第22話 初任務⑩

残りがあと一組となったという事実はチームにとって嬉しい知らせだった。だが同時に二人一組ということはこれまで以上に危険になる可能性があるということだった。過激派の存在も気になる今、二人一組という状況は逃走の可能性もありこちらとしてはかなり分が悪い。


『Aチームまだかかりそうですか?』


『あと12階だけよ。もう少し頑張りなさい。』


『まだなら神楽さん能力の使用許可もらえますか?』


『そうだね。残りが一組だと分かったことだし能力を許可しよう。いっきにいけそうかい?』


『それを見越して僕らを組ませたんでしょ?』


『ふふ。そうかも知れないね。』


『任せておいてください。』


ジョシュの足元につむじ風が立った。そのつむじ風は次々と数を増やしていきジョシュの周辺をクルクル回ってジョシュからの指示を待機しているようだ。


「タケル、いっきにやるからとっとと確認して」


「おーよ。まかせとけ。」


タケルが地面に両手をつくのを確認するとジョシュは次々と数を増やしたつむじ風をいっきに放った。放たれたつむじ風はあっという間にフロア全体を駆け巡り絞められた扉を全て激しい音を立てて開いていった。


「どうやらこのフロアにはいないようだ。次行くぞ次!始めからこうしたかったぜ。」


「対象が複数いるんだからしかたないでしょ」


現在セキュリティが重視され熱感知センサーから振動感知センサーといった行動を読み取られる全ての情報を扉がシャットアウトしている。その個人情報を守るこの扉が一度ジョシュの風により開けられると厳重なセキュリティがなくなり、中にもし人間がいた場合はドローンの熱感知センサーでもタケルの振動を感知できる能力でも分かる。13階までは一部屋ずつ開けていたが一瞬にして確認が終わり一分足らずで次のフロアへと移動することができた。


『Aチーム clear。Bチームと合流します。』


『了解、24階からの計画だったけれどあと一組だから一度Bチーム合流して。Bチームの棟に着いたら発報を』


『了解です。』


急速にスピードをあげるBチームのいる棟にAチームのアナスタシアとマクレーンは走った。


「ずるいわよね。私たちの能力じゃ絶対早くは出来ないもの。」


「俺たちはどちらかというと感知は苦手で攻撃派だから仕方ないだろ。」


「過激派が出てきてくれれば私たちの出番なのにねぇ」


「縁起悪いこといってんじゃねー!お前が引き寄せたら恨むからな」


「それはそれでいいと思うんだけどな」


退屈そうにため息をつくアナスタシアは走って乱れた髪を整えながらエレベーターにのりBチームの待つビルに到着したことを発報した。


『Aチーム到着しました。Bチーム何処にいる?』


『21階』


『21階ね、了解。』


21ボタンを押すとエレベーターは速度をあげ目的地まで二人を運んだ。扉が開くとアナスタシアが一歩踏み出す手前につむじ風がすごい勢いで走り去った。


「っぶなー。あいつらはあっちね」


タケルが二人が来たことを感知すると対象者の確認を終わらせジョシュをつれてエレベーター側に向かった。開かれたままのエレベーターには不機嫌そうなアナスタシアとそれに付き合わされて疲れた様子のマクレーンがいた。


「お待たせ」


「おっせーよマクレーン。」


「わりー、アナスタシアが5000円の爪を傷付けたくないとか言って働かねぇから仕方ねーだろ。」


「ちょっ私のせいにすんじゃないわよ」


「熱いんだから早く行こうよ。22階」


「分かってるわよ」


アナスタシアはぶつぶついいながら22階を押した。Aチームが合流してチームが四人となり今まで以上に気楽に動けるようになったせいか自然と口数も増えていく。22階もあっさりと制圧し残す階は2Fのみとなった。そのどちらかに対象がいてもしかしたら過激派も隠れているかもしれない。


『23階に到着』


それまでと同じようにジョシュがつむじ風で扉を開けた途端悲鳴がフロア全体に響きわたった。


「どこだ?」


閉まっていた扉を一斉に開けたため瞬時に場所を特定することが出来なかったが、タケルが居場所を特定して4人で悲鳴があった部屋に急いだ。

到着したとき4人の目の前で対象は燃え盛る炎の中で命をたとうとしていた。おそらく先程のつむじ風で燃え盛る炎が風に乗って部屋にも入り対象が限界だと思ったのだろう。


「おばあちゃん、私たちも限界ね。あついでしょ?すぐに楽にしてあげるからね。」


残る二人の対象がそこにいた。警戒していた逃走でも攻撃でもない姿で。

介護ベッドに寝ている祖母にそういいながら首を絞めているもう一人の対象は涙を流しながら周囲に人がいるのにも気付かないほど動揺していた。

アナスタシアは声をかけても気付かない彼女の手にそっと自分の手をあてやめるように促すと対象は首を絞めていた手を放し泣き崩れた。


「私どもときていただきます。」


「出来ないわ」


対象は首を振りながら顔に手をあてアナスタシアの提案を拒絶した。こういったことはアナスタシアが得意とする場面だったこともあり、他の三人は扉のところで待機し会話をすることもなく静かに対象を待った。


