仲の良かった美人の義妹と幼馴染から地味で不釣り合いな僕は周囲の視線に耐えられず離れていく事にしました。〜後輩美人女子が近寄ってくると二人の様子がおかしくなりました〜

鷺島 馨

プロローグ

 僕、嵩賀谷かさがや 柳一郎りゅういちろうには同い年の義妹、優璃ゆりと一つ年上の幼馴染、大城おおき 莉子りこという美人と仲良くしている時期があった。あった、なのだ。過去形だ。


 現在の僕はというと高校三年になっても内向的な性格が改善されない、一度も誰とも付き合った事がない典型的な陰キャと言われる男子。まあ、外見も想像してもらえると分かると思う。

 因みに身長は165cm、痩せているといえばモテる要素はないだろうと僕は思っている。


 両親には小さい頃からそんな僕と義妹を比べられていた。

 両親からしたらうちに来たばかりの優璃ゆりを褒める事で馴染ませようとしていたんだと今なら理解できる。でも、当時の僕は『僕も褒めてほしい』そういった気持ちが燻り続けていた。そんな僕と優璃ゆりの関係を取り持つ様に莉子りこがいた。三人でいる間はそう言った嫌な感情に支配されずに子どもらしくしていられた。


 僕が中学になった頃には莉子りこの事を女性として意識し始めた。その頃の莉子りこは学校でも人気があって会える機会は当然減っていたんだけどね。そんな僕を見て優璃ゆりが僕を避ける様になっていた。

 女子の方が性知識には敏感だというから、血の繋がらない同い年の男子が一つ屋根の下で暮らしているその事に警戒してもおかしくないかと納得をしたのが思い出せる。


 だからだろうか、中学になって暫く経った辺りから僕らは疎遠になっていった。正確には僕から距離をおく様にした。それも仕方がないだろう。二人は贔屓目に見ても魅力的な女性だった。


 優璃ゆりは身長は160cmくらい、顔立ちは整っていて、目尻が下がっている事と口の端が少し上がっていて柔らかい雰囲気を湛えている。

 髪と目は実母譲りの明るい茶髪に翠眼。スレンダーな体型に控えめに主張する胸と腰。これだけでも年頃の男子には目の毒。


 莉子りこに至っては身長170cmくらい、いかにも美人といったキリッとした顔立ち、大学に進学した今ではアッシュグレイに染められた肩までの髪、グラビアモデル顔負けの体型、中学に入ってから胸はどんどん大きくなっていて遠目に見ても僕は意識してしまった。


 当時、そんな二人と僕が一緒にいるという状況を面白く思わないのは男子だけではなく女子も一緒だった。

 入学当初から浴びせられる悪意ある視線、一緒に登校していた二人がそれに気づく前に僕は視線に耐えられずに登校時間を変えた。二人から問い詰められたけど『放っておいてくれ!』とはじめて強く拒否を示した。この時から僕たちは別々に過ごす様になった。

