変化

 莉子りこに公開告白をするという恥ずかしい思いをした土日を乗り越えた月曜日。

 いつもより早く起きた僕は朝から優璃ゆりの手を借りて髪型を整えていた。

「はい、これで良いですよ」

「ありがと」


 昨日、髪型を整えるやり方を覚えるまで、優璃ゆりに手伝ってもらう事を莉子りこに伝えたら予想と違って『私がやりたかった』と拗ねられた。

 これが優璃ゆりが言っておけと僕に告げた理由なんだろうか。確かに、後から知ったら機嫌を損ねる事になっただろうな。こういった気遣いは僕に足りていないところだ。

 だから二人にはそういうところに気がついたら指摘してほしいとお願いした。小さな事だと思うけど自分一人で気づけないのなら助力を求めるしかない。


「少しはマシになったのかしら?行ってきます」

「「行ってらっしゃい」お義母さん」

 忙しく働く母さんを見送ったのは何ヶ月ぶりだろうか?

 両親共に平日は僕が起きる前から出勤して帰ってくるのは夜遅く。

 僕は社畜にはなりたくないと改めて実感。


 母さんの残したとは見た目の事?それとも助力を求める事にしたことを言っているのだろうか?

「いつも母さんはこんな時間に出かけてるのか?」

「そうですよ、お義父さんはもっと早いですよ」

 マジか、母さんも父さんも働きすぎで倒れるんじゃないか?

 僕は両親の仕事を会社員としか知らない。どんな仕事をしているのか詳しく聞いた事がない。小さい頃に聞いたのは会社に勤めているという話だけだった。

 将来の事を考えるなら今度話を聞いておこう。社畜になって莉子りこと過ごす時間がなくならない様にするためにも。


 制服に着替えてリビングに降りてくると優璃ゆりが声をかけてきた。

柳一郎りゅういちろうさん、そろそろご飯を食べませんか?」

「そうだね」

 今朝はご飯、焼き鮭、味噌汁、漬物といったもの。

「いただきます」

「はい、召し上がれ」



 朝食を終えた僕は優璃ゆりに提案をする。

「いつも家事をして大変じゃない?僕も少しでも手伝いたいんだけど」

「そうです?もう慣れてしまって苦では無いんですけど。そうですね」

 顎に手を当ててう〜んと唸っている。元がいいからこういった何気ない仕草も様になってるなあ。莉子りこもだけど。

「食器洗いからやってみましょうか?」

「うん、それじゃあ」

「あっ、朝はやります。夕方からでいいですよ」

「わかった」


 優璃ゆりの言葉を役割分担とこの時の僕は思ったんだけど、ホントの理由は別にあった事を夕食後に教えられた。

 不慣れな僕の手際が良くない事を理解している優璃ゆりが時間がかかり過ぎて登校時間が遅くなるのを避けるためだった。僕のコト、よく見てるなあ……

 それでも手伝わせてくれる様になっただけでも少しは認めてくれたのかな。



 駅までの道すがら時々立ち止まって僕を見てくる優璃ゆり、挙動不審すぎない?

「どうしたの?」

「いえ、改めて見違えたなと」

 うんうんと頷いている。

 莉子りことの事もあって僕自身意識の変化が少なくともあるつもりだ。

「今の柳一郎りゅういちろうさんの外見に見合うくらいに内面も磨いてくださいね」

 義妹いもうとからの少し厳しい励ましを受けて今日一日頑張ろうと決めた。



 学校が近づくにつれてクラスメイトの姿がちらほら見えてくる。僕と気が付かない者が大半、僕を見て目を見開いて足を止める者や口を開けて硬直した者が少数いた。まあ、その反応は想定していた。


