最終章 “NGワード試験”ゲーム


「お、俺は――――」


 どっちなんだ?

 厘に生きていてほしいのか? ずっと卯野原と一緒に居たいのか?

 俺はまた、大切な人を失うのか? だったら、俺はどっちを殺せばいい?


 ――その瞬間、勢いよく扉が開け放たれた。


「バカバカしい。そんなの、どっちでもいいじゃない」


 開け放たれた扉と同時に言い放つ芯の通った声。

 外で待っていてほしいとお願いしたはずの未来が、空き教室に入ってきたのだった。


「み、未来……!?」

「盗み聞きは趣味が悪いのですよ」

「デスゲームは情報戦でしょ? それに、こんなに待たされるとは思わなかったわよ」


 と、すもも先生の言葉に恨み言を返す未来。

 まあ、確かに待たせ過ぎたけど……


「すべて聞かせてもらったわ。今さら、卯野原さんか白崎さんかどっちかなんて、どうでもいいじゃない。そんなことで悩むなんて、与一くんらしくないわよ」


 ぴしゃりと言い切る未来だった。


「いやいや、そんな簡単な話じゃ……」

「たとえ彼女が昔の女だったとしても、今の与一くんが選ぶのは私に決まっているわ。だったら、卯野原さんか白崎さんかなんて、些細な問題でしょう?」

「そんな話じゃなかったと思うんだが!?」


 確かに、俺は厘のことが好きだったけど……!

 以前、未来にそういう話もしちゃったけど……!

 今だけはそういう話じゃないだろうが! もっと重要なことだ!


「なるほど。私が厘で居れば、他の女の子たちよりもヒロインレースで一歩リード出来るわけね」


 お前も話に乗るんじゃない! 余計ややこしくなるだろうが!

 あー、さっきまでのシリアスな雰囲気が完全に霧散したなぁ。


 ……とはいえ、まあ今の空気の方が、俺としても気楽で助かるわけだが。はぁ、真剣に考えていたのがバカらしくなってくるな……


「さて、与一くん。答えは既に出ているはずよ。たとえ間違いだと分かっていても、敢えて答えてみたらどうかしら。“NGワード試験”みたいに」

「お前、ホントにずっと聞いてたんだな……」


 まあいい。とりあえず、今は彼女に向き合うべきだ。

 たぶん、どれだけ悩んだとしても、きっと答えは同じなんだろう。

 だったら、きっとそれが正しいに違いない。たとえ間違っていたとしても、それが俺の気持ちなのだ。これが正しいと言い張るしかない。


「俺は……卯野原も厘も、どっちも好きだ。だから、両方とも選ぶよ。どっちか片方を選べというのが無理な話だ」

「で、でも……、犬飼先輩は厘が好きだったんですよね……?」


「だからといって、卯野原を殺して厘を取り戻したいだなんて思わない。それじゃあ『ラビリンス』と――神代とやってることは同じじゃねぇか。それに、俺は強欲だからな。どっちか片方を選べと言われたら、ルール無用で両方を選ぶ。どっちのお前も、俺は失いたくない」

「……い、犬飼先輩……、っ……ぅ……! ホント……、犬飼、くんは、……バカだなぁ……! あはは……っ!」


 大粒の涙が零れる。

 目を腫らして、涙で顔をぐしゃぐしゃにして。

 それでも、彼女は笑ってみせた。


「私の、良いとこ取りだなんて……、犬飼先輩は……贅沢なこと、しますね……!」

「ははは。まあ、そうかもな……」


 そうだ、これでいい。

 これが俺の答えだ。

 誰にも否定はさせねぇよ。絶対に。


「さて、どうやら一件落着のようですが……犬飼はこれから先、どうするのですか? まだ『ラビリンス』とのゲームを続けるのでしょうか?」


 すもも先生が真剣そうな表情で俺に問うた。

 『ラビリンス』とのゲームか。俺にはもう、復讐の意味は無くなっちまったけど……


「うーん、そうですね……。たぶん、これからもゲームを続けると思います。厘は生きていましたけど、どこかで似たような不幸が生まれ続けるなら、俺の役目はまだ終わってないと思うんで」