 彼女達はスクールカースト上位の住人。僕は最底辺の人間。周囲のからもそれが当然という様に僕に向けられていた視線も僕から離れていった。


 そんな僕は先日過ちを犯した。

「先日は助けて頂いて有難うございます。お礼をしたいのですけれど……」

 その女子はリボンの色から見て二年生の女子。

 目立たない子ならまだ良かったんだろうけど彼女も容姿が良かった。控えめにいっても美人。

「おい、あの子って二年の山梨やまな 玲香れいかじゃないか?なんで陰キャと話してるんだ」

 また、あの嫌な視線が僕に集まってくる。堪らず僕はその場から逃げ出した。

「あっ、待ってください」

 声をかけられた気がしたけど気にする余裕は僕にはなかった。


 彼女との出会いは、駅前で落とし物を探していたところに偶々僕が居合わせた事。周りの人達は彼女を避ける様に歩いていく。それを悪い事だとは言わない。

 ただ、同じ高校の女子が困っている事を見過ごす事に嫌悪感があっただけ。自己満足以外なにものでも無い。偽善だと言われればその通りだろう。

 彼女の落とし物は小さなキーホルダーの付いた鍵。カバンから定期を出した際に引っ掛かって落としてしまった所を通りかかった人に蹴られてしまったとのことだった。

 その話を聞いて一緒に探す事にした。なんとか日が暮れる少し前に彼女の落とし物は見つかった。

「ありがとうございます」

「もう暗くなるから気をつけて帰ってね」

 これだけの関係。自己満足でやった事にお礼の言葉以上の事は求めていない。なんならお礼もなくて良いくらい。

 こんな美人な子と必要以上に接するべきじゃ無い。またあの目を向けられるのは嫌なんだ。


 あの日から土日を挟んで二日が過ぎた火曜日。僕と彼女が関わり合いになる事はもう無いと思っていた。それなのに今日、僕のクラスにやって来た。だから僕は逃げ出した。


 あれから逃げ続けていたけど諦めてくれない。まいった……

 昼休みと放課後に決まって彼女は僕を訪ねてくる様になっていた。それが面白くない男子からは刺すような視線を浴びせられて肩身が狭い思いをしている。こんな事ならあの時にちゃんと話を聞いておくんだった……、後悔先に立たずとはこういう事か。


 今日は両親ともに帰りが遅くなるという事で珍しく優璃ゆりと一緒に夕飯を食べていた。因みに作ってくれたのは優璃ゆり。こう言ってはなんだが母さんよりも料理上手。

 夕飯を食べ終わったタイミングで優璃ゆりに呼び止められた。

柳一郎りゅういちろうさん、二年の山梨やまなさんと随分仲が良いと聞きましたけど」

 普段の柔らかな雰囲気を微塵も感じさせない冷たい声で優璃ゆりから告げられた言葉。正直言ってちびるかと思った。

 なんと答えたら良いのか分からず部屋に逃げた。僕、逃げてばかりだな。

「待って、柳一郎りゅういちろうさん」

 部屋の鍵をかけてイヤホンを着けて音量高めで音楽を再生した。



 柳一郎りゅういちろうさんに逃げられたあと、部屋まで追かけたけど鍵をかけられていた。声をかけても返事は返ってこない。

 こんな事は今回がはじめてじゃ無い。中学生になって直ぐに一緒に登校しなくなったあの頃にも同じような事があった。あの時もこういう風に逃げ続けられた。その経験から少し時間を置く事にした。でも……

柳一郎りゅういちろうさん、山梨やまなさんの事をどう思っているのかな……、山梨やまなさんも柳一郎りゅういちろうさんの事をどう思ってるんだろう、毎日の様に通ってるって聞いたけど……」

 なんでかなあ、モヤモヤする。



 優璃ゆり山梨やまな 玲香れいかの元を訪れた。

山梨やまなさん少し良いかしら?」

「はい、妹尾せのお先輩、なんか用でしょうか?」

 妹尾せのおとは優璃ゆりの亡くなった母親の姓。学校では妹尾せのお 優璃ゆりで通している。同い年の義兄弟が同じ学校に通っている事への配慮で教師には説明している。優璃ゆり柳一郎りゅういちろうが兄弟だという事を知っているものはこの高校には殆どいなかった。

「ここだと少し話しづらい内容なの。ついてきてもらえる?」

「はい」


 私たちはこの時間、利用者の少ない図書室へと移動する。

「貴女が嵩賀谷かさがやさんの所に通っていると聞きました。嵩賀谷かさがやさんも逃げているという事でしたから何か理由があるのかと思いまして。あんまり上級生のクラスに通うのも良く無いでしょう。よければ相談に乗りますよ」

嵩賀谷かさがや先輩……、妹尾せのお先輩とはどういった関係ですか?」

「私と嵩賀谷かさがやさんの関係は今はどうでも良いでしょう?」

「っ、そうですね、嵩賀谷かさがや先輩には困っているところを助けて頂きました。それで、お礼をと思うのですが逃げられてばかりで……」

「そう、それなら、無理に追いかけなくても手紙でも良くない?」

「でも、直接伝えたいんです」

「逃げてるっていう事は、相手の迷惑になってるかもしれないのよ。それでも、貴女の気持ちを押しつけるの?」

妹尾せのお先輩の仰る事は分かりました。私も控えるようにします」

「そう?手紙を渡すのなら私が仲介してあげられると思うから、その時は声をかけてね」

「はい、その時はお願いします」

 その後は図書室で私たちは別れた。


 ふう、柳一郎りゅういちろうさんは昔と同じで優しいままだった。もっと身だしなみに注意を払えば良いのに、昔の頼れるお兄ちゃんに戻ってほしいなあ。

 私は別に柳一郎りゅういちろうさんを嫌っているわけじゃない。私たちといることで煩わしい思いをさせたくなくて柳一郎りゅういちろうさんが離れていったのを渋々受け入れているだけ、いつか昔のように戻ってほしいという願いを込めていたんだけど、山梨やまな 玲香れいか、彼女を柳一郎りゅういちろうさんに近づけたくないと私の直感が訴えかけてくる。

