山梨さんが来なかった日

 今日は山梨やまなさんが僕の所に訪ねてくることが無かった。ホッとする反面、少しだけどうしたんだろうという気になった。だって仕方がないだろう、あれだけ僕を訪ねてきていたのが急に来なくなれば気になるのも当然じゃないかな?それとも僕がおかしいのかな?

 でも、クラスの男子からのあの視線を向けられないのは正直に言ってホッとする。あの悪意に満ちた視線は精神的にキツイ。


 そんな事を考えながら今日もソシャゲで遊んでいると後ろの席に座る数少ない話し相手(友人では無い。と、思う)、かじ 大翔ひろとくんが声をかけてきた。

嵩賀谷かさがや、今日は山梨やまなちゃん来ないんだな?フラれた?」

かじくん、フラれるも何も僕は誰とも付き合った事はないよ」

「あちゃ〜、ごめん、ごめん。それより、ランクSの武器ダブってるの無い?」

「弓なら有るけど」

「弓かぁ〜、剣か長柄武器がダブったらトレードしてよ」

「うん、その時は教えるよ」

「頼んだぜ」


 かじ 大翔ひろとくんはカースト上位の住人。

 僕から見ても爽やかなイケメン。高身長で、程よく筋肉がついている。それに成績も学年の上位だし、運動もそつ無くこなす。部活はサッカー部とモテる要素が満載。

 そんな彼が僕と同じソシャゲをやっていて、一年生の時に偶々プレイ中のスマホの画面を彼が見た事で話をする様になった。三年間、彼と同じクラスになった事は僕にとって幸運だった。

 彼の存在があるから僕はクラスでハブられずに済んでいるのかもしれない。そう感じているから。それは彼がいない時のクラスの雰囲気でヒシヒシと感じた。

 もし彼の存在がなければ僕は男子に妬まれてイジメを受けていたかもしれない。そう思えるほど山梨やまなさんが来た時の男子の視線はキツかった。


 まあ、女子からは別の視線を感じるけど。端的に言って僕を邪魔だと言っている様な視線。

 でも、それは甘んじて受けよう。かじくんとの約束でもあるからね。


 かじくんには別の学校に彼女がいる。すごく大事にしているようで今年で交際四年目だと言っていた。高校生の恋愛が四年も続いているのは長い方だと思う。

 いくら僕が恋愛に疎いと言ってもクラスの中で大きな声で話をしていれば嫌でも耳に入ってくる。多くの女子は長くても数ヶ月、一年を超えて付き合っているケースは少ない。早い子だと数週間で次の恋人の話をしていた。正直、呆れた。

 僕はかじくんの様に一人の女性と長く付き合いたい。

 その前に彼女を作れとかじくんには言われたけど。

 つまり、僕はかじくんに言い寄る『女子よけ』の役割を担っているのだ。

 申し訳なさそうに僕にその事を頼んできた時には彼には悪いけど笑ってしまった。それくらい、僕が受けている恩恵に比べれば安いものなのに。


 周りに聞こえないような小声でかじくんが質問を投げかけてきた。

嵩賀谷かさがやはもし、山梨やまなちゃんから告白されたらどうする?」

「そんなことありえないよ」

、だって、考えてみてよ」

 かぁ、そんな事、万に一つもないだろうけど、山梨やまなさんから告白されたとして、僕は受け入れるのだろうか?あ、その事を知った男子から向けられる視線まで想像しちゃった。無理、あの視線に晒されながらこの先の学校生活を過ごすのなんて僕にはできそうにない。

「ごめん、やっぱり僕と山梨やまなさんが付き合うのは無理だよ。その事を知った男子の反応まで想像しちゃった」

「ははっ、そうだな。あの反応見てたら俺でも引いたもん」

「だよね、僕、すくみそうになったもん」



「はぁ、今日もかじ×かさは尊いわね」

 クラス委員の私、百井ももい 友里子ゆりこは所謂、腐女子である。公然と宣言している訳ではないけれど一押しはかじ×かさ

 小柄で陰キャな嵩賀谷かさがやくんとカースト上位のかじくん。この二人が仲良くしている姿は色々と捗ってしまう。

 このクラスになれて良かった。遠巻きに眺めているだけでご飯三杯はいける。気を抜くとつい口元が緩んで女子にあるまじき笑いが漏れそうになる。



 玲香は今日、妹尾せのお先輩の言いつけ通りに嵩賀谷かさがや先輩の所に行くのを控えていた。別に先輩への想いが小さくなったわけじゃない。ぐいぐい押していくだけだったから逃げているのかもしれない。そう思い至ったから少しだけ引いてみただけの事。

 数日こうしていれば妹尾せのお先輩も納得するだろうし、嵩賀谷かさがや先輩も気にしてくれるはず。そうに違いない。

 でも、一日会えないだけでも私はつらいなあ。

 やっぱり、明日、会いにいこうかなあ……、会いたいなあ。

 私の性癖にピッタリな男性なんて今までいなかったんだから、これは運命だよね。ああ、私の手で育ててあげたいなあ、嵩賀谷かさがや先輩……



 夕飯を食べ終えた後、僕は自室に戻ろうと席を立った。

 食器を流しに持っていく事くらいはしている。以前、食器を洗おうとしたら優璃ゆりに僕が洗うと水を出しっぱなしにするから水道代が多くいると注意された。こまめに流す様にしたんだけど、今度は水跳ねを注意されてそれ以来、僕は食器洗いをしていない。全くの役立たずだ。

柳一郎りゅういちろうさん、今日は山梨やまなさんはいらっしゃいましたか?」

「来てないけど……」

「そうですか」

 どうして優璃ゆり山梨やまなさんの事を気にしてるんだろうか?

 あれか、僕が彼女に手を出すと誤解してるのか?僕なんかが彼女みたいな美人に相手にされる筈がないのに、何を誤解してるんだ……

「じゃあ、僕は部屋に戻るから」


 優璃ゆりの質問の真意は分からないけどそんなに気にしなくても僕なんかに言い寄ってくる女子はいないよ。ああ、自分で言ってて情けないなあ。



 莉子優璃ゆりからのメッセージで今日、柳一郎りゅういちろうの元に山梨やまなさんが姿を見せていない事を知った。

 もし、これが恋の駆け引きならこの後、再び押してくるんじゃないかな?

 それは私にとっては非常に拙い。

「今度、帰った時には柳一郎りゅういちろうにあの約束の事を覚えているか聞いてみよう」

 忘れられていたらショックだなあ。その時は強引にでも迫るか。そこまで考えた私は多分真っ赤になっていたと思う。それに頭が逆上のぼせた様になって上手く考えが纏まらない。恋愛経験がない私に柳一郎りゅういちろうに迫るのは無理があるのかなあ……

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