三章 デート回、プール回、勉強会
以前の勉強会で、俺は思ったことがある。
ぶっちゃけ、勉強会って遊ぶための口実なんじゃねぇの?
と、今さらながらにそう思った。
仲の良い人たちが集まれば集まるだけ、個人の集中力は欠如していき、やがては意味をなさない無駄な雑談に大輪の花が咲く。
考えてもみれば、当たり前のことである。異論を唱えるやつが居れば、きっとそいつは優秀な人間なのだろう。俺のようなダメ人間にその理屈は通用しないから、とりあえず口を挟まないでいてほしい。お前の常識は、俺の非常識なのだ。
故に、勉強会というものは、なるべく少人数でやるべきなのだと、俺は悟った。
なんなら会なんて開かずに、一人で勉強していた方が良いに決まっている。
が……!
とはいえ、個々人で勉強を進めるとなると、実際に勉強をしているのかという不安が出てくるものだ。よって、多少なりの監視の目は、あって然るべきだろう。たぶん。
策士な俺はそんなことを考えて、なるべく二人だけで勉強をするという状況を、ローテーションで作り出すことにした。
週明け、月曜日。
俺はまず葵と一緒に近くの図書館で勉強をするべく約束を取り付けたのだった。
そして、放課後の今に至るわけなのだが……
「犬飼くんに誘ってもらえるなんて、とっても嬉しいです。今日はずっと一緒に居てくれるんですよね?」
「ああ、そのつもりだけど……」
「ふふ、ありがとうございます。これなら、私も苦手な勉強を頑張れそうです」
隣に座る俺の肩に頭を預け、そっと身を寄せてくる葵。
閑散とした図書館とはいえ、他人の目があるのでちょっと気恥ずかしい気持ちはあったが、まあそこまではギリ許容するとして……
俺の左手首を圧迫する金属物質については、いったいどういう用件なのだろうか。
「なあ、葵。この手錠って……」
「保険です」
「ほ、保険……?」
「はい。保険(物理)です」
「そ、そうか……」
ちょっと意味が分からないですね。なんだよ、保険(物理)って……
と、俺の左手と葵の右手が手錠で繋がれているのだった。なんでやねん。
「私が安心する為です。あまり気にしないでください。ずっと一緒なら問題ないですよね」
「別に逃げたりしねぇっての」
とは言ったが、今すぐ逃げ出したい気持ちはなくもない。
逃げ出して、直ぐにでも生命保険に加入した方がいい気がしてならなかった。
未来のデスゲ脳という問題に隠れがちだが、葵のヤンデレも問題視するべき事項なんじゃないだろうか。改めて、そんなことを思う俺だった。
「では、さっそく勉強を始めましょうか」
「ん、そうだな」
まあいい。とりあえず、今は勉強を優先するべきだ。その為に、葵を誘ったんだしな。
テスト前の貴重な時間を無駄にはするまい。
俺は空いている右手で机に教科書を広げて、英文法の要点をノートに書き写していく。
その隣で、葵も同じように社会科の教科書を読みながら、ノートをまとめていた。
……利き手の右で。
当然、そうなると繋がれている俺の左手も連動するわけで……、葵がペンを走らせる度に、カチャカチャと金属音を鳴らしながら、俺の左手が持っていかれる。
「なあ、葵。やっぱ手錠、邪魔じゃないか?」
「む……、そうですね。しかし、これは必要経費です。許容しましょう」
一瞬、難しい顔をする葵だったが、手錠を外す選択肢は無かったようで、この状態のままでの勉強を続行する様子だった。許容されても俺が困るんだけどな……
そのまま勉強を続ける俺と葵。しかし、
「うおっ……!」
「む……」
ぐいぐい、カチャカチャ。
「っと……!?」
「むぅー……」
葵がノートの端から端まで腕を動かすたび、金属の擦れる音と、圧迫された俺の手首が悲鳴を上げる。その度に、葵は固い表情を浮かべるのだった。
「やっぱり、邪魔だろ。この手錠……」
「ぐぬぬ、私と犬飼くんを繋ぐ赤い糸が弊害になるとは……、なんという皮肉でしょう」
「これ赤くもねぇし糸でもねぇからな」
こんなんじゃ、勉強するのも困難というものだ。実際、葵も恨みがましい視線で手錠を見つめていた。