「おはよう」

「お、おはよう、心境の変化か?」

「うん、シャンとしようかと思ってね」

 僕にだけ分かる様に小指を立てる。

「うん」

「そうか、よかったな」

「ありがとう」


「あれって嵩賀谷かさがや?」

かじくんに聞いてみる?」

 こんな言葉が聞こえてくるのだが結構失礼じゃないかな。


「はぁ、いい……」

「委員長、鼻血……」

 あっちでは委員長が鼻血を垂らしていた。


 僕の変化は少しだけクラスに困惑を招いた。

 これは莉子りこ優璃ゆりが僕を揶揄って話していた通りの事態。

 かじくんのような落ち着いた反応を返してくれたらいいのに。

 思わず苦笑が溢れた。


 ホームルームが終わった後、担任に教室の外に呼び出された。

「何か心境の変化があったんだろうけど頑張れよ」

 入学してから今まで僕の事を見てきたからこそそういう風に感じて励ましてくれているのだろうか?


「先生、後で進路について相談したいんですけど」

「お、昼休みでもいいか」

「はい、お願いします」

「分かった。昼食を済ませてから職員室に来てくれ」

「はい」



 午前中は今までより集中して授業を受けた。

 そんな僕に対する反応は教師によってまちまちだったけど、概ね悪いものではなかった。


 いつもの様に一人で昼食を食べ終えて担任のところに向かう。

「失礼します」

 職員室って何故か緊張する。

 担任の姿を確認してそっちに向かおうとしたんだけど手で制された。

「進路指導室に行こうか」

「はい」

 担任と移動していると山梨やまなさんと廊下ですれ違った。

 彼女は少しだけ表情の変化を見せたけど声をかけてきたりする事は無かった。


「それで、進路相談とは。進学すると言っていたが就職に切り替えるのか?」

「いえ、志望大学についての相談なんですけど」

「おお、決めたのか」

「はい、永宝大学を受験したいと思っています」

「どの学部を受けるのか決めているのか?」

「その事について相談したかったんです」

「なるほどな」

 その後、担任と電子黒板に映された大学の資料を交えて相談をした。やっぱり高校生にとって大学の学部っていうのは馴染みが無いから相談してよかった。

 ただ、今のままじゃあ合格は厳しいという事も理解した。

「普段の勉強も今まで以上にしていくとして、予備校に通う事も考えた方がいい。こっちは親御さんとも相談するようにな」

 担任はいくつかの予備校の名前を書いて僕に渡してくれた。


「それで、どういった心境の変化なんだ?」

 さっきまでとは打って変わって砕けた感じで話しかけられた。

「どうと言われても」

 ここで馬鹿正直に莉子りことの事を話すつもりは無い。

 テンパってプロポーズしたなんて経緯が恥ずかしすぎる。

「まあ、その変わり方からすると彼女と一緒の大学に行きたいとかだろうけど」

 内心を見透かされた様な気がしてドキっとした。

「二年の山梨やまなという事は無いな」

「はい」

 あのSNSは担任も見ているだろうから山梨やまなさんの名前が上がるのは当然か。

「そうなると妹尾せのおか?」

「ぶはっ!?」

 担任は当然、僕と優璃ゆりの関係を知っている。

 そして、僕の周りにいる女性というと優璃ゆりが思い浮かんだのだろうけど。

「違いますよ。優璃ゆりは妹ですよ」

「違うのか?義妹とは結婚できるんだぞ」

 初めて知ったけど、その情報は知らなくても良かった。

優璃ゆりとはそんな関係じゃ無いですよ。あと、本人には言わないで下さいね」

「ん?こんな冗談、嵩賀谷かさがやじゃないと言わんよ」

「ソウデスカ……」

 少しは教師らしいところを見せたと思ったのにこの先生は……


「そろそろ教室に帰れよぉ」

 呆れていると担任はノートPCを終了させて電子黒板に繋いでいたケーブルを外し始める。話は終わりという事だろう。

「はい」

 僕は席を立つ。

「まあ、また何かわからなければ相談して来い」

「分かりました。失礼します」


 進路相談を終えた僕は教室に戻る事にした。

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