告白

 莉子りこが僕の家にやってきたその日の夕飯は三人で食卓を囲む事になった。夕食の席で莉子りこが泊まる事を二人から聞いて驚いた。

 まあ、僕には関係のない話だろうと聞き流していたんだけどね。


 だから僕はさっさとお風呂に入って自分の部屋に戻った。

 あの件のせいで最近は学校で落ち着いて過ごす事ができていないから家にいる時くらいはゆっくりとさせて欲しい。


 ぼんやりとしているとここ数日の事が頭をよぎる。

 かじくん以外の皆んなは僕と山梨やまなさんが付き合っていると決め付けて会話をするから、僕の言い分は聞いてもらえなかった。あれは酷いよ、だって彼らは自分の望む答えじゃなかったら僕が嘘を言っていると決め付けてきたんだもん。

 見兼ねたかじくんが僕の話を聞いてくれてみんなの間に立ってくれなかったら今頃どうなっていたことやら……

 山梨やまなさんが僕を訪ねて来なくなったのとかじくんのおかげでクラスの方は誤解が解けてきていると思う。

 あの時なぜか委員長にサムズアップされたんだけど、あれは一体何だったんだろう?


 トイレに行くのに階下へ降りるとリビングで優璃ゆり莉子りこが両親を交えて談笑をしているのが聞こえてきた。聞こえてきたと言っても会話の内容までは分からない。

 僕も中学の時に頑張っていればあの中に入っていけたんだろうか。そうすればもっと胸を張っていられるような自分になれたんだろうか。

 そんな事を考えても僕は僕、今更変わる事はできないんだからしょうがない。

ふぅっと溜息を溢して用を足す。


 今までも幾度も感じていた二人を羨ましく思う気持ち。情け無いよね、自分が努力してこなかったのに二人を羨ましく思うなんて……


「ソシャゲしよ……」

 こんな楽しくない気持ちでゲームをしようと思ったのは初めてだった。


 注意散漫になった状態でゲームをしていたら案の定小さなミスを連発。

「ダメだ……、こんなにミスしてたら」

 ゲームアプリを終了させてスマホを枕元の充電器に接続する。

「もう寝よ……」

 照明を消してタオルケットを頭までかぶる。

 目を瞑ると思い出すのは三人で楽しく過ごしていた幼い時のこと。

「僕は……、あの時に戻りたいんだろうか……」

 聞く者もいない疑問を最後に微睡の中に落ちていった。



 コンコンコンと三度扉をノックする音で僕は目を覚ました。

 時計を確認すると23:17と表示されていた。

 誰だろう?寝起きで頭が働いてない。そういえば、鍵掛けたかな?

