最終章 “NGワード試験”ゲーム


「――――――――ッ!?」


 は……?

 卯野原の言った言葉を理解するのに、俺の脳は数瞬の時を要した。

 宣言失敗……、だと……?

 ど、どういうことだ? お、俺が……、負けた、のか?


「おい、卯野原……、まさか“NGワード”が、国語じゃなかったって言うのかよ……ッ!?」

「はい。その、まさかです……」


 視線を下げて俯き、気まずそうに卯野原が言うのだった。

 ば、バカな……!? あれだけの根拠があって、宣言した教科が違うだなんて……!?

 ふと、緊張で身体が固まる。

 俺が負けたのだという自覚を持つと、嫌な汗が俺の頬を撫でるのだった。


「勘違いしないで下さいね、犬飼。あなたは自分の強さを誇って良いのです。でも、それ以上に、今はまだ私の方が遥かに強いのですよ」


 そう諭すようにして、すもも先生は言うのだった。

 Sランクの壁は、こんなにも高かったのか……? いや、それ以前に、負けた俺の処遇やあいつらの努力の結果はどうなる? 俺がすもも先生に及ばなかったせいで、全部無駄になっちまったのかよ……ッ!?


「すもも先生、俺は――」

「さて、ここまでは『ラビリンス』のゲームなのですよ。そして、ここからが私の為のゲームです」

「えっ……?」


 さっきまでの固い雰囲気が一気に弛緩し、すもも先生は朗らかな笑みを浮かべた。


「犬飼にはセカンドチャンスを差し上げましょう。次こそ、私を越えられるといいですね。まあ、それは無理でしょうけど」

「セカンドチャンス……?」


 俺が聞き返すと、すもも先生は腰に手を当て、俺をビシッと指さす。


「『ラビリンス』の要求通りに、犬飼が処分されてしまっては私が困るのですよ。なので、賭け金を上乗せすることで、私が二回目のチャンスを与えましょう」

「いや、そんな、勝手に……」


「今の犬飼に拒否権はありません。もし、次の宣言で“NGワード”の教科ではなく、“NGワード”そのものを当てることが出来れば、さっきの負けは取り消し。そして、犬飼の勝利とします。しかし、今度こそ外したら……、その時は私と婚約してもらいます。正真正銘のデスゲームですね」


 と、すもも先生はそんな提案をしてくるのだった。

 いやでも、色々とツッコミどころが多過ぎるだろーが……


「そもそも俺、まだ高校二年生なんですけど……、っていうか、どこがデスゲーム?」

「結婚は人生の墓場というでしょう。つまり、デスゲームです。私と結婚して『ラビリンス』を寿退社してください。そうすれば、結果的に組織の要求通りにもなりますし」

「理屈が無理矢理過ぎるだろ!?」

「ふふ。これが、私なりの愛なのですよ」


 何故か、優しそうに微笑むすもも先生だった。いったい、どういう心境なのやら……


「本当に良いんですか? さっきより不利な条件とはいえ、ルールに無いようなチャンスを俺に与えて」

「構いませんよ。初めから、そうするつもりでしたので」


 初めから敵に塩を送るつもりでゲームに挑んでいたのか。まさか、ここまで展開を読まれていたとは……さすが、Sランクの実力者だな。


「なあ、卯野原。ジャッジとしても、このルール変更は認められるのか?」

「そうですね、特に問題はないかと。これがもし正規のデスゲームであり、ギャラリーやスポンサーが居れば話は変わりますが、本ゲームは犬飼先輩とすもも先生の個人的なゲームという意味合いが強いので」

「そうか。だったら、そのチャンス、ありがたく使わせてもらうことにしよう」

「はい、了解です。それでは、“NGワード試験”は延長戦へ突入させていただきますね」


 と言って、卯野原は静かに身を引くのだった。

 九死に一生を……と言いたいところだが、俺に“NGワード”の当てがあるわけではない。

 このチャンスを生かせなければ、未来たちを失望させることに変わりはないのだ。


 それに、今回は“NGワード”の属する教科ではなく、“NGワード”そのものを当てなければならない。

 つまり、難易度が格段に上がっているのだ。

 さっきの宣言失敗により、“NGワード”が国語の解答でないことは分かっている。

 だとすれば、どの教科グループの解答が“NGワード”なんだ……?


 いや待てよ。

 それ以前に、あの解答一覧の中に“NGワード”が存在していない可能性も否定出来なくなってきた。でもその場合、五回という解答回数はどこから来たものなんだ? 学年の異なる翠までもが、皆と同じ解答をしているのは普通に考えておかしいだろ……


 くっ、思考が空回りしてきたな。でも、すもも先生が“NGワード”何かの仕掛けをしているのは、間違いないはずなんだ……!


