第28話 ニーナ③

神楽は自分が出した条件をニーナが受け入れられるのか注意深く観察した。ゆっくりと話す条件に対しニーナは少し考える節はあったが特に口を挟まれることなく全ての条件に納得したニールをみて神楽は安心した。

ニーナに対して酷なことを話しているとは思っていた。兄であるニールであればそれなりに色々な修羅場を抜けてきた経験もあるだろうが、妹となると話は別だ。右も左も分からない下手をすれば本人が言うように全てが初めての可能性もある中で、フォローはしないと宣言するのは厳しくしすぎただろうか。否、その位で納得できないのであれば他部署から偏見がある闇烏では耐え抜くことは出来ないだろう。フォローはするつもりではいるがそれでも自分で立つ力は必ず必要になるんだ。


「あと一つ疑問なんだけど」


単純な疑問だった。

感染者は彼女の母と兄だけだった。彼女の父が把握していなかったのか、情報が上がってこなかったのかそれは分からないが彼女は感染者ではないはずだ。なのに何故。


「感染したこともない君は何故能力を持っているんだい?」


それまで覚悟したように口を結んでいたが呆けるように薄っすらと口を開いた。まるで何故そんなことを聞かれるのか理解できないように。


「ま…前も元感染者だから能力があると聞きましたけど…逆に一般的には持ってないんですか?」


「普通はないだろうね。強制的に薬で能力をつけない限りはありえない。」


どういうわけか、彼女が嘘をついている様子は一切なかった。この表用は本当に心当たりがない人間のものだ。首を傾げながらニーナは自分の手を握って開いてを2・3回繰返したがやはり思い当たることもなく首を振りながらやはり分からないと答えた。


「そういうもんですか。でも私は昔からです。」


「どういう」


「生まれつきですね。自覚したのは3歳くらいの頃でした。兄と遊んでいた時です。」


どういうことだろうか?彼女はそんなに幼い頃に能力に目覚めたという。その当時に感染したということではないようだがそんな子供が能力を持っているという話は聞いたことがなかった。

ふと気になった。自分が女性だとばれた彼女は外見的特徴を隠していたのか今はすっかり隠すことをやめ本来の女性らしい体系となっていた。だが何故瞳の色だけ戻さないのだろうか?もう元感染者だということを隠す必要はないというのに。


「瞳ももどしたらどうだい?」


「え?」


「自分の体にかけていた能力は今解いたんだろう?なら瞳も元の色に戻したらどうだ。元感染者でもない人間がブラッディアイを扮することは彼らを馬鹿にしていると思われてもおかしくないと思うけど。」


「本物です。私は生まれつき」


「そんな分けがないだろう。」


神楽は己の声とは思えないほどの大声を揚げていることに気付き、一度深呼吸をして落ち着いた。

闇烏は元感染者の人間が多い。神楽自身は感染していないが、元感染者の人間がいかに苦しみどれだけ酷い現実を生きてきたのか目のあたりにしていた。だからそんな彼らを馬鹿にする人間は許せない。許せないのだ。


「本当です。兄と私は外見的にはそっくりでしたが、瞳の色だけは違ったんです。母と同じこの瞳を例え兄に偽装しても私が隠すことはありません。」


元感染者でもないのに何故彼女の瞳の色はブラッディアイになり、何故能力が使えるのか本人も今まで無意識なようだった。ニーナが置かれている状況は今まで医学や政治に携わってきた自分も初めて聞く情報ばかりで嘘か真かすら分からない。もし真実であれば、すごい大発見に違いないしそうなれば彼女は政府に追われることになるだろう。そしてその先は簡単に想像がつく。どうやら厄介な拾い物をしたようだ。


「皆に話すタイミングは君の好きにするといいよ。だけど、そんなゆ」


「今晩話します。」


「そうだね。そうしてくれると助かるよ。話は済んだ。君からもし何か疑問が無ければ皆も待っているだろうし夕食に行こう。」


「大丈夫です。」


「あぁ、もう一つだけ。信頼というのは失うのはたやすいことだけれど気付き上げるのは大変なものだよ。それが一度裏切った相手だと猶更ね。」


「ありがとうございます。」


ニーナを見送ると一人部屋に残った神楽は深くため息をついた。

そして先程のニーナに対する行動に怒っているであろう、部屋で隠れていたもう一人に声をかけた。


「もういいよ。そんなに怒らないでくれるかな。」


「怒ってない」


カーテンが少し揺れ声だけが静かな部屋に響く。カーテンの裏にいるということは分かっているが彼は動く気がないらしい。そして神楽もその人物に近づくことはなかった。淡々とまるで何かを読み上げているかのように話すその声は何を考えているのかさえ分からない。


