夏遊び

 約束通りに山梨やまなさんと遊びに行く計画を立てた。とはいっても二人で遊びに行くわけじゃない彼女の母親・悠香ゆうかさんの好意に甘える形で優璃ゆりも参加でバーベキューをしに上流にある穴場スポットに連れて行ってもらった。


 そこは車を止めた場所から少し離れた獣道を下っていく必要があるけど僕ら以外の人がいない貸切状態だった。

 道路側から見ると茂った木々で川原が見えない。

「紅葉のシーズンになるとこの辺りはとても見応えあるわよ」

「その頃は流石に受験勉強に追われてますね」

「そうですね」

「そっか、残念……」

「そのうちまた来たらいいわよ。あなた達にはまだまだ時間はたくさんあるんだからね」

「「「はい」」」


 僕と悠香ゆうかさんでバーベキューの準備をしてその間に二人は大きな岩の後ろで水着に着替えている。

 その場所は二つの三メートル越えの岩に挟まれていて道路側からも完全に死角になっているし僕がいるところからも見えない様になっている。

「あそこはね、元々強い流れが当たって岩の間が掘れているんだよ」

「そうなんですね」

「あの大きな岩も元はひとつの岩が割れたっていう伝承があったはずなんだけど、なんだったかな?」

 う〜んと唸る悠香ゆうかさん。

「やっぱり思い出せないや、興味があったら自分で調べてみて」

「時間ができたら……」

「あ〜っ、それ、調べないヤツぅ」

「うっ……」

「まあ、今は受験勉強もあるしね」

「そういう事にしておいてください」

「あははっ、そうしておくよ」

 バーベキューコンロを設営している間に二人が川に入っていた。


 バシャっという音に振り返ると流れの緩いところで遊んでいた。その水着の破壊力にドキリと心臓が弾む。

 やま、玲香れいかさんの水着は薄紫を基調にしたビキニで胸元と腰まわりにヒラヒラとした飾りがついているもの、優璃ゆりは白いワンピースで胸元に飾り、腰にもふんわりとした飾りがついている。

 どちらの水着も胸と腰まわりの体型が隠されているはずなのに、想像力を掻き立てられる。

柳一郎りゅういちろうくんも遊んできたら?」

「あ、でも、いいんですか?」

「うん、いってらっしゃい♪」

 悠香ゆうかさんの声が聞こえたのか玲香れいかさんが僕を呼ぶ。

嵩賀谷かさがや先輩も、は〜や〜く〜」

柳一郎りゅういちろうさん、気持ちいいですよ。きゃっ!?」

 優璃ゆりが川の中にドボンと大きな音と水飛沫をあげて尻餅をついた。

優璃ゆりっ!!」

 慌てて優璃ゆりの元へ走る。

「けふっ、あっ、大丈夫です、足を滑らせただけです」

優璃ゆり先輩、意外とドジなんですねぇ」

「……っ、それ!」

「ひゃっ!」

 玲香れいかさんの言葉に反応するように優璃ゆりが彼女に水をかける。

 そんな風に遊ぶ優璃ゆりを見るのはいつぶりだろうか?

 とか考えていたら二人に両側から水をかけられた。

「ぷわっ!?」

「スキあり」

「油断大敵ですよ」

「ふ、ふふっ、やったな……」

 二人の間に向かって駆け込む。バシャバシャと水を跳ね上げてそのまま淵に飛び込んで後ろから二人に水をかける。

 きゃー、きゃーと声をあげて逃げる二人。

「あっ、そっち行ったら……」

 制止するよりも早く深い方に逃げた優璃ゆりの身体が傾く。

「きゃぁ!?」

 叫び声と大きな水音と共に優璃ゆりが川の中に倒れ込んだ。

 僕は慌てて優璃ゆりの元に向かう。僕のウエスト辺りまでの深さだとは思うけど、それでも横向きに倒れた優璃ゆりの身体は完全に水の中に入っている。咄嗟の事でパニックになっているのかすぐに立ち上がってこない。

 もがいている優璃ゆりの身体を川の中から起こす。

優璃ゆり、大丈夫?」

 慌てている事が伝わらないように努めて声をかける。

「あ、あっ、はい、だ、大丈夫です……」

「はぁ、よかったぁ」

優璃ゆり先輩、大丈夫ですか?」

 玲香れいかさんも僕らのところにやってきて優璃ゆりの顔を覗き込む。途端にニヤけて口元に手を当てる。

「せ・ん・ぱ・い、右手が幸せそうですなあ♪」

 右手?なんの事?疑問に思いつつ右手に意識を集中すると「んっ……」という声が優璃ゆりから溢れた。

 えうっ!?これって、もしかして……、右の掌に感じる柔らかな感触。

「もう……、離して、ください……」

 消え入りそうな程にか細い声で訴えかけられて状況を把握した。

「ご、ごめん!わざとじゃないんだ!咄嗟に!」

 僕が慌てて手を離したことで優璃ゆりの身体が僕に向かって傾く。不意の事で支える事ができずに二人して後ろに倒れる。僕達の跳ね上げた水で玲香れいかさんも驚いて足を滑らせた。


