山梨 玲香

 玲香は焦っていた。

 昼休みに見かけた嵩賀谷かさがや先輩は先週までの頼りなさが表に出たパッとしない男子じゃなくなっていた。


「誰が嵩賀谷かさがや先輩を変えたの……」

 それは私の役割だったはず。

「私が彼女になって嵩賀谷かさがや先輩を私好みに変えていく予定だったのに」

 生徒の前で手を繋いでみせた事で嵩賀谷かさがや先輩と付き合っていると周囲に思わせる。その計画はうまくいったと思っていた。

「ううん、あのSNSがなければきっと上手くできたはず……」


 外堀を埋めてしまえば嵩賀谷かさがや先輩は流されて私と付き合ったはず。

 そうすれば私が嵩賀谷かさがや先輩にもっと自信を持ってもらえるようにしてあげたのに。

 目立たない嵩賀谷かさがや先輩が周りから認められる様になって戸惑う姿を見たかったなあ。きっと可愛いんだろうな。

 洗面台の鏡に写る私の表情はうっとりとしてとろけたものだった。

 いけない、こんな表情は本当に好きになれた人の前以外でしちゃダメ。こんなところで、誰かに見られるかも知れないのに。これでも私は美少女と言われている。その自覚もある。だからこそ蕩けた表情は見せられない。


 冷水で顔を洗い気持ちを引き締める。


 嵩賀谷かさがや先輩の変化に動揺した私は来客用のお手洗いで気持ちを落ち着かせていた。

 先輩を見かけた時にドキッと鼓動が跳ねた。それと同時に感じた焦燥感は私の心を乱した。

 鏡に写った自分と向き合う事でようやく落ち着きを取り戻せた気がする。


「誰か他の人に嵩賀谷かさがや先輩をとられた?」

 ありえない。どこからどう見ても外見的には先輩がモテる要素がない。

 同い年の女子はまず外見から相手を好きになるハズ。

「私と同じパッとしない男子を変えていくのが好きな子がいるの?」

 それこそありえない。私は自分が異常だという自覚を持っている。


 ふっと昔の事が思い出される。




 幼少期からその兆候はあったけれど、中学の時の出来事が決定的な原因。


 私に好意を寄せる男子がいた。

 彼は『優しい』とみんなに言われていたけど『彼氏にするにはパッとしない』と女子に言われるような人だった。

 別に私が彼に好意を抱いた訳じゃない。けど、陰でそういう話を聞くのが嫌で彼を変えた。それとなく私の好みを彼に聞かせて変化を誘導した。

 変わっていく彼を見てるとゾクゾクした。


 彼の評価はぐんぐん上がり、いつの間にか彼は自信を持ってクラスメイトと接する様になっていた。

 その姿を見た時にはものすごい達成感を感じた。


 彼が私に告白をしてきた時には下心が透けて見えたから断ったけど。

「あの時は彼を傷つける事を悔いながら断ったのに、すぐに彼女ができてたなあ、彼」

 その事が悪いわけじゃないけど、おかげで恋愛を信じられなくなったのはホント。

「あんなに真剣に告白してきたのに他の子をすぐに好きになるなんてね」


 彼と彼女が性行為をしたという話は程なくしてクラスの話題になった。もし彼の告白を受けていれば私もそうなっていたかも。そう思うと今でも怖気が走る。


 性に興味を持ち始める年頃。当然の様に男子も女子もそういう話題が増えて異性を意識する。

 恋人とキスやその先の関係を夢想してもおかしくはない。

 恋人同士なら実践してもおかしくない。むしろ、そっちの方が健全。


「私の方が歪んでるんだけどねぇ……」

 自分の性癖が歪んでいる事は自覚している。


 私は彼氏が欲しいわけじゃない。パッとしない男子が変わってゆく姿が見たいだけ。

 下心を持って近づいてくる男子は多くいるけど論外、こういった男子は他の女子にもモテる。私の性癖を満たすにはそれじゃあダメ。


 私にも一度だけ彼氏がいた。

 歪んだ性癖を直そうとして告白してきた男子・桧室ひむろの申し出を受けた。

 当時の友人達に相談して彼なら皆んなからの評価も高いという事で付き合うことを後押しされた。

『いいなあ玲香れいか桧室ひむろくんと付き合えて』

 そう言ってくる友人は多かった。そんなもんかと思って付き合うことにした。

「今、思い返してもあの時の私は馬鹿だったなあ」


 私と桧室ひむろの交際期間は二週間に満たない。

 最初は優しくリードしてくる彼に手を繋いで帰る事もあった。それが十日ほど経った時に無理矢理唇を奪われた。そこからギクシャクして、『謝りたい』という彼の言葉を信じて彼について行ったら、謝罪の言葉と共に抱きしめられた。

 ここまでなら嫌悪感はあったがまだ許せたかもしれない。

 決定的なのはその後、私のお尻を揉んできた事。

 彼を突き飛ばしてその場から逃げた。


 友人にその事を言うと『最後までしちゃえばいいのに』とか『桧室ひむろくんに処女あげちゃえば良かったのに』といった反応が返ってきた。

「私はセックスがしたいわけじゃない」

 その言葉を彼女達には言えなかった。

 なんとなく彼女達と一緒に居辛くなって私はそのグループから距離を置く様になった。

 そのグループにいた女子と桧室ひむろが交際し始めたと聞いたのは間も無くの事だった。


 その子は私を馬鹿にして、あわやイジメに発展かという状況になりつつあった。それでも私は孤立する事はなかった。

 私が桧室ひむろと付き合った事でチャンスがあると思ったのか、気をひこうとしてくる男子は他にもいた。そのおかげか彼女以外の女子は私に強く言ってくる事がなかったのが大きい。あのグループに陰口を言われてるのは知っていたけど、どうでも良かった。これが私の黒歴史。


 余裕のできた時間で勉強にも励んでいたから偏差値の高い今の高校に進学する事ができた。同じ中学に通っていた生徒は近くの高校に進学したからあの頃の私を知っている人はいないと思う。




 今の私は歪んだ性癖を治そうとは思ってない。理想とする(パッとしない)男子を私の手で変化させたい。それを間近で見ていたい。

 そういった意味では嵩賀谷かさがや先輩は最高だったのに。


 私の心をざわつかせた先輩の変化。それは私が変える事ができなかったという思いからのモノだとこの時の私は思っていた。


嵩賀谷かさがや先輩の事、諦めようかなぁ……、どうしようかなぁ」

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