おんぶ

「ただいま」

「あ、お帰りなさい柳一郎りゅういちろうさん」

 先に帰って来ていた優璃ゆりが出迎えてくれる。

「あの、戻られたばかりで申し訳ないのですけど……」

「ん、どうしたの?」

「その、オイスターソースを買い忘れていて、代用レシピを試してみようとしたのです。けど……」


 ああ、表情を見る限り代用レシピは今ひとつお気に召さなかったのかな?

 キッチンを見てみるけどまだ下拵えの段階で調理に取り掛かっていないみたい。それなら別の料理にすれば良いのにと思ってしまう僕はおかしいのかな?


 この話の流れなら買い物を頼まれるのかな?

「それなら買いに行ってこようか?」

「一緒に行ってくれますか?」

「うん。う、ん?」

 聴き間違えたかな?

「荷物、置いてくるよ」

「あ、着替えもしてきてくださいね」


 言われた様に着替えを済ませてリビングに降りて来てみればそこにはエプロンを外した優璃ゆりがいた。他所行きの格好をして……。さっきのは聴き間違えじゃなかったのか。


「では、行きましょうか」

 キッチンにあった食材はすっかり片付けられていた。どういうこと?



 何故か優璃ゆりに手を引かれて駅前の商店街に来ていた。家の近所のスーパーではなく比較的離れた位置にある商店街に。


「あら、優璃ゆりちゃんデート?」

「違いますよ〜」

優璃ゆりちゃん、良いの入ってるよ。どう?」

「どれですか」

 八百屋のおばさんから声をかけられ、魚屋のおじさんには魚をお薦めされている。手を引かれている僕を見てニマニマとした視線を向けてくる。

 タノシソウデスネ……


 お惣菜屋さんに手を引かれて行く。

「あら、優璃ゆりちゃん、いらっしゃい。おめかししてデート?」

「もう、違いますよ〜」


 ここでも優璃ゆりは揶揄われている。

 こうして見ていると普段からこの商店街を利用している事が容易に想像できる。だって、商店街の人が優璃ゆりに対してすごくフレンドリー。


 目的のオイスターソースはこのお惣菜屋さんのオリジナルだったのか。

「もも肉150グラムと合挽きミンチを300グラムお願いします」

 ソースの他にお肉も買っていくようだ。

「ちょっとだけど、オマケしておくよ」

「有難うございます。こちらでお願いします」

「はい、お釣りね。こっちは新作、そっちの彼氏と食べてねぇ」

「えっ、あっ、か、彼氏!?」


 動揺している優璃ゆりに新作お惣菜の入った紙袋を渡し、僕には購入品の入った袋を渡してくる。ちなみにこの商店街、バイオマスレジ袋を無料配布してくれている。僕のエコバッグは出番が無かった。


 今の僕の手には八百屋さんで購入した茄、椎茸、南瓜、魚屋さんで購入したおじさんお薦めの血鯛と鱚の入った袋がある。

 どちらのお店でもオマケをしてもらっていた。


 成程、僕と一緒に来た理由が理解できた。

 僕は荷物持ちだったんだろう。

 その結果商店街の方々に揶揄われたのは誤算だったんだろうけど。

 美味しい料理をいつも振舞ってもらっているんだから荷物持ちくらいは喜んで引き受けますとも。


 帰り道でも優璃ゆりは僕と手を繋いで歩く。

 こうして手を繋いで歩くのって小学校以来だなあ。


「すみませんでした」

「ん、なんで?」

莉子りこ姉さんという彼女がいるのに私の彼氏と思われてしまって……」

「ああ、別に気にしなくていいよ。取り乱した優璃ゆりを見ることなんてなかったから可愛いなと思って見てたよ」

「っ!?もう、柳一郎りゅういちろうさんも私を揶揄うんですか」


 繋いでいた手を離してプリプリ怒る。そんな姿も可愛い、元が良いと何しても可愛いなあ。ほっこりして見ていると更に機嫌を損ねていく。

 そろそろ、機嫌を取らないと。もし夕飯を作ってくれなくなったら僕が困る。


「ごめんごめん、揶揄うつもりは無かったんだよ。ホントに優璃ゆりが可愛かっただけで」

「もう、そういうところです」

 プイッとそっぽを向かれてしまった。


「あっ」

 段差に足をとられてバランスを崩した優璃ゆりの腕を掴む。

 幸いなことに転ぶことはなかった。


「大丈夫?」

「ええ、柳一郎りゅういちろうさんのおかげで、っ痛!」

「おい、大丈夫か!」

 足を挫いたみたいで体重をかけると痛みが走る様だ。


「ちょっと、見せて」

「えっ、あっ」

 戸惑う優璃ゆりの声をよそに屈んで足首を確認する。

 挫いた方の足首が少しだけ腫れて熱を帯びている。病院は診察時間は過ぎているなあ。


「それ程酷くないと思うので帰ってから湿布を貼っておけば良いと思うんです」

「ホントに?我慢してない?」

「はい、でも歩いて帰ると時間が……」


 申し訳なさそうに呟くけどこんな時はタクシーをって、こんな住宅街の中をタイミング良くタクシーが走っている訳も無く。スマホを取り出してタクシー会社の電話番号を検索しようとしていると優璃ゆりから提案があった。


「もし、柳一郎りゅういちろうさんが辛くなければしてくれませんか?」

 顔を真っ赤にしてそう提案してきた優璃ゆりに対して僕は反射的に背を向けた。足首を確認するために屈んでいたんだからそのまま背を向ければおんぶを了承した事が伝わるだろう。照れ隠しの意味も含んでの行動だったけど。


柳一郎りゅういちろうさん良いんですか?」

「いいよ、これでもお義兄にいちゃんだからな」

 昔、優璃ゆりをおんぶした時の事を思い出した。懐かしいなあ。


「それじゃあ、失礼します」

「ん」

 優璃ゆりと僕の身長差は5センチ。

 首に腕を回して来た事を確認して、膝裏に手をまわす。買い物袋があるから収まりが悪いけど我慢してもらう。

「しっかり掴まって、立ち上がるよ」

「はい」

 ぎゅっと掴まってくると、どうしても背中に感じる柔らかな感触を意識してしまう。慎ましやかな大きさのそれは僕の背中に押しつけられて形を変える。

「いくよ」

 怖がらせないようにゆっくりと立ち上がる。


「お、重くないですか?」

「大丈夫だよ」

 正直に答える事が不正解だという事くらいは僕でも知っている。

「ホントですか?」

「ホント、ホント。昔、優璃ゆりをおぶって帰った事があっただろう?」


 昔の話で誤魔化して僕達は家に帰った。

 多分、誤魔化せたんじゃないかな。

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