三章 デート回、プール回、勉強会
◇
翌日、放課後。
この日は、緋色を誘って一緒に勉強をしようと、商店街にあるカフェへと向かっているところだった。
もう初夏ということもあり、じんわり汗が滲む暑さを感じながら、俺は緋色と肩を並べて歩いていく。
「なんか、与一くんと二人きりってすっごく久しぶりな感じするね!」
「ん、まあ、言われてみれば、そんな気もするな」
「皆で一緒に遊ぶのもいいけど、与一くんと二人なのも好きだなー、私!」
「そりゃ良かったよ」
ニコニコと純粋な笑顔を浮かべ、俺の表情を覗いてくる緋色。
きっと過去のデスゲームが無ければ、こんなにも純真無垢な人間と関わることなど、俺の人生で無かったことだろう。
なんなら昔の俺であれば、緋色のことは偽善者などと蔑んで関わり合いたくないタイプの人種だったはずだ。
それだけに、デスゲームでの救済は困難を極めたが、俺を正しい方向へ成長させてくれたのも、今思えば緋色という存在だった気がする。俺が完全なダークサイドの復讐者に陥っていないのも、緋色のお陰と言っていいだろうな。
よく覚えてはいないが、あの頃は誰かに緋色の性格について相談をしていた記憶がある。
あまりにも緋色が素直過ぎて、デスゲームに向いていなかった為、ホントに救済できるのか弱気になっていたんだっけな。懐かしい記憶だ。
「あ、緋色ちゃんじゃない! ちょっとちょっと!」
不意に、緋色の名前を呼ぶ女性の大声が、背後から投げかけられた。
意識を現在に戻し、声のした方向を振り返る俺。
すると、そこには小さい子供連れの母親が、俺たちの方に大きく手を振って駆け寄って来る姿があった。
「あ、
大きく手を振り返す緋色。
当然、俺はその母親のことなど知らないが、緋色がこうして街中で近隣住民に話しかけられること自体は少なくない。むしろ、よく見られる光景だ。
緋色は普段から地域ボランティアなどの活動によく参加しており、その明るくフレンドリーな性格も相まって地域住民との顔がとても広いのだった。
「緋色ちゃん! ちょうど良かったわ。ちょっと急用があって、頼まれてくれないかしら?」
「はい! いいですよ!」
せめて要件を聞いてから返事をしろ。相手に全幅の信頼を置くんじゃない。
「良かったわぁ。この子を夕方まで預かっていてほしいのよ。ホント助かるわ」
「了解です! 任せてください!」
「それじゃ、頼むわね! お礼は後日、しっかりさせてもらうから! じゃあね!」
とだけ言い残して、嵐のように去って行く母親。
こっちもこっちで緋色への信頼感が凄いな。まあ、気持ちはよく分かるが。
「よくあるのか? こういうこと」
「うん、偶にね。この商店街だと、店番を頼まれたりすることもあるかな。バイト代も出るし、人助けにもなるから楽しいよ!」
「そ、そうか。すげぇな、緋色は……」
「えへへー」
地域住民から愛され過ぎでは? 今どきこんなやつ、そうそう居ねぇだろ。
小さい子供を預けられるくらい信頼されているとは……
と、俺はその子に視線を向ける。
小学校入学前だろうか……、となると六歳くらいかな。生意気そうな顔をした男の子だ。
「この子とも公園で偶に遊ぶんだー! 翔吾くんっていうの。えへへ、与一くんに似て可愛いんだよ? ほら、挨拶してねー」
「おう。よろしくな、よいち」
言って、偉そうに俺を見上げる翔吾。
訂正しよう。生意気そうな男の子ではなく、生意気なクソガキだった。
「おいおい。年上に敬語も使えない失礼なクソガキが俺に似てるわけ……似てるな」
翔吾からシンパシーを感じる俺だった。いったい、どんな教育受けてるんだか。
さっきの母親は、慌ただしかった中でも、いちおう礼儀正しさのような常識は感じられた。きっと、父親の方がロクでなしなのだろう。
「ひいろは、よいちの、かのじょなのか?」
「あはは。まだ違うよー」
「よいちは、やめたほうがいい。とーちゃんと、にてるから。きっと、くず」
「おいこら、翔吾。なんてこと言うんだ……!?」
やっぱり父親の方の教育が悪かったのか。無駄に予想が当たってしまった。
うーむ。さっきの母親も苦労しているのだろうことは、想像に容易い。
「えへへー、可愛いなぁ。目つきが悪いところとか、捻くれてるところとか」
「それ可愛いのか……?」
「うん! ね、与一くんにそっくりでしょ?」
