ずぶ濡れになった次の日

 さて、翌朝僕はお約束通りに風邪を弾く事はなく、普通に目を覚ました。

 なんなら、早く寝かされたおかげで普段より調子が良いくらい。

 いつもは夜中までソシャゲしてるから常に寝不足だ。充分な睡眠って大事なんだな。いつも優璃ゆりに口うるさく早く寝る様に言われていた事を思い出した。

優璃ゆりの言う事が正しいのはいつもの事だけど、それを認めるのもなんだか癪だなあ」


 コン、コン、コンと部屋の扉が3回リズミカルにノックされた。

柳一郎りゅういちろうさん、起きていますか?」

 早く起きたのにベッドでだらけていると優璃ゆりが起こしに僕の部屋にやって来た。

「起きてるよ」

「朝食ができていますので降りて来てください」

「分かったよ」

 制服に着替えてから洗面台へと向かう。顔を洗わないと寝過ぎて気持ちがだらけてる。体はスッキリしてるのにな。

「早く来てくださいね」

 優璃ゆりから催促されてしまった。



 今日も朝から大雨、勘弁して欲しい。

 流石に朝から降ってて傘を持たないなんて事はないけどそれが無意味な程、お腹から下はずぶ濡れになった。タオルを持たされた理由が分かった。エスパーかアイツ……、いや、経験則か。



「おはよう、かじくん」

「おはよう嵩賀谷かさがや、昨日は無事に帰れたか?」

「ううん、結局、濡れて帰ったよ」

「あはは、やっぱりな」

「あの、おはよう、……嵩賀谷かさがやくん」

 僕とあいさつしてくれるのってかじくんだけだったのに、誰?

 訝しく思って声の下方を見てみるとそこに居たのは委員長。

「あ、お、おはよう、委員長」

「昨日は、ありがとう」

 ペコっと頭を下げて席へと行ってしまった。

「委員長と何かあったのか?」

「昨日、小雨になるのを待ってたら委員長が体調を崩してるところに行き当たっちゃって、保健室まで送り届けただけだよ」

「そうかあ、ついに嵩賀谷かさがやにも春がきたかと思ったのになあ」

「春?……あ、ち、違うよ、僕なんかが相手なんて、委員長に失礼だよ」

「相変わらず、自己評価が低いなあ嵩賀谷かさがやは」

「そんな事はないと思うんだけど」

 少しだけ、いつもと違う朝を迎えてしまった。



 かじ×かさの間に入ってしまった。

 これは私の主義に反する事だけど昨日のお礼は言っておきたかった。

「あ〜、やっぱり遠くから眺めてる方が捗るわね」

 私の席は彼らより後ろに位置しているから二人を観察するのには最適な位置になっている。この席になれた時には密かに喜んだ。


 今日もまたかじ×かさで創作が捗る。

 嵩賀谷かさがやくんが受けの方がやっぱり収まりがいいな。


 密かに今日も趣味の小説を書く。



 今日も山奈やまなさんは来なかった。

 もう諦めてくれたかな?


嵩賀谷かさがや、また明日な」

「うん、かじくんは部活がんばってね」

「おう、じゃあな」


 うん、イケメンはこんな仕草も絵になるなあ。

 かじくんを見送って僕も教室を出る。


 今日はお気に入りの作者さんの新刊が発売される日。

 ただ、今回の本は今までのものと趣が違っていて電子版の試し読みだと今ひとつな感じだった。だから、書店でもう少し読んでみたくなった。

 僕のお小遣いだとひと月に買える本の数には限りがある。

「アルバイトしようかなあ」

 でもなあ、僕にできるアルバイトなんてなあ……

 結局、毎回諦めちゃうんだよね、探してるうちに疲れちゃうんだよね……

 

 僕の住んでる街はそれ程大きな街じゃない。

 駅前にこの全国展開している書店ができてから、小さな書店は店を閉めていった。僕としてはお店毎に力を入れているところが違ってて好きだったのになあ。

 チェーン店が悪いとは言わないけど、平凡な品揃えで物足りない。

 そんな事を考えていると目的の書店に着いた。


 結局、試読をした上で今回のラノベの購入は見送ることにした。

「新しい事にチャレンジしてるのはわかるんだけど、僕の好みとなんか違うんだよなあ」

 まあ、僕には書けないからこんな事を言う資格は無いかもしれないけど。


 時刻を確認したら6時を過ぎていた。あ、やばい。

「早く帰らないと、また優璃ゆりの機嫌が悪くなる」

 帰りの遅い両親に代わって夕飯は優璃ゆりが作ってくれている。遅くなり過ぎると片付けまで任せているから優璃ゆりの時間を奪う事になる。怒られて当然なのに直接言ってこない。その代わり、少し機嫌が悪くなる。それも無かったら逆に不安になるけど。

 とりあえず、急いで帰ろう。



「ただいま、ごめん、本屋に寄ってたら遅くなった」

「あ、お帰りなさい」

 良かった、機嫌は悪くないみたいだ。

「もうすぐ夕飯ができるので手を洗って来てください」

「分かった」

 ホント、優璃ゆりには頭が上がらないなあ。



「今日も山梨やまなさんは柳一郎りゅういちろうさんのところに来ましたか?」

「ううん、来てないよ。随分気にするね」

「そんな事は無いですよ」

「別に、僕と山梨やまなさんは特別な関係じゃないからね」

「特別な関係……」

 何事か呟いてポッと頬を紅に染める。なんて言ったのかな?

「いえっ、気にしないで下さい」

 なんかお皿を持って慌ててキッチンに行ってしまった。僕も部屋に行くとしようかな。



 部屋に戻ってスマホのスリープを解除する。

 いつものソシャゲを起動したら緊急アップデート中の表示。あらら。

 アップデート終了の予定は22:00、まだ随分時間があるなあ。

「仕方ないなあ、読みかけの漫画を読もうかなあ」

 学校に行ってる間に充電しておいたタブレットを手に取って本棚アプリ・ツーモアを起動する。

 紙の本を買わなくなって久しいけど、この便利さを知ったらやめられない。


 ベッドに横になって漫画を読んでたらそのまま寝落ちしてた。

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