 俺がそう告げると、すもも先生は深く頷いてから口を開く。


「そうですか。であれば、私は犬飼の意志を尊重しましょう。Sランクの力が必要であれば、いつでも私を頼るといいのですよ」

「すもも先生……、ありがとうございます」


 頭を下げる俺。

 きっと、すもも先生の力は今後とも必要になる。今回のことだって、すもも先生が居なければ辿り着けなかった光景だ。色々と面倒事は増えるだろうけど、それもまた一興だろう。……というか、そうやって納得するしかないんだろうな。そんな気がしていた。


「……、ははっ! それにしても、私たちホントに両想いだったんですねっ! 犬飼くん、私のこと好きって言ってくれたし。……これからデートにでも行きますか?」

「は? これから与一くんは、私とデートの予定なのだけれど……!」

「えー、いいじゃないですか。じゃあ、一緒に行きましょうよ! ね、犬飼くん!」

「卯野原、お前なぁ……。あ、便宜上、とりあえず今まで通り“卯野原”の方で呼ばせてもらうけど」

「分かりました。でも、偶には厘って呼んでよね? 二人きりの時とか」

「あー、うん。そうだな……」


 すっかり泣き止んだ卯野原は、俺を困らせるようにして軽快に笑ってみせた。

 かつての厘だったなら、こんなに明るく話せることも無かっただろうな。

 そう考えれば、今の複雑な関係も悪くないか。


「よーし、今日は皆で遊びに行くかぁ! 期末試験も終わったことだしな!」

「よ、与一くん! 私とのデートは!?」

「悪いな、未来。後日、しっかり埋め合わせはさせてもらうから、今日だけは勘弁してくれ」

「むぅぅぅ……」


 ぷくーっと頬を膨らませて講義をする未来。でもまあ、今日ばかりは俺のワガママを聞いてもらうとしよう。


「では、私は仕事があるので、これで」


 言うが早いか、すもも先生は足早に空き教室から廊下に出て行くのだった。


「でも、仕事なんてSランク運営の立場なら――」

「生徒たちの輪に教師が入るなんて、そんな野暮なことはしないのですよ」


 それだけ言い残し、すもも先生はこの場を後にしたのだった。

 なんというか、ちょっとカッコ良いな。と、そんなことを思ったり。


「犬飼先輩っ! 私たちも行きましょうよっ!」


 ぶんぶんと元気に手を振る卯野原。何というか、そんな光景が微笑ましい。


「ああ、そうだな。っし、行くか!」

「二人きりのデートのはずだったのに……」


 恨み言を口にしながらも、未来はしっかり俺の後ろを付いてきていた。

 まあ、未来には色んなところで助けられているからな。今度のデートは気合を入れたものにして、なんとか機嫌を直してもらおう。


   ◇


 そして、俺たちが昇降口から校舎の外に出たところ。


「あ! 与一くんたち、やっと見つけたよー!」

「ん?」


 見ると、遠くから手を振って駆け寄って来る小柄なショートカット。

 紛れもなく、その元気な声音は緋色のものである。でも、どうしてこんなところに?