問いかけ、笑って俺の顔を覗き込んでくる緋色。
「まあ、そうだな。あまりにも似すぎて、俺の子なのかと錯覚するくらいだ」
「じゃあ、私はお母さんかなー。なんて」
「お、おう……」
考え直せ、緋色。お前はダメな夫に苦労するタイプだぞ。
緋色がしっかりしている分、甘えまくった夫が自堕落になっていく未来が見えるな。
ま、まあ、俺には関係ないことだけど。……たぶん。
「えっと、これからカフェで勉強するんだよね? 翔吾くんも連れて行かないとだけど、大丈夫かな?」
「ああ、問題ない。おやつでも与えとけば、静かにしといてくれるだろ」
というわけで、直ぐ近くのカフェまで移動する俺たち。
カフェの店内に入ると、涼しげな空気がオシャレなクラシックと共に迎え入れてくれる。
人の数は疎らで、数人の学生やパソコンをカタカタ弄る男性客が居るくらいだった。
俺たちは店員に案内され、適当な席に座ってからメニューを眺めることに。
「なあ、よいち、おごってくれ」
「ったく、奢ってくださいだろ。で、どれが良いんだ?」
「いちばん、たかいの!」
「値段で選ぶんじゃなくて、食いたいやつを選べよな……。このミックスパンケーキでいいのか?」
「おう、たのむ」
「へいへい」
やっぱり生意気なクソガキだ。しかし、その姿勢、嫌いじゃない。
世の中の大人に負けない立派なクソガキに育ってほしいものだ。
「こーら、翔吾くん。与一お兄ちゃんに、ありがとうって言わないとダメでしょー?」
「よいち、さんきゅーな」
「敬語は使えないくせに、英語は使えるのか。ははは、翔吾はグローバルだな」
「まったくもう……」
頭を抱える緋色だったが、どこか楽しそうな雰囲気が感じられなくもなかった。
ま、分からんでもないけどな。
「緋色は子供、好きなのか?」
「うん、大好きだよー! 将来はいっぱい欲しいかな。与一くんは?」
「俺も嫌いじゃない。子供は純粋だからな……、善意も悪意も」
「そっかー! じゃあ、私も結婚したら頑張るね!」
な、何を……? いや深くは突っ込むまい。俺とは無関係なことだ。おそらく。
そうして俺たちは注文を終え、テーブルに教科書を広げる。
俺も翔吾を見習って、英語の勉強だな。一方で、緋色は……やはり苦手な数学だった。
「うーん……?」
「どうした、緋色? 分からないことでもあったか?」
「えっと、ここの確率の計算なんだけど……」
「ああ、それなら俺の得意分野だ。任せてくれ」
デスゲームあるある。
ギャンブル系デスゲームの解説をしているときの確率計算が異常に速い。
俺がデスゲーム運営流、計算術を伝授してやろうと思っていると……
「ひいろ、たべさせて」
ふと、緋色を呼ぶ翔吾。見ると、いつの間にか注文したパンケーキが届いており、フォークを拳で握り込んでいたのだった。
こういう甘えん坊なところは年相応って感じだな。クソガキでも可愛いものだ。
「はいはい。仕方ないなー」
「ん、たのむ」
緋色は翔吾からフォークを受け取とると、パンケーキを一口に切り分けてから口に運んであげた。それに、翔吾は満足そうにかぶりつく。
おーおー、幸せそうな顔しやがって。美味そうに食うなぁ。
そんな視線を向けていると、パンケーキを飲み込んだ翔吾が言う。
「よいちにも、やる」
「ん、いいのか?」
「かってくれたしな。とくべつだぞ」
「そういうことなら、一口だけ貰うか。施されてやろう」
「うん!」
「あはは、翔吾くん優しいねー!」
なんて言って、緋色は嬉しそうに笑った。まるで、我が子の成長でも楽しんでいるかのように。
「ひいろ、よいちに、たべさせて」
「え……?」
「うん、分かった! はい、与一くん。あーん」
と、何の疑問も無くフォークを突き出してくる緋色。
まさか、翔吾のアシストでこんなラブコメ定番イベントに発展するとはな……
「よいち。ぼくの、おれいだ。ふふ」
などと、生意気な含み笑いを見せる翔吾だった。このクソガキ、まさかここまで計算しての行動だったのか? いや、まさかな……
「ほら、与一くん。あーん」
「あ、あーん」
あーんじゃねぇんだよなぁ……と思いつつも、フォークにかぶりつく俺。
店内でこれは、ちょっと恥ずかしいな。思いのほか甘酸っぱい味が口に広がった。翔吾のやつ、意外と大人の味を楽しんでいたんだな。
「与一くん。どう? 美味しい?」
