雨の日

 ある日の放課後、僕は朝の天気予報を見てこなかった事を後悔した。

 この日の朝は見事な晴天だった。それが3時を過ぎた辺りから急に曇り始めた。

 帰りのホームルームが始まる頃には雷雨に変わった。それも視界が煙った様に見える程の土砂降り。

 そして僕が後悔している理由はお察しの通り傘を持ってきていないからだ。

 学校で優璃ゆりの傘に入れてもらうのは危険だ。主に男子からの精神的圧力の意味で。こんな馬鹿な事を考えている辺り、僕にもまだ余裕があるようだ。

 とは言っても、後30分待っても雨脚が弱まらない様なら濡れて帰るしかない。

 幸い、教科書は机の中だし、スマホは一応防水だから鞄に入れておけば大丈夫だろう。念のために財布も鞄に入れておく。


嵩賀谷かさがや、駅まで入って行くか?」

『ぶはっ!』

かじくん、ありがとう。でもこの降り方だと二人ともずぶ濡れになるよ。僕もう少し待ってみるから、気持ちだけありがとう」

「そうか。じゃあ、また明日」

「うん、またね」

 なんか変な音がした様な……

 その音のした方を見てみると委員長の百井ももいさんが鼻に手を当てていた。指の隙間から赤いものが覗いている。えっ、鼻血?大変だ、保健室に……

 周りを見てもみんな素通りしている。仕方がない、どうせ雨脚が弱くなるまでいるつもりだったし。

百井ももいさん、ティッシュを詰めて。僕と一緒に保健室に行こう」

嵩賀谷かさがやくん、すみません、逆上のぼせてしまったみたいで……」

「気温も湿度も高くて仕方がないよ。大丈夫、手を引いていくね」

「すみません、お願いします」



 保健室に百井ももいさんを送り届けたけれど養護教諭は不在だった。仕方なく僕は付き添う事にした。

『ちりん♪』

 少ししてスマホに通知音がなった。確認すると優璃ゆりからだった。

『傘を忘れていましたよね?』

『うん』とだけ返信。

『一緒に帰りますか?』

『遠慮しておく。男子が怖い』

『そうですか』

 僕はなんと返せば良かったんだろう?


「今日もかじ×かさは尊いわね」

 スマホに意識が向いていたんだけどその時に百井ももいさんが呟いた言葉を聞き逃した。

 百井ももいさんの鼻に詰めてあったティッシュが真っ赤に染まる。なぜか、その事に突っ込んだり、聞き取れなかった言葉を聞き返したらダメな気がした。



 養護教諭に百井ももいさんの事はお任せして僕は決意を固める。

 と言っても大した事じゃない。この土砂降りの中を濡れて帰る決意を固めただけの事。

 走り出してすぐに思い知る。この雨、ハンパない。

 正門までの僅かな間で僕の全身はずぶ濡れ、パンツまでぐっしょり濡れた。靴の中も水が入ってガポ、ガポと間抜けな音を立てている。それに水が入ってるから走りにくい。

 バシャ、バシャと水を跳ね上げて駅までの道を走る。時々、お店の軒先を通って雨から逃れる。無駄な足掻きってやつかもしれないけど。


 駅に着いて電車に乗り込んだ僕は全身から水を滴らせていた。これが僕じゃなくてかじくんなら水も滴る良い男なのだけど、僕じゃあねえ、役者不足だ。

 周りの人の迷惑にならない様にだけは気をつけないと。僕のせいで濡れたと言われかねない。これだけ空いてればその心配も少ないだろうけど、言いがかりをつけられないとは言えないからね。



 ずぶ濡れで家に帰った僕に対して優璃ゆりは、

「お風呂にお湯を張っています。身体を温めてください」

 そう言って僕にタオルを渡して、代わりに僕の手から鞄を取り上げた。

「ありがと」

 優璃ゆりの言う事は尤もなので大人しく従う。これで風邪をひいたら本当の馬鹿だと思う。自業自得?ってやつ。あってるのかなこの使い方で?


 脱衣所で脱いだ制服を洗濯機に放り込んで、浴室の扉を開ける。

 浴室はお湯で温められていて暖かい。思いの外、雨に打たれて冷え切っていた身体がジンとなる。急激に血行が良くなったからだろうか?


 いつもより少しぬるめの温度に設定してシャワーを浴びて熱に慣らしていく。

「はぁ〜、本当に冷え切っていたんだなぁ」

 湯船に浸かった時のような声が出た。


 頭から順番に洗ってコンディショナーを馴染ませたところで、もう少し温度を上げてシャワーを浴びる。先にシャンプー、コンディショナーをする様になったのは優璃ゆりの指摘のおかげ。そしてコンディショナーを流すのは身体を洗った後という指摘も受けている。

 上げた温度に慣れてきたら今度は身体を洗う。僕は右手の先から肩まで洗って、左手に移るのが癖になっている。入念に全身を洗って、最後に洗顔フォームで顔を洗って全身の泡を流していく。なんてずぼらなんだろうと自分でも思う。

 泡を流した後はゆっくりと湯船に浸かる。僕は高めの温度が好きだけど今日は少し温め、長く浸かれる様にという優璃ゆりの配慮だろう。


 まったく、僕と違ってできた義妹だと思う。でも今はその優璃ゆりの気遣いがありがたかった。


「制服、洗濯しておきますよ」

 湯船に浸かっていると脱衣所から優璃ゆりが声をかけてきた。

「ありがと」

 まったく、できた義妹だよ。


 しっかり身体を温めてからお風呂から出た。

 烏の行水をしていると優璃ゆりにもう一度お風呂に戻されるからな。

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