 三人が川から顔を出しお互いに笑い合う。

「あ〜、ビックリした」

「どさくさに紛れて優璃ゆり先輩の胸を揉むからですよ」

「あっ、あれは、その……」

 しどろもどろに返答ができずにいる優璃ゆりはまだ僕にもたれかかったまま。

「あれは、わざとじゃなくって、咄嗟の事だから!」と答えてみても玲香れいかさんはニヤニヤとした笑みを向けてくる。

「ん〜、そういう事にしておきましょうか。そ・れ・に、触りたい時は私に言ってくださいね♡」

 ビキニの胸を強調するようにして僕を揶揄ってくる。まったく、川に遊びに来てテンションが上がりすぎてないか……

「はい、はい、その時はよろしくねぇ」

「むぅ〜」

 おざなりな返事に不満げな玲香れいかさんと何故か振り返ってジト目を向けてくる優璃ゆり。なんで?


 そのあともう少しだけ川で遊んでからバーベキューを楽しんだ。

 事前に食材の準備はしていたので火をおこして焼いていくだけなんだけど、こういう自然の中で食べるといつもと違って特別美味しく感じられる。いや、優璃ゆりのご飯に不満があるわけじゃない事を明言しておく。

 焼くのは主に悠香ゆうかさんと優璃ゆり玲香れいかさんと僕は戦力外、焼き加減の見極めが出来ずにクルクルとひっくり返す事を続けていたら戦力外通知を出された。

玲香れいかはもっと料理の勉強しなさいね」

「あうっ」

 母娘の微笑ましい会話を聞きながら焼けたお肉を頬張る。うん、美味い。

優璃ゆりちゃんはいいお嫁さんになりそうだよねえ」

「お、お嫁さん……」

 悠香ゆうかさんの言葉に頬を朱に染める。

「そうだ!時間の空いてる時でいいから玲香れいかに料理を教えてあげてくれない?」

「お、お母さん!?」

「は、はい」

「はい!決まりぃ」

 今のって、優璃ゆりは肯定というよりも勢いに飲まれて出た声だよなあ。

「食材とかの費用はこっちで出すからね。あとで連絡先の交換しよ!」

「はい」

 結局、勢いに流されて玲香れいかさんに料理を教える事になりそうだ。

 何故か玲香れいかさんがモジモジしてるのが目に入った。優璃ゆりに料理を教わるのが照れくさいのかな?


 バーベキューの後片付けをしてからもう少しだけ川で遊んだ。

 意外な事に優璃ゆりが泳ぎが苦手という事がわかったから、玲香れいかさんと二人で泳ぎを教えた。

(今まで僕達の通う学校に水泳の授業がなかった)

 僕は泳ぎに苦労した事がなかったから気づかなかったんだけど、玲香れいかさんも中学になるまで泳げなかったらしくって教えるのは僕より上手かった。

 時間いっぱい練習をしてどうにか息継ぎができるくらいにはなった。

「また今度練習しましょうね、優璃ゆり先輩」

「はい……、お願いします」

 なんだかんだいって、この二人、案外相性がいいのかな?


 帰りの車内、後部座席で二人が肩を寄せ合って眠っている。その姿を助手席から振り返って確認すると微笑ましい気持ちになった。


柳一郎りゅういちろうくん、楽しめた?」

「はい、今日はありがとうございます。うちは両親共に仕事が忙しくてこうやって出かける機会がなくって楽しかったです」

「普段、料理は優璃ゆりちゃんがしてるの?」

「はい、恥ずかしい話ですけど家事は任せっきりです。僕が手を出すと余計に仕事が増えるって言われて……」

「なるほでね。でも、できるところは手伝ってあげないとダメだぞ」

「そうですね。甘えっぱなしってわけにもいかないですもんね」

(まあ、それが嬉しいって事もあるんだけどね)


 二人の関係については玲香れいかから事前に聞いて知っていたけれど、今日の三人を見ていて悠香ゆうか優璃ゆりの想いに気づいた。それで娘に料理を教えて欲しいと半ば強引にお願いする事にした。

 そうしないとますます入り込む余地が無くなりそうだと感じたのは内緒。

優璃ゆりちゃんには悪いけどやっぱり娘の肩を持っちゃうんだよね)

 今はまだ情報の無い、柳一郎りゅういちろうくんの本命。彼の反応を見る分には清いお付き合いをしている様に感じる。

 それに二人にもまだチャンスはあるかもしれない。何も相思相愛になる事だけが恋愛じゃない。たとえ片想いに終わったとしても後悔の無いように頑張って欲しいと思う。

「がんばれ、三人とも……」

「ん?悠香ゆうかさん、何か言いました?」

「ん、なんでもないよ。柳一郎りゅういちろうくんも眠っちゃっていいからね」

「はい、少しだけ眠らせてもらいます」

「は〜い、おやすみ」


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 ご無沙汰しております。


 花粉症でぼうっとした頭で入力してたら誤ってデータ削除……、書き直したりしているうちに随分更新が遅れました。

 春の花粉は大して酷くならなかったから油断してたら秋はかなり酷い状態で、長引いています。


 作中ではまだ夏休み……

 夏は花粉がなくて良かったなあ……

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