「ああ、そうだな。この店で一番高いだけはある」
とはいえ、他との味の違いなどは一切分からなかったけどな。
単に俺の貧乏舌のせいか、はたまた意識が味にまで向かなかったからなのか。ふむ。
「ひいろにも、やる。つぎは、よいちが、たべさせろ」
「おいマジで言ってんのか、翔吾!?」
「あ、私にもくれるんだー? ありがとね、翔吾くん。えーと……、じゃ、じゃあ、与一くん、これ……!」
おずおずと緋色からフォークを差し出され、それを素直に受け取ってしまう俺。
突然の攻守交替か。不意打ちとは、やってくれるじゃねぇか翔吾。狙ってやっているのなら策士が過ぎる。こいつ、デスゲーム運営に向いているな。
「与一くん、あーん」
餌を待つ雛鳥のように口を開けて待つ緋色。
その後ろで、したり顔の翔吾がドヤ顔を浮かべていた。やはり確信犯だったか。
し、仕方ない。ここで引くわけにも行かないだろうし……
ということで、俺はパンケーキのひと欠けらを緋色の口に運んだのだった。
その後のことは、あまり深く語るまい。だいたい、ご想像の通りだ。
翔吾がラブコメの波動使いだったこともあり、本来の目的だったはずの勉強など、まったく進まなかったのだった。おのれ、翔吾め……
◇
帰宅後。『ラビリンス』寮。
「ただいまーっと」
あれから、夕方になると翔吾の母親が息子を引き取りにカフェまでやって来たのだった。
どうして俺たちの居る場所が分かったのか疑問だったが、どうやら緋色と連絡を交換していたらしい。緋色と翔吾母はメル友なのだとか。時代の差を感じるな……
んで、いい時間だったので俺も緋色と別れ、『ラビリンス』寮まで帰ってきたのだった。
今日も何やかんやあって、あんまり勉強は進まなかったなぁ……
「ん……?」
デジャヴ。またしても未来の返事が無い。だが、照明は点いている、と。
果たして未来は勉強に集中しているのか、それともまた勉強によく似た何かに集中しているのか。
俺はそれを確かめるべくして、そそくさと部屋の奥へと足を踏み入れた。
すると、ワンテンポ遅れて、未来が俺の存在に気づくのだった。
「あ、与一くん。おかえりなさい」
「んー、ただいま。……勉強か?」
机に向かっていた未来の姿を見て、俺は問うた。見ると、びっしり文字で埋め尽くされたノートが置かれている。それと、今日はクッキーの入った大皿も。
さて、問題はこのノートがしっかり勉強に使われているのか否かという点だ。
「っと。またこんな時間……夕飯、今から作るわね」
「だから嫁かよ……!」
昨日と似たようなやり取りをした後、未来はキッチンスペースへ向かっていく。
またしても机に放置されたノート。
やはり今のうちに、こっそり内容を確認しておくべきだろうな。
おそるおそる、俺はそのノートに書かれた文字を目で追ってみることに。
すると、そこには『青坂葵 DEAD END』の文字と死亡状況が記されていて……
って、これデスノートじゃねぇか!? ん、未来日記か? いやどっちでもいいわ。どちらにせよ勉強してねぇことに変わりはない。なんだ、この『毒殺』って文は……!?
「あ、そういえば。与一くん、そこのクッキーには毒が入っているから食べないでね」
「このクッキー、そういう意味かい!?」
キッチンからひょっこりと顔を出したエプロン姿の未来が言った。それに突っ込む俺。
どうして、そんなもんを作ってるんだよ。ついでに殺害計画じみたノートまで……
「ま、致死性じゃないから安心して。まだ試作品なのだけれど、テスト当日には全クラスに配って妨害工作をしようと思うの。平均点が下がれば、赤点でも学園側に考慮してもらえるかもしれないでしょ?」
「そのデスゲームでルールの抜け穴を突く的な発想やめろ!? それと、ひっそり葵をターゲットの一人に加えてんじゃねぇ……!」
努力の方向音痴か。頼むから真っ当に期末試験を乗り越えることを考えてくれ。
あーあー、この熱意と行動力が勉強に向けさえすればなぁ……!
そして、夕食後。
この日もまた、俺は夜遅くまで未来と一緒に勉学に励むのだった。
当然、例のクッキーは処分。今度こそ、正攻法でテストを乗り切る為の勉強を教えた。
はぁ……、これでやっとスタートラインか。これは、前途多難だなぁ……
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