「どこをどうみたら怒ってないのかね。だいたい君が紹介するときにちゃんと話してくれれば良かったんだよ?女の子だってね。」


「知らなくてもいいことだ。ここでは性別はたいした問題じゃない。それに聞いていたら断っただろう。」


「もー、断ったけどさ。こっちも急に分かると困るんだよ?イロイロとね。」


「知ったことか」


それだけ言い残すとカーテンの後ろの人物の気配はなくなった。未だカーテンは窓から入る風で揺れていて神楽は今日何度目になるであろうため息を付けながら窓とカーテンを閉めた。


「ちゃんと閉めなって。」















一方、神楽より一足先に戻ったニーナの気持ちはすっかり沈んでしまっていた。使っていいのかためらいながらもう一度能力を自分の体にかけ男の姿になっているが、これからカミングアウトをすると考えると後悔しかなかった。

リビングはもう一通り装備の片付けも終わったメンバーが夕食の支度をしている最中だった。ニーナも慌ててその支度に加わり皿や料理を運んで、食卓の空いた席に座ると隣に座ったアナスタシアに神楽に呼び出されたわけを聞かれた。


「どうだった?」


「え?」


「隊長よ。ちゃんとほめてもらえた?」


「いや、そういう話じゃなかった。」


「?」


「じゃぁ、どういう話だったの?」


その言葉に今話すか考えたが、タイミングは今じゃないと分かっていた。アナスタシアからの問いに後でちゃんと話すと答えると、どのタイミングで皆に話そうかと手汗をズボンで拭きながら考えた。結局答えが出る前に神楽がリビングに現れ、腹ペコで今か今かと料理を待ちわびていた一同が、『さぁ夕食にしよう』と神楽の一言で開けられた蓋の下に広がる光景に落胆した。結局いうタイミングを失ったのだ。

そして部屋にいる全員も何故か落胆しておりきょろきょろと見渡すと原因が分かった。

なんていうか、そう全部が赤いのだ。


「これはンだよ!?」


「疲れて帰ってこれか…」


「俺先に部屋に」


「待ちなさいアレックス!あんた逃げるつもり?」


「ニジェールざけんな!!!!」


「神楽さん止めなかったんですか?」


「僕はこれも美味しいかなって」


どうやらこの全てが赤い料理はニジェールがつくった料理のようだ。

真っ赤にそまったスープに口をつけ一口食べると口全体が急激に熱くなり思わず咳き込んでしまった。


「…っ~~~~」


「ほら!ニールが死にそうじゃない!!何てことしてくれんのよニジェール!!」


「はぁ?僕の料理がまずいわけないでしょ?ほらちゃんと美味しい。」


「テメーの味覚障害と一緒にすんな!」


「ほらニール水飲め」


マクレーンに差し出された水が刺激を加速させもはや舌の感覚すらなくなり吸い込んだ空気が涼しく感じるほど口の中を燃え広がせた。


「ゴホッ…ッ…」


「水だめだったか!?!?じゃぁなんだ?」


「これ食べな。」


ジョシュが先程から自分が食べていたヨーグルトを差し出しマクレーンが慌ててスプーンで救いニーナの口に放り込んだ。


「あ…大分…」


さわやかな味が口のなかに広がり一瞬にして先程の辛味が納まっていく。不思議なことに先程の辛さのお陰でウジウジとしていた考えも一掃されもうあたって砕けろという勇気がすこしわいた。


「ジョシュありがとう」


「別に」


ぶっきらぼうに答えるジョシュはさっさと自分の目の前から真っ赤な料理を遠ざけていた。それに行動をみてニジェールは怒り当たり前だとタケルが言う。アレックスはこっそり逃げようとしているが神楽に座るようになだめられアナスタシアやマクレーンはまだ私を気遣ってくれている。