 照明をつけて鍵を確認すると閉まってない。

「開いてるよ」

 上半身だけ起こして扉の前にいるであろう人に声をかける。

「お邪魔しま〜す」

 そう声をかけて僕の部屋に入ってきたのは莉子りこだった。


「ごめんね、寝てた?」

「ううん、大丈夫だけど……、どうしたの?こんな時間に……」

 僕にはどうして莉子りこが僕の部屋にやってきたのかが分からない。その理由が想像できなくて困惑していた。


柳一郎りゅういちろうとも話がしたかったの」

 そう言ってモジモジしている姿は昔の莉子りこを思い出させる可愛らしい姿だった。今の莉子りこに可愛いっていうのは失礼だとは思うけど。

「僕は……、僕には莉子りこに話せる様な事は何もないよ……」

 僕という存在が恥ずかしくて俯いてそう告げる。ほんと、僕ってどうしようもないな……


 そっと僕の両頬に手を添えて顔を上げさせられて莉子りこと目が合った。背けようとしても両頬をおさえられているからそれも叶わない。

柳一郎りゅういちろうは私と会わない間どんな風に過ごしていたの?」

「僕の話なんて面白くないよ……、地味で目立たない様に過ごしてきただけだから……」

「ずっと、このままでいいの?」

「そりゃあ、変われるものなら変わりたいよ……、でも僕は変われないんだ……」

「どうして、そう思うの?変わろうとしたの?」

「っ、どうすれば変われるか分からない……、もう変われないんだよ……」

「そうやって、ずっと自分を甘やかすの?」

「っ!莉子りこに僕の何が分かるの!」

 図星を突かれて声を荒げてしまった。なんて情け無いんだ。グッと口をつぐみ、視線を莉子りこから外す。

 莉子りこはそれでも僕を真っ直ぐに見つめて言葉を続ける。

柳一郎りゅういちろうは変わりたいけど変わるためにどうすればいいのか分からないんだよね」

 優しく諭す様に告げられた言葉に頷く。

「きっかけがあれば変わる事はできると思うよ」

「そんな事……」

「だって、私がそうだったもの!」

 そんな事ないと言葉を返そうとしたけどできなかった。強く告げられた莉子りこの言葉。彼女の経験談、それに対して僕の言葉は逃げだ。だからこそ聴きたくなった。

莉子りこは……、どんなきっかけがあって、変われたの?」

「それ、聞いちゃう?」

 照れくさいのか僕の部屋に来て初めて莉子りこが僕から視線を外した。心なしか頬に朱がさした様に見える。


 数度、深呼吸をする様に呼吸を整えてから莉子りこは僕の隣に腰を下ろした。

「私が変われたきっかけはね、好きな男の子にずっと好きでいてもらいたい。そう思って、その為に努力しようって思えたことかな」

 莉子りこは中学にあがる前から魅力的になっていった。そうか、あの頃にはもう好きな男子がいたんだ……

 そうだよな。いつまでも幼い頃の約束に縛られているはず無いじゃないか……

 そう思うと涙が溢れていた。

 僕は莉子りことの約束を忘れられずにいて、なのに、努力もしてこなかった。自業自得だよ、こんな僕の事をいつまでも思ってくれてる筈がないのに。


「ちょっと、どうしたの?柳一郎りゅういちろう、私の話に感動した?」

 涙を流す僕に気がついた彼女は茶化しているけど、心配そうな表情を僕に向けている。

「ううん、自分が情けないなあって思って……」

 上を向き涙を拭う。どうせ、失恋してるのならちゃんと思っている事を言っておこう。莉子りこには迷惑かもしれないけど。


「僕、莉子りこと幼い頃にした約束まだ覚えてるんだ……」

 莉子りこの表情が強張る。やっぱり莉子りこも覚えていたのか、でも他に好きな人がいるから強張るんだろうな。

「どんどん綺麗になっていく莉子りこの隣に変われない僕がいて、周りからそこはお前のいる場所じゃないっていう視線を向けられたり、実際に言われてると僕は莉子りこには相応しくないって思えてきたんだ。最初はねそれでも莉子りこの側にいたいって思ってた。でも弱い僕は逃げたんだ……」

 ああ、こんな女々しい事を莉子りこに話す事になるとは思わなかった。

「一緒に登校しなくなってから暫くの間はどうしたらいいのか分からなくて何も手につかなくなって、気がついたら本当にどうしようも無くなってた。クラスのみんなからも僕は地味で目立たないパッとしない奴という風に認識されて、僕はその役割を自分に割り当てたんだ。そんな状態で今まで過ごした僕はこの先も変わらないと思う。だからせめてもの救いだと思って昔、莉子りこが言ってくれた言葉にすがっていたんだ」

「その言葉って……」

「うん、僕の『お嫁さんになる』って言ってくれたあの言葉……」

 想いを振り切るようにグッと目を瞑る。そして続きの言葉を口にする。

「馬鹿だよね、莉子りこはこんなに素敵な女性になって他に好きな人もいるのに幼い頃の約束に縋り付いているなんて……、ホント、女々しくて嫌になる。あとキモイ……」


 はぁ……、言っちゃった。僕の初恋、終わったなあ……

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