勝ちますよ。解答一覧の中に“NGワード”があると分かった時点で、このゲームには必勝法が生まれるんですから!」


 そう、俺が自信満々に答えると、すもも先生は鋭い目つきで、俺の様子を観察するようにじっと睨みつけてくる。


「必勝法、ですか……?」

「ええ、その通りです。すもも先生から貰った、あの解答一覧。今、ここで利用させてもらいます!」


 折り畳んでポケットに仕舞っていたそれを取り出し、広げて胸の前で掲げる。

 明らかに怪しげな“NGワード”の罠だったが、少しでも点数を伸ばす為に、俺は敢えてリスクに乗っかっていたのだった。

 そして、この解答一覧こそが、俺の編み出した必勝法の糸口でもあったのだ。


「犬飼。いったいどういうことか、説明してくれますか?」

「もちろんです。まず、この一覧をよく見てください」


 俺は手に持ったプリントを、すもも先生の見えやすい位置でしっかりと掲げた。

 記載されている内容は、次の通りだ。



『羅生門 honest sign テルミット反応 1024 遡及立法の禁止 解体新書 colour 太宰治 close こころ 需要曲線 塩化カリウム believed アデニン 216 101325  おくのほそ道 escape マクロ経済』



 それを見せたまま、俺は話を続ける。


「見ての通り、該当教科もバラバラで解答だけが羅列されています。まず、これを教科ごとでグループ分けをします」

「なるほど。そこまでは、至って自然な思考プロセスですね。並びがバラバラであれば、普通は整理したくなるものです」


 俺は頷きを返して、プリントの裏面をすもも先生に見せた。

 そこには、手書きでグループ分けした解答が記載されている。



 国語グループ『羅生門 太宰治 こころ おくのほそ道』

 数学グループ『1024 216 101325』

 英語グループ『honest sign colour close believed escape』

 理科グループ『テルミット反応 塩化カリウム アデニン』

 社会グループ『遡及立法の禁止 解体新書 需要曲線 マクロ経済』



 とまあ、こんな感じだ。


「次に、それぞれのグループのワードを解答する担当者を決めます」

「? どういうことでしょうか?」


 すもも先生は首を傾げて、俺に問うた。


「これをすることによって、最終的に“NGワード”の該当教科が絞り込めるんですよ。この時のポイントは、担当していないグループのワードは、絶対に解答用紙に記入してはいけないということです」


 俺は別のメモ用紙を広げて、担当者一覧をすもも先生に見せる。

 メモ用紙の内容は、こんな感じだ。



 担当者一覧

 与一【国        】

 葵 【国 数      】

 緋色【国 数 英    】

 翠 【国 数 英 理  】

 未来【国 数 英 理 社】

 ※担当していないグループのワードは、たとえ答えが分かっていたとしても解答してはいけない。



 それを見てから、すもも先生は感心したように視線を俺に向けるのだった。


「なるほど。では、敢えて聞きますが、これをどう使うことで“NGワード”の教科を絞り込めるのですか?」

「そうですね、例えば……、すもも先生、解答一覧の中から、仮の“NGワード”を一つ設定してくれませんか?」

「では、適当に“sign”でお願いします」

「んじゃ、今は俺が設定された“NGワード”を知らないという体で話を進めますね。卯野原。“sign”が“NGワード”だった場合、合計の解答回数は何回になる?」


 俺が聞くと、卯野原はバインダーに綴じられた解答用紙をペラペラと捲って、それを確認する。


「えーっと、合計で三回ですねっ!」

「と、この様に、“NGワード試験”のゲーム処理によって、合計の解答回数が発表される。そして、この担当者一覧を参照すると、解答回数が合計三回になるのは、英語のみ。つまり、“NGワード”は英語の教科であることが分かる、というトリックです」


 まあ、この方法では、“NGワード”そのものを特定することまでは出来ない。

 しかし、“NGワード試験”のルールでは、どの教科に属するのかだけを当てればいいので、これで十分ともいえる。


「ですが、明らかにおかしい点がありますよね」

「おかしい点ですか?」

「はい。だって、この五人の中で、一人だけ受けているテストの内容が違うのですから」


 と、そんな疑問を口にするすもも先生だった。

 それもそうだ。プレイヤーの中で翠だけは三年生であり、受けるテストの内容が二年生と異なれば、担当グループで解答不可能なワードが存在するはずである。また逆も然り。

 しかしまあ、そこはルールの穴を突かせてもらったのだった。


「そこは無理矢理ですけど、間違いだと承知の上で、間違った解答をテストに記入すればいい。今回のゲームで、解答したワードが正解か不正解かは問われていないんだから」


 となれば当然、たとえ問題の答えが分からなくても、担当したグループのワードは解答用紙に記入出来るわけだ。


「なるほど。そういうことでしたか」


 うんうんと頷くすもも先生。

 というか、翠だけ学年が違うのだから、そもそも通常なら“NGワード”の解答回数が五回になるわけがないのである。

 最大でも二年生の人数分、つまり四回以内になるのが自然だった。

 でも、だからこそ、“NGワード”が解答一覧の中に含まれているということを俺が確信出来たのだった。


「とまあ、“NGワード試験”の事情を全て説明したわけじゃないですけど、未来たちには事前に俺が指定したワードをテストの解答欄に記入するように頼んでおいたんですよ。逆に、担当していない教科のワードは、絶対に記入しないでくれとも。そしたら、あいつら余計な詮索もせずに協力してくれたんです。ありがたいことに」


「そうでしたか。犬飼は信頼されているのですね」

「みたいですね。まあ、あいつらとはそれなりの付き合いですから」


 俺が言うと、すもも先生はそっと優しそうに微笑むのだった。

 まるで、教え子の成長でも見守るかのように。


「ここまでの策を考え出すとは、さすがですね、犬飼。それでこそ、私が惚れた相手なのですよ」

「へいへい、そりゃどーも」

「犬飼は、もっと自分を誇るべきです。しっかりと、このゲームの攻略法に辿り着いたのですから」

「そこはまあ、いつだって俺は自惚れてるんで、心配ご無用ですよ」


 なんて軽口を叩いて、俺は卯野原を一瞥する。すると、卯野原もゲームの続きを促すようにして言った。


「では、犬飼先輩。“NGワード”がどの教科なのか、宣言をお願いします」

「合計の解答回数は五回……なら、この表を参照すれば、“NGワード”の教科は一目瞭然だな。俺が宣言するのは、当然――――“国語”だ!」

「はい。宣言した教科を、確かに確認しました」


 卯野原がそう言い切った瞬間、穏やかな静寂がこの場を包んだように思えた。

 これで、長かった“NGワード試験”も、やっと終わりを告げたのか。

 誰一人として退学することもなく、無事に“NGワード試験”は終了だ。


 はぁー……もう、二度と勉強なんてしたくねぇ。そもそも、俺は勉学に励むようなキャラじゃねぇんだよなぁ。

 なんて、そんな愚痴が脳裏を過るのだった。安心して気が抜けたせいだろう。


 まさか、期末試験がこんなゲームに発展するなんて思いもしなかった。が、それでも収穫は大きかった。

 今の俺でも、『ラビリンス』で最強の実力者に匹敵することが分かったのだ。

 これなら、俺が復讐を成し遂げる日も、そう遠くは――



「犬飼先輩の宣言失敗により、“NGワード試験”はすもも先生の勝利となります……!」


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