山梨やまな 玲香れいか……」

 そう呟いた後、私もクラスに戻る事にした。



 妹尾せのお先輩と別れた後私は教室に戻った。クラスメイトは先輩からの呼び出しに何かあったのかと興味津々、正直言って煩わしい。それでも当たり障りのない返答をしてやり過ごした。はぁ〜、みんなお子様で疲れるなあ。

 妹尾せのお先輩にああは言われてけれど、先輩の苗字が分かっただけでも呼び出された甲斐があった。

 嵩賀谷かさがや先輩……、先輩は私の理想なんですよ。ふふっ。


 私の好みが一般的でないことくらい理解している。

 だって、あんな内向的で、自分に自信が無くて、女性に興味があっても手を出す事ができない。色々と理由をつけて困っている人に手を差し伸べられる優しさ、磨けば光りそうな容姿。そういう男子が私は好き。嵩賀谷かさがや先輩はまさにそのタイプだった。私の手で育て上げていきたい。

 それに、鍵を見つけてくれた時のあの笑顔に一目惚れをした。タイプの男子、それにあの笑顔、これで惚れないわけがない。

 妹尾せのお先輩がどういうつもりで私に声をかけてきたのか分からないけれど、もし、私と嵩賀谷かさがや先輩の仲を引き裂くつもりなら引き下がるつもりは無い。

 絶対、嵩賀谷かさがや先輩には私のをもらってもらうんだから。



 クラスの自分の席でソシャゲをしていた柳一郎りゅういちろうは背筋に冷たいものを感じた……



 夕飯を済ませた後、柳一郎りゅういちろうさんがお風呂に入っている間に優璃莉子りこ姉さんにメッセージを送る。

 山梨やまな 玲香れいかの事を報告するために。


 莉子りこ姉さんは昔から柳一郎りゅういちろうさんの事を気にかけてくれていた。それは大学に通い始めた今も変わらない。柳一郎りゅういちろうさんが距離を置き始めてどう接すれば良いのか分からなくて困惑している時にも柳一郎りゅういちろうさんの意を汲んで距離を置きながらも見守る事を進言してくれた。

 あんなに美人なのに彼氏もつくらないのは柳一郎りゅういちろうさんの事が好きなのかなと思っていたのだけど、大学に入ってから男性と仲良さそうに歩いているのを見かけたから、本当に親切心で私たちを気にかけてくれているのだろう。

「これでよし。莉子りこ姉さんには心配かけたくないけど、いざという時には山梨やまなさんの事で相談に乗ってもらわないといけないから……」



 莉子りこはバイトが終わって一人暮らしをしている自分の部屋に帰ってきた後で優璃ゆりからのメッセージに気がついた。

柳一郎りゅういちろうはやっぱり優しいね……」


 まだ、幼い頃の事を思い出す。

 これは優璃ゆり嵩賀谷かさがや家に引き取られる前の思い出。優璃ゆりも知らない話。

 あの時、私は近所の大きな飼い犬に襲われた。普段なら鎖で繋がれているその犬は前を通る人に誰彼構わず吠える事で有名だったけど繋がれているなら、ただのやかましい犬という認識だった。

 それなのに私が柳一郎りゅういちろうと通りかかった時、いつもの様に吠えて飛びかかろうとするその犬の首輪から鎖が外れて私は組み敷かれてしまった。

 恐怖のあまり叫び声も上げる事ができずにいた私を庇って柳一郎りゅういちろうが噛まれた。多分今も柳一郎りゅういちろうの肩にはその時の傷跡が残っていると思う。

 その時の事が鮮明に私の記憶に刻まれている。幼いながらに私は柳一郎りゅういちろうのお嫁さんになると約束をした。今の柳一郎りゅういちろうがその事を覚えているかは分からない。でも、私にとってはその約束は今も生きている。

 優璃ゆりは義妹で柳一郎りゅういちろうに恋心を抱いてはいないみたいだから良いけど莉子柳一郎りゅういちろうの仲を邪魔する女は年下でも許せない。こんな時は自分が一つ歳上な事が悔やまれた。


山梨やまなという子がもし莉子柳一郎りゅういちろうの邪魔をするなら、その子より先に柳一郎りゅういちろうに気持ちを伝えないと……」



 柳一郎りゅういちろうは背中に冷たいものを感じた。

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