しかし、何か妙案でも思いついたのか、急に葵が表情を一変させる。
「では、こうするのはどうですか? とても良いと思うのですが」
「ん……?」
不意に、右手の指を俺の左手に絡ませてくる葵。
そして、恋人繋ぎの要領で手を握り合わせ、その指先で器用に葵はシャーペンを摘まむ。
「これなら手首に負担は掛かりません。私が犬飼くんの手を持って、一緒に動かしますので」
「ま、まあ、さっきよりはマシだけど……」
これだと葵が大変だろ。動かすのに力が要る。それに、なんか恥ずかしいし……
「ふふ、これだと犬飼くんが近くに感じられますね。安心します」
「そ、そうか。まあ、葵が良いなら、これでもいいかもな」
しかしまあ、ちょっと恥ずかしいことに変わりはないけどな。
それに、恋人繋ぎしながら勉強とか、もし俺がそんな他人を見かけたらイラっと来ること請け合いだ。ったく、家でやれよな。……すみませんでした。
という謎の一人芝居をしつつ、俺は再び勉強へと意識を戻した。
それからというもの、少なくとも俺は、意外にも普通に勉強に集中することが出来ていたのだった。
誰かに手を握られているというのも、意外と安心感というか安らぐような気持が感じられて悪くなかった。これなら、葵も集中して――
「…………、……! っ……」
いや、めっちゃソワソワしてるじゃん。
心做しか、握られた手から湿度さえ感じるようだった。どこか焦っている様子だ。
「ど、どうかしたのか、葵……?」
「そうですね。大変なことになりました。その……、お花を、摘みたいのですが……」
「ああ、そういうことか。逃げやしないから、手錠外して行ってこいよ」
「手錠の鍵を失くしてしまったようです。お花ではなく、人生詰みそうですぅ……!?」
顔を耳まで真っ赤に染め、涙目で訴えかける葵だった。
おまっ……!? マジなのかそれ……!? うん、表情から察するにマジっぽいぞ!
「ど、どうすんだ。俺がトイレまで付いていくわけにも行かねぇし……」
「犬飼くんがそういうプレイをお望みであれば、付き合うこともやぶさかではありませんけど……、もしもの時は責任取ってお嫁さんにしてくださいね」
「探しに行くぞ、今すぐ」
「ちっ」
「今の舌打ちはおかしくないですかね……?」
もしかして、ホントは余裕あったりするだろ。そうなんだろ。そうであってくれ。
万が一にもこの歳で婚約者を作らない為にも、手錠の鍵を探すことは急務だな。
フィアンセとの初めての共同作業がこれとか嫌過ぎるし……!
と、とにかく、急いで鍵を探しに行くとしよう。
勉強道具はこのままでいいか。緊急事態だから大目に見てもらおう。
「よし、行こうか」
と、立ち上がる俺。葵と繋がる左手の手錠が引っ張られた。
「あう……その、急に動かれると……」
「あ、すまん」
急ぎ過ぎるのもダメなのか……、力加減が難し過ぎるだろ……!
というわけで、適度に急ぎながら俺たちは鍵を探す旅に出た。
「二ノ瀬さんみたいなこと言いたくないですけど、こんな社会的デスゲームすることになるとは思いませんでしたよ」
「まったくだな……」
溜息が零れる俺。まあ、言っていても仕方ない。
とりあえず、ここまで来た道のりを辿るのが定石だろうか。
「葵。最後に鍵を持っていたのが、いつだったか分かるか?」
「えっと、犬飼くんに手錠をかけたのが、図書館に入った直後なので……確か、その時までは持っていたかと思います」
「ということは、図書館の中にあるのは間違いないか」
「はい、そうですね」
にしても、警察ですら『ラビリンス』組織に手を出せないというのに、葵がこうも簡単にデスゲーム運営委員の俺にワッパをかけるとは……こいつ、やりおる。
なんてバカなこと考えてる場合じゃねぇよな。鍵探さねぇと。
俺たちは勉強をしていた机から、図書館の出入り口までの間を見て回った。
「うぅぅぅ……」
もじもじと涙目で内股を擦る葵。ま、マズいぞ、ダムの決壊が近い予感がする……!
