第21話 初任務⑨

今回の任務では部屋からは出てこない住人たちを火災を利用することで避難場所に集め彼らが感染していないか検査をし、残った部屋をカラス隊が捜索するという単純なものだった。そして火災で扉をあえて閉める人間もいないからカラス隊が確認する場所は締まった扉に限られていたし作業は1時間もあれば完了する予定だった。

だが、予想していた以上に住民はこの土地を離れていたらしく締まっている扉が半数近くあったことも原因で1時間たった今現在の状況は

Aチーム:8階

Bチーム:6階

ということとなった。


「時間が押しているな。ニール、大丈夫そうか?」


「大丈夫です。」


両手を組み親指に額をあて祈るようにしていたニーナは顔をあげ空を見ながら答えた。

被害状況など聞きたくはない。考えたくはない。避難場所である公園に集まる人々に迷惑をかけているのも分かっている。だけれどそれも今は考えたくはない。彼らの悲鳴も怒りの声もこの距離では私には聞こえないはず。聞きたくもない。今はただただこのチームを信じて自分のできることをやるだけ。後悔なんて後ですればいい。彼らからの言葉は後で聞けばいい。怖いけれどきっと受け止めて見せる。

最初は思ったよ。『何故私がこんなことをしなきゃいけないのか?』ってそう。それにこんなに大勢の人を傷つけて自分が悪魔のようにも思えた。でも兄と入れ替わるとき決めたじゃない?兄が頼ってくれるなら何だってできるって。昔みたいな幸せが戻るならなんだってするって。これはその一歩なの。

兄が臨んだ方向ではなかったと思うけれど、私はまだ兄や父との生活を諦めたくない。兄は安全な場所にいろっていうけれど私は兄が無理をしそうな時にはそばにいたい。そのためにはこの場所で働くしかない。だから任されたことには責任をもって答えないと。

初めて働く私には今は理解できなくても、きっとこれが働くということだから。

私はまだ頑張れる。まだ頑張れるんだ。今はない可能性もここで働いていればいつかはきっと見つけることができるかもしれない。だから今ミスをしてこの場所から追い出されるわけにはいかない。


『ニールあと30分はかかりそうだ。大丈夫かい?』


『大丈夫です。持久力には自信がありますから。』


ここにきて初めて笑った。きっとマスクがあるから気付いている人はいないだろうけれどそれで良かった。きっと場違いだって怒られるだろうから。


『アレックス、そろそろ過激派が気付き始めても良い頃だ。ドアも封鎖して周辺に気を付けるように。ニールは危ないから現在の位置からアレックス側に下がっておいて。下から狙撃されたら大変だからね。』


『『了解』』


火の勢いはおさまることなく燃え続けてはいるし、一番心配していたニーナももう心配はいらないようだ。今のところは過激派も見当たらないからタイムオーバーとは言え任務続行で良いだろう。時間を気にしながら進むAチームBチームの様子をドローンで確認しながら神楽は任務続行の決断をした。


『各チーム、予定時間をオーバーしたが任務は続行。焦らなくていい。だがくれぐれも周囲には目をくばるように。そろそろ過激派が行動してもいい頃合いだ。』


予定ではAチームが引き上げ一度車に対象者を乗せた後、Bチームと合流。Aチームは上層階からBチームは下層階から確認していき上下階から逃げ場を失くすというシナリオだったが時間が押すごとに過激派の動きも気になりそうもいかなくなってきた。


『Aチーム、全F確認が完了したらそのままBチームの場所まで移動して合流するように。対象者は全てドローンで保護していく。対象は残り3人皆気を付けて。』


各々が神楽の指示に了解と答え、各チーム先程と同じように扉を慎重に開き中に住人がいないか確かめる作業が再開された。


『11F 7部屋閉まっています。』

今までの階より締まっている扉が多くため息まじりにアナスタシアが発報した。それまでと同じように神楽から了解の合図があり、手前の扉からあけていこうと最初の扉に手をかけたとき扉は今までとは異なり勢いよく開かれた。

中から飛び出した男はナイフを持っており、ピッキングをして扉に手をかけていたアナスタシアに襲い掛かった。なれた動作で後方にジャンプし振り下ろされたナイフを交わすと横にいたマクレーンがすかさず男の手をつかみひねり上げた。


「ふざけんなぁぁぁ!!!!!!なんで俺が!?なんでこんなことされなきゃいけねーんだ!?!?」


男はひねりあげられた腕にひるむことなく罵声を浴びせ暴れた。男の足はマクレーンの足を何度も蹴りもう片方の拳で同じくマクレーンの顔を殴る。その様子をアナスタシアはおかしそうに見ていた。


「てめーらのせいだ!!てめーらがちゃんと管理してねーから俺が感染しちまったじゃねーか!?てめーらみたいなヘラヘラした人間になんでこの俺様が捕まらなきゃなんねーんだよ!!もっと他にもいんだろうが!!」


「おい笑ってねーでこいつどうにかしろよ」


「あら?殴られるあんた結構傑作なのにもったいないわ。」


「ふざけんじゃねーぞ。」


「てめーら無視してんじゃねー!」


もう一度男が殴りこもうと拳をあげたが残念ながらその拳がマクレーンの顔を再びなぐることはなかった。殴りかかる前にマクレーンにひっくり返されたのだ。男はひっくり返され胸骨をマクレーンに圧迫され身動きがとれなくなってしまった。


「ったく、んでこんなことされてまで傷つけちゃダメなんだか。正当防衛だろーが。」


「彼も立派な被害者なのよね」


胸骨を圧迫された男は話すことも出来ず息も苦しいのかマクレーンの腕を何度も苦しそうにたたいていた。


「このまま落とすのと麻酔打つのどっちがいい?」


「こいつに麻酔もったいないって思わない?」


「ちげーねぇ」


5秒 4秒 3秒…

男は意識を失った。彼が使った武器がナイフで良かったと思う。もし彼が銃を使って威嚇してきたら流石に手を出さないわけにはいかなくなるところだった。意識をうしなった男から手を放し男の両手足を拘束するとマクレーンはそのまま引きずりエレベーターに乗せた。


『一人対象発見。暴れるため拘束してエレベーターに乗せました。現在気絶しています。』


『了解。怪我はなかったかい?』


『大丈夫です。引き続き11Fをチェックします。』


『了解。対象はこっちでピックアップしよう。』


神楽への発報が終わりエレベーターの扉が締まるのを確認するとマクレーンは先程アナスタシアと別れた男の部屋まで急ぎ戻った。

対象となった人間んはどういう人間だったんだろうか?時々そう考えてしまう。彼にも家族がいて大事にしている環境があって失いたくないはずだったのに、感染が全てを奪っていく。決して自分が望んだわけではない。受け入れることも容易ではない。先程の男のように自分ではどうすればいいのか分からなくなってしまって結果暴力という道しかなくなってしまう人間もいる。そういう人間に対してなんて声をかければいいのか分からない。

全てを振り切るようにマクレーンは足を速めた。


「ったく、逃げんなよな」


ドローンで先に確認してからアナスタシアが入り確認が終わった部屋にはだれもいなかったらしくマクレーンが戻ったころには丁度アナスタシアが次の部屋に移動しようとしていた時だった。


「昨日爪やったばっかりなのよ。あいつに5000円の爪はもったいないわ。」


「そうかよ。」


アナスタシアは手袋で隠れた爪をなでそこに爪みえるかのように眺めた。


『現在3名保護完了。残り2人。この2人は一緒にいる可能性が高いから気を付けて。』

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