 ――と、不意に。


 俺が思考を巡らせていると、空き教室の扉が突如開け放たれたのだった。

 ふと、そちらに目を向ける一同。そこには、


「まったく。探したわよ、与一くん。こんなところに居たのね……。って、なんで卯野原さんと先生まで……?」


 つかつかと空き教室に足を踏み入れてくる未来。

 ど、どうして……


「そういう未来こそ、何故こんなところに……?」

「もしかして、忘れていたの? デートしてくれる約束だったから、与一くんを捜していたのに。そもそも、一七って言ったのは与一くんの方じゃない」


 ぷくーっと頬を膨らませ、とても不満そうな顔で俺を睨みつける未来さん。

 そんな未来の言葉を聞いて、無関係な二人までも、何とも言えない表情で俺のことを睨んでくるのだった。


 いやでも、今日そんな約束してたっけな……、うーむ?

 あ、あれのことか! 数日前、一〇〇点を取らないと出られない部屋をクリアしたご褒美として、デートの権利を約束したんだったな……!

 んんー? いやでも、それって、確か……


「そのデートって、一七日の予定じゃなかったか?」

「え? 私は今日の一七時からだと思っていたのだけれど……?」


 首を傾げる未来と俺。

 んー、つまり、どういうことだ?


「って……、もしかして、俺が一七としか伝えてなかったから、お互いに数字の意味を間違って認識していたってことか!?」

「ああ、そういうことだったのね。道理でいつまで経っても、与一くんが待ち合わせ場所に来ないわけだわ……」


 要するに、お互いに数字の意味合いで食い違いがあったということだ。

 こればっかりは、正確な情報をしっかり伝えなかった俺が悪いよなぁ……

 ……待てよ? 数字の意味だって?


「二ノ瀬さん。今は犬飼と込み入った話をしている最中なのですよ。少し外していてもらえますか?」

「すみません、未来さんっ! とっても大事な用件ですので、部屋の外で待っていてくれると助かりますっ!」

「そう……なら、仕方ないわね。少しの間、与一くんは貸しておいてあげるわ。与一くんも、それでいいかしら?」

「…………」

「与一くん? どうかしたの?」


 上の空でやり取りを聞いていた俺に、未来が心配そうに声を掛けてきた。


「ああ、悪い。そうだな。少し待っていてくれるとありがたい」

「ええ、分かったわ。そうするわね」


 と、未来は踵を返して、空き教室の外へ戻っていくのだった。

 ぼんやりと、その後ろ姿を見つめる俺。

 ……もしかしたら、未来はとんでもないヒントを置いて行ってくれたのかも知れねぇな。


「さて、邪魔が入りましたが、ゲームを続けましょうか。犬飼、宣言する“NGワード”は決まりましたか?」

「いえ、もう少し考えさせてください……」

「そうですか。構いませんよ。じっくり考えてくださいね」


 余裕綽々といった態度で、十分な時間を与えてくれるすもも先生。

 ここまでの余裕を見せつけられると、悔しさや惨めさ、焦りや劣等感をひしひしと感じさせるかのようだった。


 だが、そんな気持ちは“NGワード”の宣言を成功させることで晴らすべきであろう。

 断じて、Sランクのプレッシャーに圧されている場合ではない。

 俺は手元のメモ用紙に再び視線を落とした。そして、未来が与えてくれたヒントを脳内で反芻させる。



 国語グループ『羅生門 太宰治 こころ おくのほそ道』

 数学グループ『1024 216 101325』

 英語グループ『honest sign colour close believed escape』

 理科グループ『テルミット反応 塩化カリウム アデニン』

 社会グループ『遡及立法の禁止 解体新書 需要曲線 マクロ経済』



 この一覧の中に、もしも“NGワード”があるのだと仮定したら……?

 もしかしたら、俺は何かの前提を間違っていたのかもしれない。


 それこそが、数字の持つ意味だったのではないだろうか。俺はそんなことを考えた。

 だとすれば、注目するべきポイントは、数学グループだ。1024、216、101325と、この三つの数字の意味。そこにトリックが隠されているのかもしれない。


 どれもこれも、無条件で計算の答えだと決めつけていたが、何か違う意味が隠されているのではないだろうか。そう仮定するのであれば……


「そうか。もしかして、“NGワード”は単独で複数の意味を持つワードだった、のか……?」

「…………」


 これらの正確な数字の意味など、答えだけでは分からない。でも、無理矢理に意味をこじつけるとしたら、どうなるだろうか?


 例えば、1024は二の一〇乗とか。コンピューターで用いられるビット、バイトの二進数に関係するけど……、今回のテストとは関係無さそうだな。

 次に、216であれば、六の三乗になるか。サイコロの出目を扱う問題で、確率の計算に使った記憶が薄っすらとあった。でも、それだけだ。

 最後に101325だが……この数字、どこかで見たような気がするな。でも、どこで……?

 俺は過去の記憶を必死に探る。そして、俺はある日の光景に辿り着いた。


「――こ、これだ……ッ!」


 絶対という確証はない。偶然ということもある。

 それでも、この解答こそ、最も可能性があるんじゃないだろうか。と、俺はそう感じたのだった。


「どうやら、決まったようですね」

「はい。俺が宣言するのは――」


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