会ったばかりの人達だけれど、私は彼らが好きだ。

そんな彼らに嘘はよくないよね。


「あのっ」


言い出そうとした声はあまりに小さかったが、それに気付いた神楽が一言かけると先程までにぎやかだったチームは一斉に静かになった。


「いいよ」


背中を押すように神楽が合図をすると私は深呼吸して自分の能力を解いた。

女の格好をして冗談のつもり?とはやし立てるニジェールに少し救われ私は本当のことを話始めた。ずっとかぶっていたフードも脱ぎマスクもとりゆっくりと話始めた。


「聞いてください。私のこと。」


それから話したことはどれも裏切られたと思われても仕方のないことだった。

兄のニールではなく妹のニーナであること

女だということ

元感染者ではないが兄の代わりに偽り政府機関に入ることになったこと

今まで隠そうとしていた全てを話した。

最後まで話し終わるとニーナは騙していたことを誤り深く深く頭を下げた。


「ニール…いえニーナ。もういいわ。」


いつの間にかたったアナスタシアがニーナを席に座らせ背中を摩った。


「お前の過去に興味はないな。」


「偽名とかうける。コードネームそれにしたら?」


「長いだろ。」


「双子っていいな。俺も双子が良かったぜ。」


「ちょ、まてって女だぞ?マジか」


「はぁ?気付いてなかったの?あんた前々から女性経験ないやつだとは思ってたけどここまでとは…」


「引くよねー。」


「分かるだろ、ふつーに」


「アレックスだって知らなかっただろ!?」


「お、俺は全部分かっていたさ。双子で女性だとなっ。」


「アレックス真っ赤よ?気付いてなかったのね。」


「うるさいっ!ニールの幻が上出来だったんだ!!」


「ニーナよ。ニーナ」


「今更呼べるかッ」


きっと怒られるんだろう、嫌われるんだろう、そう覚悟していたのに各々の反応はあまりに想像とかけはなれていてあっけにとられてしまった。


「良かったな」


あっけにとられたニーナに気付いたマクレーンは笑いながらニーナに声をかけ緊張で握りしめられた手をもう大丈夫だとそっとたたいた。


「え…と怒って」


「馬鹿ね。怒るわけないでしょ?まぁ確かに名前が違うってのは慣れるのに紛らわしくて面倒だって思うけど、それ以外は別にたいした問題じゃないわ。というかそんなことでそこまで深刻になってたの?」


「だって皆を騙して」


「嘘は女のアクセサリーよ。ちょっとした嘘や秘密がその人を引き立たせることもあるんだから。それに言いたくないことは私たちにもあるのよ?まぁあえては言わないけど。」


「アナスタシア、嘘はやめてくれると嬉しいな」


「あら?もしかしてニーナがこんなに深刻な顔をしてたのは隊長のせいなのかしら?このチームで一番秘密が多い男がまさか秘密をつくるなとは言わないわよね?」


アナスタシアの私的に神楽は困ったなぁといった表用で頭をかいた。この闇烏でアナスタシアに言葉でかなう人はいないらしい。仁王立ちしてニーナをまもるアナスタシアの姿はまるで母のようだ。


「気になってたんだけど…もし元感染者じゃないとするとなんで能力つかえるの?」


「それが、自分でも分からないんです。物心ついた頃からずっと使えていたし、いままでずっとそれが普通だったから誰でも使えるものだと思ってて…」


「僕から補足させてもらうよ。

ニーナが何故能力が使えるのかは不明だけど、もし元感染者でもない人間が能力を使えるとなると彼女は政府のサンプルになるだろう。異能力というのは誰だって一度は夢見た存在だからね。その実現ができる可能性があるとすれば皆がそれに飛びつくことは間違いない。

だからこのことは機密事項だ。厄介ごとは少ないにこしたことがないからね。ニーナも今まで通り自分は元感染者のニールとして外では貫き通してほしい。」


「分かりました。あっ目!!目の色は本物です!!」


慌てて継ぎ足した一言に笑い声が響いた。

誰一人瞳の色のことなんて気にしていなかったのにまさかそれを改めて言うとは思わなかったようだ。どうやら余計な一言だったらしい。


すっかり冷めてしまった料理に口をつけているのに心の奥は暖かかった。

騙していたことをもっととがめられると思っていたのに、彼らはとがめることなく酒のつまみ程度にして深くは聞かなかった。

それはきっと彼らなりの配慮なのだろう。

だから神楽に言われた一言はしっかり胸に刻んでいこう。

信用は脆く一度失われたものを取り戻すのは大変なことなんだと。

彼らのやさしさに安堵するのではなく、彼らに信用してもらえるようになりたい。

いつの日か信用してもらえるように。

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