しかし、ここまで見つからないとはな……
ん、待てよ。というか、それってもしかして――
「普通に落とし物として預けられているパターンなんじゃ……?」
「な、なるほど……!」
ということで、貸出カウンターまで二人で一緒に移動する俺と葵。
そして、そこに居た司書さんに聞いてみたところ。
「あ、これです!」
歓喜するかのように声を上げる葵だった。そのまま鍵を受け取って、その場で開錠。
数刻ぶりの自由を左腕に感じつつ、一方で葵は、
「助かりました! 行ってきますね!」
とだけ言い残して、図書館の公衆トイレへと駆け込んでいったのだった。
ふぅ、間に合ったか……
しかしまあ、司書さんから凄い視線で見られていることは言うまでもないだろう。
いや、そういう性癖とか、プレイじゃないんですよ……?
果たして、この社会的デスゲームにて、俺は勝ち残れたのか否か。
まあ、最悪の結果は回避できたことだし、きっと良しとしておくべきなのだろう。
「犬飼くん、お騒がせしました」
お手洗いから戻った葵は、頬を染めて恥ずかしそうにしながら頭を下げるのだった。
「これに懲りたら、もう手錠なんて軽々しく使わないことだな」
「まさか、犬飼くんにあんな辱めを受けるとは……、少しクセになりそうです」
「……んん?」
気のせいかな。そうだな、俺の聞き間違いに違いない。うん、絶対にそうである。
結局、事態は収拾されたものの、その後の集中力など持つはずが無く、葵との勉強には身が入らなかったのだった。
うーむ。たかが勉強会って、こんなにハードなことだったかなぁ……?
◇
その後。
「ただいまーっと」
いい時間になり葵とは図書館で別れ、『ラビリンス』寮まで帰ってきた俺。
今日も何やかんやあって、あんまり勉強は進まなかったなぁ……
まあ、まだ焦る時間じゃないか。期末試験まで時間は残っている。きっと大丈夫だ。
「ん……?」
それはそうとして、少し気になることがあった。
普段、俺が帰って来れば、必ず未来が返事をしてくれるのだが、今日はそれが無かった。
電気は点いてるし、部屋には居ると思うんだけどな。
不思議に思いながらも、俺は部屋の奥へと足を運んだ。
すると、ワンテンポ遅れて、未来が俺の存在に気づくのだった。
「あ、与一くん。おかえりなさい」
「んー、ただいま。……もしかして、勉強してたのか?」
机に向かっていた未来の姿を見て、俺は問うた。見ると、びっしり文字で埋め尽くされたノートが置かれている。それで俺の帰りに気づかないほど、集中してたのか。
「ええ、少しだけね。テストまでには、しっかり覚えるつもりよ」
「マジで勉強してたのか。昨日といい今日といい、精が出るな」
俺が感心していると、未来は嬉しそうにはにかんでから時計に視線を移す。
「あら、もうこんな時間だったのね。夕飯、今から作るわね」
「いや嫁かよ……!」
「ふふ、似たようなものでしょ?」
と言って、未来は機嫌よさそうにキッチンスペースの方へ向かっていった。
まあ確かに、見方によっては似たような関係に見えなくも無いのだが……
ふと、俺は机に出しっ放しにされていたノートに目を奪われた。単純な好奇心だ。未来の勉強がどれくらい進んでいるのか、そんな現状を知っておきたかったのだ。
ふむふむ。…………おや? と、とんでもない違和感が俺を襲った。
なんだろうか、この点と横棒の記号は? こんなのテスト範囲にあったか?
でも、何となく見覚えがあるな。そして、俺は直ぐに違和感の正体に気づいた。
「これ、モールス信号の勉強じゃねぇか!?」
俺が叫ぶと、キッチンからひょっこりとエプロン姿の未来が顔を出してくる。
「テスト本番は与一くんとのカンニングで乗り切るつもりなの。これなら、ギャンブル系デスゲームの“通し”にも応用できるし、まさに一石二鳥よね」
「努力の方向性が間違ってるだろ!?」
駄目だこいつ……早くなんとかしないと……
普段のテストならば別に良い(?)が、“NGワード試験”は仮にも『ラビリンス』が仕切っているゲームだ。そこでカンニングだなんて、あまりにもリスクが高すぎる。
ということで、夕食後。
俺は未来に普通の勉強をさせるべく、この日は夜遅くまで一緒に教科書と睨めっこを続けたのだった。
はぁ……、勉強って上手くいかないもんだな。
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