莉子

 SNSの件から暫く経った土曜日の夕方。

 ピンポーン♪

 僕がリビングでだらけているとインターホンが鳴った。

「私が行きます」

 来客時の対応はほぼ優璃ゆりがしてくれる。一応、座り直しておく。


優璃ゆり、久しぶり」

莉子りこ姉さん、お久しぶりです」

 えっ!?莉子が来たの?前に会ったのはゴールデンウイークだったかな。

「上がって下さい」

「うん、遠慮なく」

 なに?どういう事?

柳一郎りゅういちろう、久しぶり」

「うん、莉子りこも」

莉子りこ姉さん、座って下さい」

 優璃ゆりは僕の正面の椅子をひいて莉子りこに座るように促す。

「ありがと」

「コーヒーで良いですか?」

「うん、アイスでお願い」

「はい、柳一郎りゅういちろうさんもアイスで良いですか?」

「うん」


 まだ事態に追いつけていない僕を他所に優璃ゆりはコーヒーをいれにキッチンに向かい、テーブルには僕と莉子りこが取り残される。

 完全に席を外すタイミングを逃した。


 昔はなにも気にせずに会話ができていたのに今の僕と莉子りこだと会話が出てこない。僕はクラスでも目立たない地味な陰キャで、莉子りこは幼馴染だけど今では贔屓目に見ても美人でスタイルの良い大学生。きっとモテるんだろうな、彼氏もできたんだろうな……


 子供の頃の幼馴染とのありがちな約束を僕と莉子りこもしていた。

 僕のお嫁さんになるという約束、こんな情けない今の僕にはその約束を叶える事はできそうにない。それに莉子りこも子供の頃の約束なんてもう忘れてるだろうし、今更そんな話を持ち出されても困るだろうし。


 昔を懐かしんでいると莉子りこが躊躇いがちに声をかけてきた。

柳一郎りゅういちろうは彼女ができたの?」

「彼女!?いないよ!僕が冴えないのは莉子りこも知ってるでしょ!?」

 莉子りこはどうしてこんな事を聞いてくるんだろう?僕に彼女ができるはずないのに。なんか悲しくなってきた……

「ふ〜ん、そうなんだ」

 それっきり、二人の間に沈黙が訪れる。あ〜、優璃ゆり早く戻ってきて、お願い……


柳一郎りゅういちろう、あ、あのね」

 いつになくモジモジとした感じで莉子りこが僕を呼んだ。

「お待たせしました。コーヒーをどうぞ」

「あっ……」

 莉子りこが僕に何かを言いかけた所に優璃ゆりがトレイにコーヒーを乗せてやって来た。

 それっきり莉子りこは口を噤んでしまってなにを言おうとしたのかは分からないまま。僕も聞き返す事はしなかった。


 それから、アイスコーヒーを飲む間だけ優璃ゆり莉子りこの大学での事を訊ねているのを聞いていた。話しかける事がないんだよ僕には。

 このままここにいても仕方がないから僕はコップの中身を一息に飲み干して席をたつ。


 コップを流しに持って行き濯いでおく。

「僕、部屋に戻るね」

「あっ……」

 そう二人に声をかけてリビングを後にする。

 なんか言われた気がするけど気にせずに自室へ向かう。


 女の子同士の会話に僕は不要だもんね。



優璃ゆり、実際のところ柳一郎りゅういちろうとこの子は付き合ってないのよね?」

柳一郎りゅういちろうさんは付き合ってないと言っていました。けど、相手の子、山梨やまなさんはその事を否定していない様です」


 今はもう削除されている学校のSNSに投稿されていた画像。優璃ゆり莉子りこに添付して送ったモノを表示させて二人は会話していた。

 柳一郎りゅういちろうが否定していたとしてもスマホの画面には手を繋いで歩く二人の姿が映し出されていた。


 この画像を見てから莉子りこは悶々とした日々を過ごしていた。

 柳一郎りゅういちろうに電話をかけて確認する事もできずに今日まで過ごしてきた。

 柳一郎りゅういちろう莉子りこが幼い頃の約束を忘れていると決めつけているけれど莉子りこはその約束を忘れずに今も想い続けている。中学の頃、柳一郎りゅういちろうが二人から距離を置き始めた時には悲しく思いつつも嫌われるのがイヤで柳一郎りゅういちろうの意見を尊重した。

 その結果、柳一郎りゅういちろうと一緒に過ごせる時間がほぼ無くなり、その分、学業に打ち込んだ。声をかけてくる男子にはそっけない対応を取っていたから男嫌いとの噂も流れる程になっていたけど莉子りこにとってはどうでもいい事だった。


莉子りこ姉さん、今日は泊まっていくんですよね?」

「うん、そのつもり」

「私、莉子りこ姉さんと柳一郎りゅういちろうさんが付き合ったら良いなと思っていた事があるんです」

 優璃ゆりのその言葉に莉子りこは驚いた表情を見せた。


「最近、山梨やまなさんが柳一郎りゅういちろうさんの側にいる様になって柳一郎りゅういちろうさんが離れていきそうで不安なんです。おかしいですよね兄妹なのに……」

 優璃ゆり柳一郎りゅういちろうに惹かれてるんだろうか?

優璃ゆりは兄妹として柳一郎りゅういちろうの事が好きなの?」

 莉子りこはどうしてもその事を聞かずにはいられなかった。

「そうですね……、私は兄妹として柳一郎りゅういちろうさんの事を好ましく思っています」

「そう……」

 優璃ゆりの想いが兄妹としてのモノだというのなら私が告白しても良いよね?

優璃ゆり、私、柳一郎りゅういちろうに想いを伝える」

 私なりの決意表明。もしかしたら優璃ゆりは気付いてないだけで柳一郎りゅういちろうの事が好きなのかもしれない。その事を優璃ゆりが自覚する前に私の想いを伝えよう。その方が優璃ゆりにとっても良いはず。


「はい、莉子りこ姉さんの想いが報われると良いですね」

 ああ、なんて良くできた妹分だろう。

 私の胸に少しだけチクリとした痛みがはしった気がした。

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