「私には…私にはおばあちゃんがいるの。他に家族はだれもいないのよ。」


祖母だというもう一人の対象の手を握った。脳死なのだろう沢山の機械に繋がれたもう一人の対象は目覚めることなく静かに手を握られていた。


「ねぇ私はどうすれば良かった?見てくれる家族もいない。入院すらゆるされず家にいるしかないのにほおって私だけが治療を受ければ良かった?」


「それは」


「おばあちゃんの介護があっただけなのよ。歩けないし喋れない。そんなおばあちゃんは私がいないと死んでしまうわ。私に見殺しにしろっていうの?この…この点滴ね食事の代わりなの水の代わりなの。一日でも変えないと簡単に死んでしまうのよ。一体私が治療にでかけたら誰が代えてくれるの?」


「ですが」


「あなたたちに何ができるっていうの?ねぇ、私の苦しみがあなたにわかる?」


涙ながらに語る言葉はアナスタシアに突き刺さった。現代家族は大人数が普通である。子供が1人なんてことはありえないし3世代4世代同居は普通である。一時は家族が減少傾向になった時代もある中どうしてここまで家族の人数が増えたのかというと感染してしまったとき誰かがそばにいてくれる安心感が大きく関係しているのだろう。もし親一人子一人だったら祖母と二人暮らしになってしまった彼女のような状況になってしまうから。アナスタシアの家も家族が多いためそう言った考えとは無縁だったがもし同じ状況だったら考えただけでもぞっとする。


「ご家族も感染しています」


「・・・」


涙を流しながら女性は静かに立ち上がった。

自分がうつしてしまったという現実は彼女には辛いものだった。


「私のせいじゃないわ。私はただおばあちゃんを助けてあげたかっただけなんだから。私のせいじゃない。離れたほうが良かった?でも離れてたらどちらにしても死んでしまったのよ?おばあちゃんはどっちのほうが良かった?」


祖母の手に食い込むくらい強く握られる手をやめるようにアナスタシアは抑えた。肩を震わせ泣く彼女は怒っているような笑っているようなどうすればいいのか分からないそういった表情で涙を流していた。


「もっと早く教えてくれればよかったのに。」


力をなくしたように先程まで泣いていた対象はアナスタシアに『行きましょう』と告げると祖母の器具を一通り外し点滴をベットにかけて運べるように支度した。


「一緒だから怖くないわ。ねぇおばあちゃん。私がずっとそばにいるから安心して。」


待機していた三人は扉を大きく開きベットが通れるスペースを開けた。

タケルは女性にそっと声をかけると代わりにベッドを押しエレベーターまで6人で向かった。

一人部屋に残ったアナスタシアは神楽に発報をし現状を報告した。


『対象2名保護。一名脳死の様子でトレッチャー移動となります。』


『了解。お疲れ様。対象全て確認が完了したから彼女らと一緒にそのまま車に戻って』


『了解』


『アナスタシア、君は人の心に寄り添える人だって僕も思うけれどそういう君だから僕は時々心配になるんだ。感情移入してしまうだろうからね。それは君の良い所でもあるけれど不安なところでもある。無常な君は見たくないけれど時々心配だ。』


『そう…ですね。今晩もお酒に付き合ってくださいな。』


『喜んで。』


先程まで対象の気持ちと同じく重く沈んでいた心が少し軽くなったようで撤退指示がでたことを皆に知らせにエレベーターに走った。トレッチャーを引いていたせいもあったのだろうがきっと彼らは待っていてくれたのだろう。『早くしろ』と文句はいいつつも扉は開かれたままアナスタシアを待機していた。


「ごめんごめん」


先程までどうすればいいのかという問いをしていた対象は今はもう落ち着いた様子で静かに祖母の手を握っていた。彼女は祖母を大事に思っていたから手放せなかったのだ。おそらく祖母もそのことが分かっていたのだろう。脳死であるはずの祖母の手は今彼女の手を握り返している。決して二人が離れないようにと。

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