ある登校時の出来事

 翌朝は寝落ちをしていつもより早く寝たというのに何故かギリギリだった。

 でもね、これは僕も悪かった。優璃ゆりが起こしに来た時に返事をして、その後二度寝してしまった。起きてくるのが遅いからと優璃ゆりが二度目に起こしに来た時には完全に眠っていた。


柳一郎りゅういちろうさん、はやく起きないとキスしますよ」

 ボソッと呟かれたその言葉で何故か目が覚めた。言葉の意味を理解していたわけじゃない。ホントに何故か目が覚めた。あまりに近い位置にあった優璃ゆりの物憂げな表情に心臓が跳ねた。ドキっとして一瞬で意識が覚醒した。

「むぅ」

 何故か残念そうにする優璃ゆり、僕は時計を見て青褪めた。

 ガバッと跳ね起きた際に優璃ゆりとぶつかりそうになったのは許してほしい。

「ご、ごめん、急いで着替える」

「はい、あと、寝癖がついていますよ」

 優璃ゆりはそう言い残して僕の部屋を出ていった。


 そこから僕が慌てて朝食をかき込んで喉に詰まらせた事は笑ってやって欲しい。朝食を食べないと優璃ゆりが怒るんだよなあ。



 僕が遅くなったのは仕方がないのだけど、何故か優璃ゆりがそれにつきあう形になって家を出るのが一緒になってしまった。一体、優璃ゆりはどうしたんだろうか?


 数年ぶりに一緒に登校している。流石に兄・義妹けいまいという事を知っているものがほぼいない学校の近くでは離れた方がいいだろうけど学校の最寄り駅までならまあいいかと妥協した。


柳一郎りゅういちろうさんと一緒に登校するの久しぶりです。嬉しい」

 久しぶりの後の言葉は小声で呟かれて聞き取れなかった。

「中学に入って最初の頃ぶりかな」

 ふっと、あの頃を懐かしく思う。僕と二人が一緒にいる事を良しとしない周囲の視線に晒されて僕が二人から距離を置く事にした時の気持ちを。

「私、寂しかったんですよ。柳一郎りゅういちろうさんが私たちから距離を置くようになった事。きっと莉子りこ姉さんも」

 隣を歩く彼女の表情は前を見たまま、その声はとても真剣なものだった。

「ごめん」

 この言葉以外何も出てこなかった。

「いいんです、それより急がないと電車が来てしまいますよ」

「あ、ああ」

 それからは二人とも無言で少し歩調を速めて駅に向かった。



 いつもの電車より一便遅い今朝の電車。超満員、勘弁して欲しい。

 人の多さに酔いそうになるのもあるけど、優璃ゆりの身体が押されて密着している。非常に拙い。普段は意識しないようにしているけど、今朝は間近で物憂げな表情を見ているから嫌でも意識してしまう。

 電車が揺れる度にっと柔らかいものが僕の身体に押し当てられてくる。その都度、理性ゲージが削られていく。ああ、駅までもつかな……


「ンンッ!?」

「どうかしたのですか?」

 急に変な声をあげる僕を優璃ゆりが訝しく思い声をかけてきた。

「いや、多分気のせいだと思う」

「?そうですか」

 そう、満員電車で他の人に接触してしまうことは仕方がない事。

 一応、優璃ゆりを扉側に立たせて僕の身体で他の乗客から守るような位置に立っているつもりなんだけど、その僕のお尻に何かが触れた気がしたんだよね。

 手の甲でお尻を撫でられたようなそんな感じ。もしも、痴漢なら、間違ってます。僕は男ですよ!?


 そんな冗談を思い浮かべていると電車がカーブに差し掛かったところでもう一度撫でられた気がする。今度は掌を押し当てるような感じで。

 あ〜、これ完全にアウトなやつだよね。

 何度も言うけど僕は男だよ!身長は低いけど!

 もうすぐ高校の最寄り駅に着くからそれまでの我慢。痴漢に遭ったなんて笑い話以前の問題で遅刻になる。何より面倒臭いし、ホモとは関わりたくない。


 電車が駅に着いて扉が開く。優璃ゆりを先に降ろして僕もその後に続く。一歩足を踏み出そうとした時に今まで尻を撫でていた手がを撫でていった。堪らず振り返るけど僕の後ろにいたのはOLのお姉さんが三人。あの人たちが僕に触ってたの?それとも偶々手が触れていただけ?分からないなあ。

 立ち止まっている僕に気がついて優璃ゆりが少し離れた所で待っていた。



「おはよう、嵩賀谷かさがや。今日は遅かったな」

かじくん、おはよう。二度寝していつもより遅くなっちゃった」

 いつもの様にかじくんと挨拶を交わす。

「アップデート遅くまでかかってたからそれで?」

「ううん、待ってる間に眠っちゃってて、そのせいで変に寝起きが悪くなったみたい」

「ふ〜ん」

「お〜い、大翔ひろと〜」

嵩賀谷かさがやわりぃ、呼ばれたから行ってくる」

「うん」

 そう言ってかじくんは友人の元に行った。


 視線の先にいた委員長が何故か苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべていた。



「はぁ〜、朝の尊い、かじ×かさタイムの邪魔をしないでよね。まったく」

 百井かじくんを呼んだ波木里はきり 悠介ゆうすけにキツイ表情を向けた。

 この二人だと妄想が捗らない。やっぱりこのクラスだとかじ×かさが一番捗る。


 朝の創作を邪魔された気分、今日は幸先が悪いなあ……

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