お説教

 玄関を開けるとそこには優璃ゆりがピシッと背筋を伸ばして立っていた。

 僕の事をジト目で見つめてくるその表情は無。


「ただいま」より先に「ゴメンなさい」が口をついて出た。

 スッと体を横にずらして『早く上がれ』と無言の圧力。


「随分、遅かったですね」

 冷気を孕んでいるのではないかと錯覚する程に感情がこもっていない問いかけ。

 話を逸らしたり、ふざけたりするとお怒りになる事は目に見えている。


山梨やまなさんと一緒だったんですか?」

「はい……」


 学校での事も見られている以上言い逃れは出来ない。勉強を教えていただけ。なんのやましいところもない。そう自分に言い聞かせるのだけど冷や汗が流れる。


「べ、別にやましい事は何もないぞ」

「そうですか」

 ここまで感情がない受け答えをされるとどう答えて良いのか判断に困る。


 そっと僕の前に差し出されたスマホ。その画面には学校での事を写した画像とやっぱり付き合っていたのかという推測コメントが表示されていた。


「これは山梨やまなさんに助けを求められたんだ」

「そうなんですね」


 優璃ゆりはスイッと画面をスワイプさせて次の画像を表示させる。

 僕の隣を歩く山梨やまなさん。その表情は憂いを帯びてどこか色香を感じさせるもの。他人事であれば写真を撮った者を褒めたくなる。そんな一枚。

 その表情を向けられる僕の事を妬むようなコメントが沢山……


「これは相手が同じ方に住んでるから送って欲しいと頼まれて」

「…………」


 さらに画面をスワイプして彼女と僕の写真が表示されていく。その度に状況の説明をしていく事を続けていく。今は耐えるしか無い。


 最後の画像について説明を終え、安堵の息をこぼした、その時になって僕は追求が終わったと勘違いしている事に気づかされた。


「それで、この時間まで何をしていたんですか?」

「えっ、あ、え〜と、勉強を教えていました……」


 じーっと見つめられると目を逸らしそうになる。

 やましい事は無かった筈。そう考えると山梨やまなさんのブラジャーを見た事が思い出された。多分、表情に出たんだろう。

 優璃ゆりが「やっぱり……」と呟いた。


柳一郎りゅういちろうさん、やましい所があるんですね」

「べ、別にやましいことなんて、ほんの少し、ブラ、あっ!?」

「ブラ?ブラジャーですか?」

 物凄く冷たい視線を向けられて、口を滑らせた事に気がつく。

「いや、あの、別に脱がせたとか、そんなんじゃなくて」

「脱がせた!?」

 墓穴を掘った!?

「詳しく話してもらいましょうか?」

「はい……」


 悠香ゆうかさんに待っているようにと言われた事、本当に勉強を教えていた事や不可抗力で見えてしまった事を優璃ゆりに話すのだけど機嫌が治る事は無かった。


「分かりました。お風呂に入ってください」

 そう言って優璃ゆりはリビングを出て行った。

 僕はため息をついて時刻を確認しようとスマホに手を伸ばす。


「あれ、スマホが無い」

 ポケットやカバンの中を確認したけど無い。

山梨やまなさん家に忘れて来たかな」

 明日、確認しようと楽観視して風呂へと向かった。



莉子りこ姉さんという彼女がいながら柳一郎りゅういちろうさんは困った人です」


 部屋に戻った優璃ゆり柳一郎りゅういちろうの言った事を振り返って思い出す。

 ブラジャーを見た事以外は別に悪い訳じゃない。いや、それも不可抗力と言えなくは無いので不問にしてもいい。

 それならどうしてこんなに機嫌が悪くなっているかというと。


「私のメッセージに気づかない程楽しかったんですか……」

 そう、拗ねているだけなのだ。


 莉子りこ姉さんと付き合う事はまだ許容出来た。

 幼い頃からの思いで、私が知り合う前からとなれば諦めもついた。

 それなのに、山梨やまな 玲香れいかとは知り合って間もない筈なのに何度も付き合っていると誤解されている。羨ま、ゲフンゲフン、もっとしっかり拒絶してくれればいいのに、勉強を見る約束までしてきて。


「それなら、私の事ももっと構ってくれても良いのに……」


 この気持ちが家族に甘えたいだけなのか優璃ゆりには分からなくなっていた。

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