「もう与一ったら、連絡くらい返しなさいよね……!」

「良かったです。犬飼くん、まだ帰っていなかったんですね――って、誰ですか、その女は? また私の敵を増やしてきたんですね。フフフ……」


 っと、翠と葵も一緒だったか。

 何故だか、葵は卯野原に殺意を向けている様子だったが。――って、ああ、あの特殊メイクを落としたから、卯野原じゃなくて厘の顔になってるんだったな。


「葵さんっ! 私ですよ、卯野原ですっ!」

「卯野原さん、ですか……!?」

「う、卯野原さん!? 確かに、声と胸は本人だけれど……」

「ええ!? 月ちゃん、どうしちゃったの!? まるで別人だよー!?」


 三者三様に驚きのリアクションを見せる葵たち。まあ、無理もないか。


「あー、その辺の詳しい事情は後で話すよ。長くなるから」

「そうですねっ! 結構な長話になりますからっ! それより、皆さんお揃いでどうしたんですか?」


 と、マイペースに卯野原が問いかける。まあ、今は困惑しているだろうが、こっちの話を優先させてもらおう。


「えっとね、私たちはテストが終わったから、皆で打ち上げに行こうって話になって……」

「それで、与一に連絡を入れたのだけれど、返事が無かったから探していたのよ」


 緋色と翠の話を聞いて納得する。なるほど、そういうことか。


「そこのクソ女が抜け駆けしているのかと思いましたが、当たらずといえども遠からずでしたね」

「あら。実際に今日は与一くんと二人きりでデートの予定だったのだけれど?」


 ったく、お前らなぁ……


「おいこら。いちいち喧嘩腰になるなよ。皆で遊びに行けばいいだろうが」

「そうですよっ! 皆さんで、一緒に遊びに行きましょうっ!」


 卯野原も一緒になって賛同する。

 ははは。ホント、安っぽい表現になっちまうかもだけど、良い光景だな……


「どうしたの、与一くん?」

「ん? ああ、悪いな、未来。ちょっと見惚れてた。ずっと見たかった光景だからさ」

「そう、よね……」


 未来は納得してくれたのか、そっと優しげな微笑みを俺に向けるのだった。


「でも、与一くん。本当にまだ、『ラビリンス』とデスゲームを続けるつもりなの? そんなことをしなければ、ずっとこの光景を見ていられるのに……」

「ま、いいんだよ。手の届く範囲なら救うのが俺のポリシーだからな。そこは守っていかねぇと」


 俺が言うと、未来はしっかり俺のことを見据えながら言葉を口にするのだった。


「だったら、私も一緒に手伝うわ」

「み、未来……?」

「あっ! それなら、もちろん私も手伝いますよっ!」

「って、卯野原まで……」


 こいつら、言っていることの意味が分かってんのかね……

 まあ、俺も今まで散々巻き込んできた側なので、今さら反論はしにくいんだけど。


「私だって、『ラビリンス』には怒っているんですからっ! 犬飼先輩の手伝いをするのは当然ですよっ!」

「人生でもデスゲームでも、仲間や友達は必要なんでしょ? 以前の、あの言葉が嘘じゃないのなら、私を頼ってくれてもいいんじゃないかしら?」

「ぐっ、まあ、そうだな……」


 あんな説教をしておいて、ここで否定したらとんだ大嘘つきになっちまうよなぁ……

 仕方ない。また適度に力を借りることにするか。

 もしもの時は、また俺が何とか手を尽くせばいいんだし。


「えっとぉ、何の話かよく分からないけど、与一くんが困ってるなら私も手を貸すからね!」

「そうね、私も与一には恩があるわ。だから、いつでも私を頼ってちょうだい」

「犬飼くんが望むなら、私は誰だって抹殺できますよ。任せてくださいね。フフフ……」


 緋色、翠、葵も揃って似たようなことを言い出すのだった。

 ったく、お前らまで……

 というか、そもそもこっちの詳しい事情を知らねぇのに言ってるんだよなぁ。

 はぁ、やれやれ。

 無駄とは知りつつも、俺はいちおう確認だけしておくことにした。



「お前ら全員、ホントにそれでいいのかよ……?」



 と、そう俺は問うた。

 すると、未来たちは口を揃えて、当然だとばかりにこう言うのだった。



「「「「「デスゲームで救ってくれたから、私をあなたの好きにしていいよ」」」」」


おしまい

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